しらふ で 生きる。 しらふで生きる 大酒飲みの決断

『しらふで生きる 大酒飲みの決断』(町田康)の感想(40レビュー)

しらふ で 生きる

「しらふで生きる」とは、23歳から53歳までの30年間、1日も欠かすことなく酒を飲み続けた酒豪「町田康さん」の、禁酒に至るまでのきっかけや心境、体験がエッセイ形式で書かれています。 町田康さんの紹介 ミュージシャン、俳優、小説家。 1981年に、町田町蔵の芸名で芸能界入り。 パンクバンド「INU」のボーカリスト。 「メシ喰うな!」でレコードデビュー。 1997年 デビュー作「くっすん大黒」Bunkamuraドゥマゴ文学賞・野間文芸新人賞 2000年「きれぎれ」芥川賞 2001年 詩集「土間の四十八滝」萩原朔太郎賞 2002年「権現の踊り子」川端康成文学賞 2005年「告白」谷崎潤一郎賞 2008年「宿屋めぐり」野間文芸賞 など。 「しらふで生きる」は、「小説幻冬」の、2017年1月号~2019年7月号に連載された「酒をやめると人間はどうなるか。 或る作家の場合」を改題し、加筆・修正したものです。 本の内容は、エッセイ形式となっています。 「しらふで生きる」の大まかな話の流れ 俺は酒を止めた。 その理由を考える。 そして自分の考えを擬人化して小説風に話を進めます。 「酒を断とう」と考えたのは自分の中の狂気で、「酒をやめるのをやめると言え」と問い詰めるも狂気は、 まるで死魚のような眼をして、半笑いで、「いやー、やっぱりやめますよ」と言う。 11ページ はっきりしない狂気に業を煮やした町田康さんは、渋谷駅西口の歩道橋の上から玉川通りに、狂気を突き落とします。 「そんなに死にてぇんだったら殺してやんよ」 そう言って私の考えを突き落とした。 私の考えは玉川通りに落下していって、その後、どうなったかはわからない。 12ページ 酒をやめた理由を知っている狂気は歩道橋から落ちて行方が知れず、おそらく死んだものと思われるのだが、幸いにして正気と闘っている方の狂気はまだ元気で、というのは当たり前の話だ、元気でないと闘えない、さっそく私は狂気のところへ話を聞きに行った。 29ページ この上の文章を読んでもちょっと訳が分からないと思うので、説明すると、町田康さんの心の中には3人の擬人化した狂気と正気という人格が存在します。 狂気1が死んでしまったので、酒をやめた理由は分からなくなったが、おそらく、自分は狂っていたからやめたのだと町田康さんは考えています。 町田康さんは大酒飲みなので、「酒を飲みたい」という考えが正気だと認識しており、「酒を断ちたい」と考える狂気2と正気が常に闘っている状態が、一年と三か月の間も続いていると述べています。 狂気2の話によると、町田康さんが禁酒をしようと思った理由のひとつとして、酔った自分がしでかす醜態があるようです。 酒を飲むと心の駒が狂って暴れ出し、間違ったこと、恥ずかしいこと、筋の通らないことをやったなあ、とどうしても思い出す、31ページ 「しらふで生きる」の感想 どうしてこんなに人気があるのかと思ったら、町田康さんは元芸能人で芥川賞作家だったんですね。 独特な個性を持つユーモアのある方です。 「頭の中でとりとめもなく思い浮かんでくる思考を書き留めて、一冊の本に仕上げた。 」というような印象を受けます。 もちろん、話の構成はしっかりしているので、偶然で出来るような作品ではないのですが。 全体的に、話があっちゃこっちゃに脱線します。 話の迷路に迷い込んでしまい、読んでいるうちに何の話をしていたのか分からなくなってきます。 擬人化して話を作っていく手法 禁酒した理由は分からない。 今現在も「酒を飲みたい」という考え(正気)と「酒を断ちたい」という考え(狂気)が闘っている状態だが、かろうじて「酒を断ちたい」という考えの方が勝っている。 