不動 明王 刺青。 佛教神明系列40

不動明王刺青圖打霧,台灣不動明王刺青圖打霧推薦2020

不動 明王 刺青

概要 [ ] 密教の根本尊であるの化身であると見なされている。 「お不動さん」の名で親しまれ、大日大聖不動明王(だいにちだいしょうふどうみょうおう)、無動明王、無動尊、不動尊などとも呼ばれる。 アジアの仏教圏の中でも特に日本において根強い信仰を得ており、造像例も多い。 真言宗ではのとして、天台宗では在家の本尊として置かれる事もある。 は毎月28日である。 真言・種子・三昧耶形 [ ] 真言 [ ] 不動明王の真言には以下のようなものがある。 一般には、不動の名で知られる、小咒(しょうしゅ)、一字咒(いちじしゅ)とも呼ばれる真言が用いられる。 ハーン。 ) また、長い真言には、火界咒(かかいしゅ)と呼ばれる真言がある。 ) (すべての諸金剛に礼拝する。 怒れる憤怒尊よ、砕破せよ。 フーン、トラット、ハーン、マーン。 印相 [ ]• 不動根本印• 不動剣印 三昧耶形 [ ] は利剣()、あるいは羂索。 起源 [ ] 梵名の「アチャラ」は「動かない」、「ナータ」は「守護者」を意味し、全体としては「揺るぎなき守護者」の意味である。 「不動」の尊名は、8世紀前半、菩提流志(ぼだいるし)が漢訳した「不空羂索神変真言経」巻9に「不動使者」として現れるのが最初である。 『大日経』では大日如来の使者として「不動如来使」の名が見え、『大日経疏』では「不動明王」の語が使われている。 大日如来のとして置かれる事も多い。 密教ではといって、一つの「ほとけ」が「自性輪身」(じしょうりんじん)、「正法輪身」(しょうぼうりんじん)、「教令輪身」(きょうりょうりんじん)という3つの姿で現れるとする。 「自性輪身」(如来)は、宇宙の真理、悟りの境地そのものを体現した姿を指し、「正法輪身」(菩薩)は、宇宙の真理、の境地をそのまま平易に説く姿を指す。 これらに対し「教令輪身」は、仏法に従わない者を恐ろしげな姿で脅し教え諭し、仏法に敵対する事を力ずくで止めさせる、に進もうとする者はとらえてに戻すなど、極めて積極的な介入を行う姿である。 不動明王は大日如来の教令輪身とされる。 煩悩を抱える最も救い難い衆生をも力ずくで救うために、忿怒の姿をしている。 起源をヒンドゥー教の 神とする説がある。 アチャラナータはヒンドゥー教ではシヴァ神の異名である [ ]。 像容 [ ] この節はなが全く示されていないか、不十分です。 して記事の信頼性向上にご協力ください。 悪を縛り上げ、また煩悩から抜け出せない人々を縛り吊り上げてでも救い出すための投げ縄のようなもの)を持つのを基本としている(密教の図像集などには多臂の不動明王像も説かれ、後述のように日蓮は四臂の不動明王を感得しているが、立体像として造形されることはまれである)。 剣は竜(倶利伽羅竜)が巻き付いている場合もあり、この事から「倶利伽羅剣」と呼ばれている。 また、その身体は基本的に醜い青黒い色で表現される像容が多い。 頂は七髷か八葉蓮華、衣は赤土色、右牙を上に出し左牙を外側に出す、というのが一般的とされる。 不動明王は多くの明王の中でも中心的な存在である。 以下に典型的な像の形を示す。 東寺講堂像(坐像) - (弘法大師)の創意に基づくという意味で「弘法大師様(よう)」と呼ばれる像容。 両目を見開き、上唇で下唇を噛み、両牙を下方に出すのが特徴。 後世多く作られた、天地眼(片目を半眼にする)・牙上下出(牙を片方は上、もう片方は下に出す)の不動明王とは図像的に異なっている。 