吉田晴乃死去。 怖いのは、挑戦している証拠。あなた自身の価値に気づいて!/吉田晴乃さん

吉田晴乃さん死去の前日、人生最後になった渾身の演説全文 (1/3):日経doors

吉田晴乃死去

吉田氏は1990年代にカナダの通信会社に勤務して以来、北米と日本を行き来しながら、ダイナミックに変化し続ける通信業界で活躍してきた。 そして、一人の娘を持つ母でもある。 ワーキングマザーとしてこれまでのキャリアをどう築いてきたのか。 日本の経済界をリードする立場に就き、働く女性たちにどのようなメッセ-ジを発信していくのか。 吉田氏は、BTジャパンのショールームに並んだ同社製品について一通りの説明をした後、さっそうと席に着いた。 こちらがインタビューの趣旨を伝えると、開口一番に飛び出したのは愛娘の話だった。 「この20年は本当に長かった」 昨年11月で娘が20歳になったんですよ。 今はカナダの大学に通っているので、夏休みに帰国したときに振袖を着せて、家族で食事をしました。 真夏に振袖を着て汗をダラダラかいている娘の横で、私は一人で涙ボロボロ。 「この20年、本当に長かったな」って感慨に浸って思わず号泣してしまったんです。 海外で暮らしていたこともあって、彼女には七五三もしてあげられなかった。 だから成人式はきちんとしたかったんです。 その後、シングルマザーとして母娘でニューヨークに渡る。 子育てをしながら今のキャリアを積んでこられるにあたっては、相当な苦労があったのでは? 20歳を迎えて「ようやくここまで来たか」って思えました。 本当に大変だった。 でもね、彼女は企業でインターンシップも経験して、今、私から仕事の話を聞くことにとても興味を持ち始めている。 2人で大人の女性の会話ができるようになったんです。 ワインを片手にね。 なんて楽しい時代が来たことでしょう! もちろんあの頃は、こんな日が来るなんて想像もしていませんでした。 負い目を感じながら、悲しい経験もたくさんして、もうボロキレのようでした。 仕事に忙しい私を見ていた娘は「ママは大変なんだから、文句を言ってはいけない」と言いたいことを溜め込んでいたのかもしれません。 精神のバランスを崩してしまった時期もありました。 反抗期には「母の日なんて大嫌い」なんて言われたこともありましたね。

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経団連初の女性役員 ド派手メイク美魔女社長の破天荒な経歴

吉田晴乃死去

英国ロンドンに本社を置くBT(ブリティッシュ・テレコム)の日本法人であるBTジャパン社長の吉田晴乃氏が、経団連初の女性役員に登用されることが内定した。 彼女を取材したことのある業界紙の記者は、「とにかく、はつらつとしているし、何事にも前向きな人なんです。 颯爽としていてカッコいい女性です」と、その日本人離れしたルックスと前向きな姿勢に驚いたという。 見た目のド派手さもさることながら、吉田氏は破天荒な半生を送っていた。 もともと三姉妹の次女。 「自分は独立心が強く、個性的というか変わり者」と雑誌のインタビューで答えている。 ミッション系女子高時代は落語研究会に入り、「世間亭はばからず」という芸名で噺をしては周囲を笑わせていた。 カナダ人と国際結婚しカナダへ移住したが離婚。 今度は娘とアメリカに移住し、NTTアメリカなど通信事業の会社を次々渡り歩く。 「一見、いかにも外資系のキャリアウーマンといえる容貌ですが、非常に穏やかな話し方をする女性です。 職場でもスカート姿が圧倒的に多く、女性であることが前面に出ても嫌みがないです」(外資系企業のヘッドハンター) これまで経団連の役員といえば三井、三菱など日本を代表するお堅い企業のトップが就任するポスト。 過去に女性はゼロ。 旧態依然とした男社会に風穴を開けるのに、彼女は十分すぎる存在感だ。 前出の、外資系企業のヘッドハンターはこう続ける。 「日本でのBTジャパンの主力業務は法人向けの通信インフラ構築とサーバー業務が中心です。 どちらも値引き合戦になりがちな商品ですが、BTジャパンが勝ち抜いてこれたのは、吉田社長の営業力や駆け引き能力の高さがあったから。 今回の経団連役員就任も、名誉のためというより、政財界との太いパイプを狙ってのことだといわれています。 役員就任のために相当なロビー活動をしたのではないでしょうか。 マイナンバー制度の導入にともなうサーバーの増設など、官制受注への期待は大きくなっていますから」 吉田氏にインタビューを申し込んだが、英国本社から「ネガティブ」とのお答え。 「世間体はばからず」が経団連に旋風を巻き起こす。 (週刊FLASH3月10日号) 外部サイト.

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吉田晴乃さん死去の前日、人生最後になった渾身の演説全文 (1/3) :日経DUAL

吉田晴乃死去

死去の前日、G20大阪サミットにて、W20共同代表として安倍首相に提言書を渡す吉田晴乃さん(写真右/撮影は日経ARIA編集部) ここのところ、G20もご存じのように課題山積でございます。 安全保障の問題から、トレード・ウォーの問題、そして環境問題までと、 なかなかジェンダーの問題までみなさんのお時間と労力がいかないのではないかと心配しておりましたけれども、本日マキシマ王妃(オランダ王妃・国連特使)とイバンカ米大統領補佐官のリーダーシップのもと、ガッとアテンションを引きつけることができたのではないかと思いまして、ホッといたしております。 私も、今回は議長国としてリードさせて頂きました。 ここまでのアクティビティ、世界の注目を浴びるようなイニシアティビティを育てることができましたのも、ここにいらっしゃる国際機関の皆さまのサポートがなければできなかったことです。 特にOECDの皆さま、UN Womenの皆さまももちろん、金融のアクセスという意味ではワールドバンクの皆さま、IMFの皆さま、それからポリシーメイキングということでもみなさまと非常にクロスにお仕事をさせて頂いております。 私たちは23億人の女性を代表している ウィメン20(W20)とは、20カ国といっても私たち23億人の女性を代表しているんですね。 本当に大きな、世界最大のオフィシャルエンゲージメント、女性たちの組織と言っても遜色ないと思っております。 その議長国をこの日本が務めるというので、今年は目黒依子先生(W20共同代表、上智大学名誉教授)とも本当に緊張した日々を皆さんと過ごして、無事、3月に安倍総理に提言書を納めるまでになりました。 この中で安倍総理に感謝申し上げましたのは、やはり私たちはこの5年間、6年間のウーマノミクスの下積みというものが無ければ、こんなに大きなお仕事を引き受けることはできなかっただろうというふうに思っています。 ウーマノミクスをやってみて実感して思ったこと。 それは女性のエンパワーメント、本会議でも経済成長ということが盛んに語られましたけれども、まさにそれを実体験したのが日本だと思っています。 この経験をもとに、3つのポイントを、皆さまと共有できるかなと思っております。

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