45ページ という事実を、擬人化して小説のように話を膨らませ、趣のある、読み応えのある文章に仕上げる手法は面白いと思いました。 私にとってこの手法は、文章を書く上ですごく視野が広がりました。 所詮は孤独に耐えられない生き物なのである。 だから家庭を作る。 そして、家庭がだんだん鬱陶しくなってきて、その鬱陶しさから逃れるために酒を飲む。 68ページ 「酒飲むんかい。 じゃあなにもないときは飲まないということになるはずだがそんなことはなく、「いやー、今日はもうなにもないから。 しょうがない。 飲むか」と言って酒を飲む仕儀と相成る。 177ページ 「結局酒、飲むんかい。 今日酒を飲んだから明日死ぬという訳ぢやないんですから」という変なおばはんの声であった。 167ページ その執拗な声に囁かれ、コンビニに酒を買いに行くまで追い詰められたのも一度や二度ではないそうです。 なんです。 リンク先を読まない方の為に補足すると、お節介おばさんとは、 いらないものを捨てようとすると「本当に捨てちゃっていいの?」「だってこれ高かったでしょう?」「また使うかも知れないし」「勿体ないじゃない」と雄弁に語り出す。 おそらく誰の脳内にも住んでいるお節介おばさん。 166ページ これを読むと、本当に笑いごとではないですよね。 依存症からの脱却がどれだけ大変かというのがよく分かります。 ・へ・ 禁酒の決断をしたのが12月末なので、お正月は、思わず酒を飲みたくなるおせち料理を食べるのを避け、 なるべくファミチキや胡桃パンを食べるように心がけた。 176ページ と「酒飲みシーズン真っ盛り」の年末年始から酒断ちしたのもあって、酒をやめるのは、並々ならぬ意志と努力が必要だったようです。 ・o・ 酒をやめた後の変化 十三人くらいの人に、「なんか痩せはったんとちゃう?」と言われる。 191ページ お酒をやめて、酒の肴を食べなくなったので8キロやせたそうです。 いざ酒をやめると単独でうまいものを食するということはなく、私の食膳から御馳走が消滅、そのことを不満に思う気持ちもなかった。 「酒も飲まないのにそんなもの食ったって意味ないだろう」って訳である。 193ページ 酒がメインで肴はあくまでも脇役でしかないという。 酔うと楽しくなる。 楽しいと飲みたくなるからもっと飲む。 そうするともっと酔う。 そうするともっと楽しくなるからもっと飲む。 これを無限に繰り返し、極点に達するまで飲む。 極点に達するとそこから先のことは覚えていない。 163ページ お酒が好きな人は、お酒を飲むと気分が良くなり、楽しくなるので深酒してしまうということのようです。 その根底にあるものは、つらかったり、不満だったリの自分の現実から逃避したいという気持ちからのようです。 私は、普段からお酒を飲む習慣があまりなく、ふりかえって考えてみても、お酒を飲んで、酔って楽しくなったり、いい気分になったりという経験がありません。 記憶がなくなるほど飲んだ経験も当然なく、その前に気持ち悪くなって吐くというところで嫌になって飲まなくなった。 という感じです。 これが幸いなのか災いなのか、町田康さんのような苦しい禁酒経験をせずに済んでいるという点からみて、良かったと言うべきか。 ・へ・ 町田康さんのように、ここまで飲む人は、依存症に限りなく近いですので、本人が自覚のない場合、家族などの周囲が気を付けてあげなければいけないかもですね。 今回は、酒を飲まない私が酒飲みの禁酒を語っているので、あまり心に響かない書評となってしまった感が否めないですが、大酒飲みを自覚してらっしゃる方がいたら、この本を読めば、きっと町田康さんの気持ちに共感できるかもしれません。 発売日から3ヶ月以内の商品は35%定価買取を保証 Marietan.