浪切不動(立像) - 南院に伝わる、空海が唐から将来したと伝える像である。 頭部を右下方に向け、右目を見開き、左目をすがめ、両牙を下に出す。 空海が唐からの帰途、荒波に襲われた際にこの不動に祈ったところ波が去ったという伝説がある。 (立像) - に伝わる画像で、感得像と伝える。 両目を見開き、上唇で下唇を噛み、両牙を上方に出す。 上半身裸形、体躯は筋骨隆々として肥満し、虚空を踏んで立つ。 インドで起こり、中国を経て日本に伝わった不動明王であるが、インドや中国には、その造像の遺例は非常に少ない。 日本では、密教の流行に従い、盛んに造像が行われた。 また、系各派の本尊(いわゆる)にも不動明王が書かれている為、日蓮宗でも不動明王を奉安する寺院が存在する。 と同様、によって伝えられた密教の尊格であることから、以来代々で書かれている。 なお日蓮の曼荼羅における不動明王はを表し、これに対し愛染明王はを表しているとされる。 眷属 [ ] 不動三尊 [ ] 不動明王は、 八大童子と呼ばれる眷属を従えた形で造像される場合もある。 ただし、実際には八大童子のうちの2名、(こんがらどうじ)と(せいたかどうじ)を両脇に従えた三尊の形式で絵画や彫像に表されることが多い(不動明王二童子像または 不動三尊像と言う)。 三尊形式の場合、不動明王の右(向かって左)に制吒迦童子、左(向かって右)に矜羯羅童子を配置するのが普通である。 矜羯羅童子は童顔で、合掌して一心に不動明王を見上げる姿に表されるものが多く、制吒迦童子は対照的に、(こんごうしょ)と金剛棒(いずれも武器)を手にしていたずら小僧のように表現されたものが多い。 八大童子の彫像の作例としては、高野山不動堂に伝わった国宝の像がよく知られる。 この他に三十六童子、四十八使者と呼ばれるものがある。 また東寺のように五大明王と呼ばれる主要な明王の中央に配されることも多い。 八大童子 [ ]• (えこうどうじ)• (えきどうじ)• (あのくたどうじ)• (しとくどうじ)• (うくばがどうじ)• (しょうじょうびく)• (こんがらどうじ)• (せいたかどうじ) 三十六童子 [ ] この節はなが全く示されていないか、不十分です。 して記事の信頼性向上にご協力ください。 ( 2019年3月) 聖無動尊大威怒王秘密陀羅尼経 大日如来の大法会でがとに向かって自らの感得した不動明王について教えを説き、大日如来がお墨付きを与えるという筋書き。 仏説聖不動経 前述の経典の教えのエッセンスを短くまとめたもので、日本で成立したもの。 不動明王自身が教えを説くという形式を採る。 衆生の心の有り方は一様でない(悟りに到る道も個々によって異なる)ので心の中に住み(修行者自身が不動明王である)、各々に合わせて姿を変え願いを叶えるという内容が説かれている。 稽首聖無動尊祕密陀羅尼経 印を結ぶ動作が加わるなど、密教色の極めて強いものとなっている。 以下四つは他の尊格や日本の神々をも代表する存在であるとした讃嘆経に類するもの。 不動尊劔の文• 不動尊祈り経• 不動明王利益和讃• 五體加持 その他、関連するものとして• 五大力• 南無三十六童子• 南無八大童子 があるが、いずれも典拠は明らかではない。 日蓮宗の大曼荼羅御本尊、神札等における勧請 [ ] 日蓮宗では、に勧請され、題目「南無妙法蓮華経」の右側に種子「カーン」が大きく記載されるのが通例となっている。 また日蓮宗寺院が檀信徒に配布する、などの神札において、主神名の右側に種子「カーン」が記入される事例が多くみられる。 画像 [ ]• 木造不動明王立像 (平安時代後期) 蔵 (京都府南丹市、伝来) 利剣と羂索を持ち、天地眼、牙上下出とする。 不動明王を祀る主な日本の寺院 [ ]• 宮城・松島 (秘仏)木造不動明王坐像(五大明王のうち)(平安時代、重要文化財)• 福島・大正寺 日本三大不動尊のひとつ。 栃木・• 茨城・(牛久不動尊)木造不動明王立像• 埼玉・(不動ヶ岡不動尊)• 埼玉・(狭山不動尊)• 栃木・(寺岡山薬師寺)前身は聖徳太子の命よって建立され、『下野八薬師』と称されていたと伝えられている。 千葉・ 木造不動明王及二童子像(の後期 13世紀~14世紀の作、作者は不詳、重要文化財 )。 千葉・(長生不動尊)木造不動明王立像(平安時代)• 東京・(目黒不動尊)• 東京・ 江戸期より江戸三大不動と称されており、現在は別院• 東京・(高幡不動尊) 木造不動明王二童子像(平安時代、重要文化財)• 神奈川・ 鉄造不動明王二童子像(鎌倉時代、重要文化財)• 富山・ 不動明王坐像(凝灰岩磨崖)(平安時代、重要文化財)• 石川・奥之院 俱利伽羅不動明王 (伝 不空三蔵作)• 石川・本堂 俱利伽羅不動明王 (伝 弘法大師作)• 福井・ 木造不動明王立像(平安時代、重要文化財)• 滋賀・ 木造不動明王立像(鎌倉時代、重要文化財)• 滋賀・ 木造不動明王坐像(平安時代、重要文化財)• 滋賀・ 木造不動明王立像(平安時代、重要文化財)• 京都・講堂 木造不動明王坐像(五大明王のうち)(平安時代、)• 京都・御影堂 木造不動明王坐像(平安時代、国宝 秘仏)• 京都・(金閣寺) 石造不動明王像• 京都・同聚院(東福寺塔頭) 木造不動明王坐像(平安時代、重要文化財)• 奈良・旧法華堂 木造不動明王二童子像(南北朝時代、重要文化財)• 奈良・ 木造不動明王二童子像(平安時代、重要文化財)• 奈良・ 木造不動明王像(江戸時代、重要文化財)• 奈良・ 木造不動明王坐像(平安時代、重要文化財)• 大阪・ 木造不動明王坐像(南北朝時代、重要文化財)• 大阪・ 石造不動尊明王坐像• 大阪・ 木造不動明王二童子像(平安時代、重要文化財)• 和歌山・ 木造不動明王立像 (平安時代、重要文化財、金剛峯寺)• 和歌山・護摩堂 木造不動明王坐像 (鎌倉時代、重要文化財)• 和歌山・高野山 木造不動明王立像(波切不動)(平安時代、重要文化財)• 兵庫・ 不動明王坐像• 兵庫・ 木造不動明王坐像 (平安時代、重要文化財)• 鳥取・ 木造不動明王像 (黒皮不動)(伝平安時代)• 香川・成田山 不動明王坐像• 熊本・・ 木造不動明王像 金錦不動、火伏不動、水引不動 伝延暦年間782~805• 沖縄・ 木造不動明王像• 全国・ を成田山新勝寺とし全国各地にみられる。 三不動 [ ]• -滋賀・(三井寺)蔵 絹本着色不動明王像(国宝)• 青不動-京都・蔵 絹本着色不動明王二童子像(国宝)• 赤不動-和歌山・高野山明王院蔵 絹本着色不動明王二童子像(重要文化財) 他説もある。 特に等では「三不動」として以下の組み合わせが併載されている。 目黒不動 - 瀧泉寺• 目白不動 -• 目赤不動 - 五色不動 [ ]• 五大尊のうち不動明王• 「アチャラ」は動かない、「ナータ」は守護者の意。 日蓮は清澄寺や延暦寺で密教を修めている。 日蓮は建長6 1254 年6月25日、愛染明王を太陽の中、立像で腕が四本の不動明王を月の中に感得したとして「不動愛染感見記」(国重文)を書いた。 (尚、この感見記には偽書説もある)また、日蓮の御書には度々不動明王が登場し、「法華経の前触れである無量義経は皇帝の行列の前を清める将軍のような教典であり、不動明王の剣索・愛染明王の弓箭のようなものだ」(上野殿母尼御前御返事)と述べており、法華経守護と悪魔降伏の仏として自筆の曼荼羅には不動明王を必ず書いている。 この経典の読みは、「しょうむどうそん だいいぬおう ひみつだらにきょう」となる。 この経典の読みは、「ぶっせつ しょうふどうきょう」となる。 この経典の読みは、「けいしゅ しょうむどうそん ひみつだらにきょう」となる。 出典 [ ]• , p. 、小学館。 大本山成田山 久留米分院• 『』、文藝言語研究. 言語篇 61巻、筑波大学文藝・言語学系、2012年3月、45頁。 戎光祥出版• 『週刊朝日百科 日本の国宝』65、朝日新聞社、1998、p. 138• 松永有慶『高野山』(岩波新書)、岩波書店、2014、pp. 195 - 196• 末吉武史「三井寺の不動明王像」、大阪市立美術館ほか編『国宝三井寺展』(展覧会図録)、2008、所収、p. 226• (文化庁)• 『解説版新指定重要文化財 彫刻』、• 参考文献 [ ]• 大法輪編集部『不動さま入門』〈大法輪選書〉、1981年11月。 ・・・・・• 渡辺照宏『不動明王』朝日新聞社出版局〈〉、1975年4月。 渡辺照宏『不動明王』岩波書店〈〉、2013年3月。 、三木童心『やさしい仏像入門』、1999年5月。 著 『講説 』 -『』併録-、、平成17年刊。 マルティン・ブラウエン 著 『【図説】曼荼羅大全』、 訳、、2002年刊。 編 『いのちつながる』-講演集- 、高野山真言宗総本山金剛峯寺開創法会事務局、平成24年刊。 著 『諸尊通用次第撮要』、親王院、昭和63年(1988年)刊。 稲谷祐宣 編著 『』全2冊、 原著、東方出版社、1981年刊。 『不動明王 智恵と力のすべて』 、2013年• 羽田守快『読むだけで不動明王から力をもらえる本』大法輪閣、2016年8月。 関連項目 [ ] ウィキメディア・コモンズには、 に関連するカテゴリがあります。 外部リンク [ ]•

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不動明王梵文刺青 @ ★現代刺客★刺青紋身 :: 痞客邦 ::

不動 明王 刺青

梵字 不動明王 酉(とり)年 干支 酉(とり)年生まれ 守護本尊 不動明王(ふどうみょうおう) 発音 カーン 真言 ノウマク・サンマンダ・バザラダン・カン 酉年(とりどし)の守護本尊は不動明王です。 不動明王は炎をまとった姿など、勇ましいその姿は刺青でも人気のあるモチーフの一つです - その他の呼び方 -• 無動明王• 無動尊• 不動尊• お不動さん• 不動威怒明王• 不動使者• 不動金剛明王 不動明王は、大日如来が人々の悪心を改心させる為に憤怒の姿で現れた大日如来の化身とされています。 明王の中でも一番力を持つとされているのが、不動明王です。 サンスクリット語では『アチャラナータ』と呼び、これはインドのシヴァ神の別名でもあり、『動かざる守護者』と言った意味になります。 菩提心と呼ばれる『仏道の悟りを求める心』がゆるぎなく堅固である事を指しています。 右眼で天を、左眼で地を睨む天地眼で、右の牙を上に、左の牙を下にして唇を噛み、とても恐ろしい怒った顔で描かれています。 これは、全ての障害を打ち砕き、全ての災魔を降伏させ、おとなしく仏道に従わない者に対して、力ずくにでもなんとか救済しようとする為に憤怒の姿をしていますが、その心は厳しくも優しい深い慈悲に満ちているのです。 