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しらふで生きる 大酒飲みの決断(町田康) : 幻冬舎単行本

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外出自粛で増える自宅での時間。 それは自分を見つめなおすのにもってこいです。 今日は、酒と人生の関係を考える記事をご紹介します。 * * * 「名うての大酒飲み」と言われた町田康さんが4年前にお酒をやめた顛末を微細に綴ったが話題です。 30年間毎日飲み続けた町田さんはなぜ酒をやめることができたのか? それは「幸福についての考え方」が変わったからでした。 町田 どうしたら自分に大きな負荷をかけずに、より自然に生きていけるだろうかと考えた本ですね。 たとえば、自分は周りから正当な評価を受けていない、ひどい目にあっていると思っていると「酒でも飲まなやってられんわ」となってしまうわけですが、そもそも自分は大したものではない、不当に評価されているわけでも、何かを奪われているわけでもないんじゃないか? それなら酒を飲む必要もないんじゃないか? というのが考えの中心になっています。 それなら「人は幸福にならなければならないわけではない」と考えた方が楽だろうし、幸福になるための努力に失敗して不幸になってしまうくらいなら、普通のままでもいいじゃないかと。 「幸福」という言葉が一人歩きしていて、そこに囚われると人は「不幸」になってしまうのではないかと思います。 町田 幸福でないことすなわち不幸ではないし、幸福だ不幸だといっても最後はどうせみんな死ぬやろ、とも思うんです(笑)。 まあ人間という生き物の宿命で、誰しも自分という地点からしかものが考えられないし、その考えも、不完全な言葉を使ってしか外に出すことができない。 その言葉だって、それぞれが独自のものだから実は人にはあまり通じていなくて、長いものを書く意味はそこにあるんですけどね。 人間というものは、悲しく淋しく閉じているもの。 だからこそ歌や文学が存在するんじゃないかと思います。 町田 大伴旅人「酒を讃むる歌」から本が始まったので、じゃあ酒を貶める歌で終わらせようと考えついて詠んだのが「酒を貶める歌」十三首です。 『万葉集』にも収められた大伴旅人の歌から、替え歌のようにして作りました。 大酒飲み時代の町田さんは、お酒のどんなところがお好きだったんですか? 町田 酒の味や飲んでいる場というよりは、酒に酔ってる状態が好きだったんじゃないかな。 我を忘れるというか抑制が外れるというか。 日常が退屈だから旅に出たい、虚しいから悟りを開きたい、そんなことと同じで単純なものだと思います。 大酒を飲んで世間に迷惑かけたこともありましたし、よくない飲み方でした。 ご馳走があるのに酒飲まないなんて頭がおかしい、情けない。 だから美味しいものを食べる意味がなくなってしまった。 料亭とか行くと料理がちょっとずつ運ばれてくるでしょ? あれも酒を飲むペースに合わせているから、酒をやめたら「早く持ってこい!」と思うようになりましたね(笑)。 酒をやめてネガティブな変化があるとしたら、唯一、食べものに興味がなくなったことかもしれません。 お酒をやめられて、一番の変化はなんでしたか? 町田 ちょっとしたことに目を凝らしたり、耳を澄ませたりすることができるようになったというところですね。 大きな音で素晴らしい音楽もあれば、大きいだけ、うるさいだけの音楽もあるし、小さく繊細で、綺麗な音もある。 酒という強烈な刺激があったときには、マスキングされたようになって聴こえなかったり、見えなかったり、気づかなかったりしたものを、感覚できるようになったのは大きな変化ですね。 功利的にものごとを語るのはあまり好きではないんですが、その影響は、やっぱりあるでしょうね。 来年には、酒を愛し、酒に悩んだ種田山頭火について書く連載も始まります。 この『しらふで生きる』と対になるような連載になるのでしょうか、そちらも楽しみにしています。 ありがとうございました。 (おわり) 関連キーワード.