激しく燃え盛る火焔の炎を背負っていますが、この炎は『インドのヴィシュヌ神の乗り物とされるガルーダと言う光り輝く神鳥が仏教に取り込まれて迦楼羅天(かるらてん)となり、雨風を起こし煩悩の象徴であるとされる毒蛇を喰らう迦楼羅天が吐く煩悩を焼き尽くす炎』であると言われています。 また、不動明王は火生三昧と呼ばれる人間界と仏界を隔ている火焔の中に住まわれて、、自らの身を火焔そのものにする事によって、あらゆる煩悩を焼き尽くすとも言われています。 右手に持った利剣で迷いや邪悪な心を断ち切るとされます。 この剣は龍が巻きつき炎に包まれた倶利伽羅剣(くりからけん)とも呼ばれ、この剣が盤石に突き立った姿は不動明王の化身とされる事から、タトゥーの図柄でこの剣を単体でデザインする事もあります。 左手には羂索(けんじゃく)と呼ばれる『一方の端に環、反対の端に独鈷杵(どっこしょ) が付いた縄』を持ち、衆生の悪い心を縛り、引き寄せ、善心を起こさせ正道に導くとされています。 八枚の花弁を持つ八葉の蓮華を頭上に頂き、弁髪をまとめあげ、一本にまとめた髪を左肩に垂らしています。 これは奴僕の髪型であり、衆生に対する奉仕を示すとされています。 背中一面に不動明王の刺青を描く時などは矜羯羅童子(こんがらどうじ)と制多迦童子(せいたかどうじ)を従えた姿で描く事もあります。 ご縁日が毎月28日にあたり、各地の不動明王を祀る不動尊などでは 摩供と呼ばれる、『焚いた火の中に供物を投げ入れてご本尊を供養し、そのご加護を願う儀式』が行われます。 当タトゥースタジオのある大阪には、日本三不動の一つである瀧谷不動尊や成田山不動尊との名で知られる千葉県の成田不動尊の別院が有名です。 念ずる人の願いによってどんなご利益でもいただけると言うのが、不動明王なのです。

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不動明王

不動 明王 刺青

概要 [ ] 密教の根本尊であるの化身であると見なされている。 「お不動さん」の名で親しまれ、大日大聖不動明王(だいにちだいしょうふどうみょうおう)、無動明王、無動尊、不動尊などとも呼ばれる。 アジアの仏教圏の中でも特に日本において根強い信仰を得ており、造像例も多い。 真言宗ではのとして、天台宗では在家の本尊として置かれる事もある。 は毎月28日である。 真言・種子・三昧耶形 [ ] 真言 [ ] 不動明王の真言には以下のようなものがある。 一般には、不動の名で知られる、小咒(しょうしゅ)、一字咒(いちじしゅ)とも呼ばれる真言が用いられる。 ハーン。 ) また、長い真言には、火界咒(かかいしゅ)と呼ばれる真言がある。 ) (すべての諸金剛に礼拝する。 怒れる憤怒尊よ、砕破せよ。 フーン、トラット、ハーン、マーン。 印相 [ ]• 不動根本印• 不動剣印 三昧耶形 [ ] は利剣()、あるいは羂索。 起源 [ ] 梵名の「アチャラ」は「動かない」、「ナータ」は「守護者」を意味し、全体としては「揺るぎなき守護者」の意味である。 「不動」の尊名は、8世紀前半、菩提流志(ぼだいるし)が漢訳した「不空羂索神変真言経」巻9に「不動使者」として現れるのが最初である。 『大日経』では大日如来の使者として「不動如来使」の名が見え、『大日経疏』では「不動明王」の語が使われている。 大日如来のとして置かれる事も多い。 密教ではといって、一つの「ほとけ」が「自性輪身」(じしょうりんじん)、「正法輪身」(しょうぼうりんじん)、「教令輪身」(きょうりょうりんじん)という3つの姿で現れるとする。 「自性輪身」(如来)は、宇宙の真理、悟りの境地そのものを体現した姿を指し、「正法輪身」(菩薩)は、宇宙の真理、の境地をそのまま平易に説く姿を指す。 これらに対し「教令輪身」は、仏法に従わない者を恐ろしげな姿で脅し教え諭し、仏法に敵対する事を力ずくで止めさせる、に進もうとする者はとらえてに戻すなど、極めて積極的な介入を行う姿である。 不動明王は大日如来の教令輪身とされる。 煩悩を抱える最も救い難い衆生をも力ずくで救うために、忿怒の姿をしている。 起源をヒンドゥー教の 神とする説がある。 アチャラナータはヒンドゥー教ではシヴァ神の異名である [ ]。 像容 [ ] この節はなが全く示されていないか、不十分です。 して記事の信頼性向上にご協力ください。 悪を縛り上げ、また煩悩から抜け出せない人々を縛り吊り上げてでも救い出すための投げ縄のようなもの)を持つのを基本としている(密教の図像集などには多臂の不動明王像も説かれ、後述のように日蓮は四臂の不動明王を感得しているが、立体像として造形されることはまれである)。 剣は竜(倶利伽羅竜)が巻き付いている場合もあり、この事から「倶利伽羅剣」と呼ばれている。 また、その身体は基本的に醜い青黒い色で表現される像容が多い。 頂は七髷か八葉蓮華、衣は赤土色、右牙を上に出し左牙を外側に出す、というのが一般的とされる。 不動明王は多くの明王の中でも中心的な存在である。 以下に典型的な像の形を示す。 東寺講堂像(坐像) - (弘法大師)の創意に基づくという意味で「弘法大師様(よう)」と呼ばれる像容。 両目を見開き、上唇で下唇を噛み、両牙を下方に出すのが特徴。 後世多く作られた、天地眼(片目を半眼にする)・牙上下出(牙を片方は上、もう片方は下に出す)の不動明王とは図像的に異なっている。 浪切不動(立像) - 南院に伝わる、空海が唐から将来したと伝える像である。 頭部を右下方に向け、右目を見開き、左目をすがめ、両牙を下に出す。 空海が唐からの帰途、荒波に襲われた際にこの不動に祈ったところ波が去ったという伝説がある。 (立像) - に伝わる画像で、感得像と伝える。 両目を見開き、上唇で下唇を噛み、両牙を上方に出す。 上半身裸形、体躯は筋骨隆々として肥満し、虚空を踏んで立つ。 インドで起こり、中国を経て日本に伝わった不動明王であるが、インドや中国には、その造像の遺例は非常に少ない。 日本では、密教の流行に従い、盛んに造像が行われた。 また、系各派の本尊(いわゆる)にも不動明王が書かれている為、日蓮宗でも不動明王を奉安する寺院が存在する。 と同様、によって伝えられた密教の尊格であることから、以来代々で書かれている。 なお日蓮の曼荼羅における不動明王はを表し、これに対し愛染明王はを表しているとされる。 眷属 [ ] 不動三尊 [ ] 不動明王は、 八大童子と呼ばれる眷属を従えた形で造像される場合もある。 ただし、実際には八大童子のうちの2名、(こんがらどうじ)と(せいたかどうじ)を両脇に従えた三尊の形式で絵画や彫像に表されることが多い(不動明王二童子像または 不動三尊像と言う)。 三尊形式の場合、不動明王の右(向かって左)に制吒迦童子、左(向かって右)に矜羯羅童子を配置するのが普通である。 矜羯羅童子は童顔で、合掌して一心に不動明王を見上げる姿に表されるものが多く、制吒迦童子は対照的に、(こんごうしょ)と金剛棒(いずれも武器)を手にしていたずら小僧のように表現されたものが多い。 八大童子の彫像の作例としては、高野山不動堂に伝わった国宝の像がよく知られる。 この他に三十六童子、四十八使者と呼ばれるものがある。 