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酒をやめるくらいなら人間をやめるつもりでいた|しらふで生きる|町田康

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今年の正月はアルコールなしで過ごした。 こんなの四半世紀ぶりだ。 さぞ肝臓はびっくりしたことだろう。 理由は単純で、年末に気胸の手術を受け、退院したばかりだったからだ。 痛み止めが手放せず、タクシーで実家に帰るような状態だったから、さすがに酒どころではなかった。 そこから数カ月経った今はさすがに解禁しているが、最近、むくむくと「酒をやめてはどうか」という気持ちが持ち上がってきた。 同じことを考えた人がいる。 芥川賞作家の町田康さんだ。 酒は人生をプラスにするのか、という大疑問 著者と酒席をともにしたことは、もちろんない。 しかし「大酒飲み」というイメージはあった。 その著者が酒を断つとは、一体何が起きたのか。 顛末をつづったのがこの本だ。 著者の禁酒の理由を平たく言うと(以下ネタバレ注意)。 「一日の終わりに酒を飲んで、『今日の自分は頑張った!』とご褒美的にねぎらっても、楽しさは数時間しか続かない。 逆に、翌日ひどい二日酔いになったり、体を壊したり、もっと言えば酒代、つまみ代がかかったりと、人生をプラスにしようという飲酒という行為は、かえってマイナスを生んでいる」 ということに尽きる。 これはなんとなくわかる。 そうまでして飲む必要があるのか? 飲まないほうが仕事も捗るし、金もたまるのでは? そんな疑問を抱いている人には、著者の言葉がグサグサと刺さるはずだ。 3カ月の禁酒生活で学んだこと ウィキペディアの情報によると、著者は2015年12月26日から禁酒しているという。 そんな著者の足元にも及ばないが、私も3カ月ほど、禁酒生活を送ったことがある。 それは子宮筋腫&卵巣嚢腫の手術のために、術前3カ月前からホルモン療法をおこなったときのこと。 1カ月に1回女性ホルモンを抑える注射を打つことで、筋腫を小さくして手術しやすくするのが目的だ。 しかし、これがキツかった。 体は閉経後の状態になるから、副作用として更年期障害と同様の症状が出てくるのだ。 注射をした翌朝、はっきりと自覚したのが、頭の上に漬物石がのっかってるような頭重感、そして肩こり。 ちょっとしたことでイライラしやすく(自分の性格が悪くなったと落ち込んだ)、噂に聞くホットフラッシュもあった。 医師からこうした副作用があることは知らされていたが、予想外の体の変化があった。 酒に悪酔いするようになったのだ。 飲酒は止められていなかったから、ホルモン療法開始後も、いつもと変わらず飲んでいた。 そしてある晩、知人宅の食事会の途中で具合が悪くなってしまったのだ。 とても自宅に帰れる状態ではなく、結局一晩その知人宅に泊めてもらった。 日頃から、「酒飲みたるもの、人様にご迷惑をかけるような飲み方をしてはならない」と思っていた私は、この体験でかなり凹んだ。 そこで手術が終わるまでは禁酒しようと決意した。 禁酒生活をはじめて思ったのは、「徹底的にアルコールを断ったほうがラク」だということだ。 例えば自宅で飲まずに外でだけ飲む、乾杯のときだけ飲んであとはソフトドリンクに切り替えるといった「中途半端な禁酒」のほうが、むしろ難しい。 自宅で飲めない分かえって酒量が増えてしまったり、乾杯だけのつもりがズルズルと飲み続けてしまったりすることが、往々にしてあるからだ。 そうして3カ月ほど禁酒していたら、自然と2、3㎏ヤセていた。 この脂肪はアルコールとつまみのせいだったのか! と、酒の恐ろしさに気づいた次第。 しらふで生きることのメリット そうはいっても、喉元過ぎればなんとやらで、酒量は減ったが相変わらず酒を嗜んでいる。 しかし、ここのところの自粛生活で時間にゆとりができた分、酒量に際限がなくなりそうで、そろそろストッパーをかけたくなった。 そこで、この本の出番である。 本の中では、前半部分が禁酒に至った経緯(というか心境の変化)、後半部分が禁酒のメリットについて述べているが、個人的には後半部分のほうが、禁酒のモチベーションになると思った。 著者は禁酒のメリットとして、以下の4つをあげている。 「町田効果」で今週末は禁酒したが、来週はさて。

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