また東寺のように五大明王と呼ばれる主要な明王の中央に配されることも多い。 八大童子 [ ]• (えこうどうじ)• (えきどうじ)• (あのくたどうじ)• (しとくどうじ)• (うくばがどうじ)• (しょうじょうびく)• (こんがらどうじ)• (せいたかどうじ) 三十六童子 [ ] この節はなが全く示されていないか、不十分です。 して記事の信頼性向上にご協力ください。 ( 2019年3月) 聖無動尊大威怒王秘密陀羅尼経 大日如来の大法会でがとに向かって自らの感得した不動明王について教えを説き、大日如来がお墨付きを与えるという筋書き。 仏説聖不動経 前述の経典の教えのエッセンスを短くまとめたもので、日本で成立したもの。 不動明王自身が教えを説くという形式を採る。 衆生の心の有り方は一様でない(悟りに到る道も個々によって異なる)ので心の中に住み(修行者自身が不動明王である)、各々に合わせて姿を変え願いを叶えるという内容が説かれている。 稽首聖無動尊祕密陀羅尼経 印を結ぶ動作が加わるなど、密教色の極めて強いものとなっている。 以下四つは他の尊格や日本の神々をも代表する存在であるとした讃嘆経に類するもの。 不動尊劔の文• 不動尊祈り経• 不動明王利益和讃• 五體加持 その他、関連するものとして• 五大力• 南無三十六童子• 南無八大童子 があるが、いずれも典拠は明らかではない。 日蓮宗の大曼荼羅御本尊、神札等における勧請 [ ] 日蓮宗では、に勧請され、題目「南無妙法蓮華経」の右側に種子「カーン」が大きく記載されるのが通例となっている。 また日蓮宗寺院が檀信徒に配布する、などの神札において、主神名の右側に種子「カーン」が記入される事例が多くみられる。 画像 [ ]• 木造不動明王立像 (平安時代後期) 蔵 (京都府南丹市、伝来) 利剣と羂索を持ち、天地眼、牙上下出とする。 不動明王を祀る主な日本の寺院 [ ]• 宮城・松島 (秘仏)木造不動明王坐像(五大明王のうち)(平安時代、重要文化財)• 福島・大正寺 日本三大不動尊のひとつ。 栃木・• 茨城・(牛久不動尊)木造不動明王立像• 埼玉・(不動ヶ岡不動尊)• 埼玉・(狭山不動尊)• 栃木・(寺岡山薬師寺)前身は聖徳太子の命よって建立され、『下野八薬師』と称されていたと伝えられている。 千葉・ 木造不動明王及二童子像(の後期 13世紀~14世紀の作、作者は不詳、重要文化財 )。 千葉・(長生不動尊)木造不動明王立像(平安時代)• 東京・(目黒不動尊)• 東京・ 江戸期より江戸三大不動と称されており、現在は別院• 東京・(高幡不動尊) 木造不動明王二童子像(平安時代、重要文化財)• 神奈川・ 鉄造不動明王二童子像(鎌倉時代、重要文化財)• 富山・ 不動明王坐像(凝灰岩磨崖)(平安時代、重要文化財)• 石川・奥之院 俱利伽羅不動明王 (伝 不空三蔵作)• 石川・本堂 俱利伽羅不動明王 (伝 弘法大師作)• 福井・ 木造不動明王立像(平安時代、重要文化財)• 滋賀・ 木造不動明王立像(鎌倉時代、重要文化財)• 滋賀・ 木造不動明王坐像(平安時代、重要文化財)• 滋賀・ 木造不動明王立像(平安時代、重要文化財)• 京都・講堂 木造不動明王坐像(五大明王のうち)(平安時代、)• 京都・御影堂 木造不動明王坐像(平安時代、国宝 秘仏)• 京都・(金閣寺) 石造不動明王像• 京都・同聚院(東福寺塔頭) 木造不動明王坐像(平安時代、重要文化財)• 奈良・旧法華堂 木造不動明王二童子像(南北朝時代、重要文化財)• 奈良・ 木造不動明王二童子像(平安時代、重要文化財)• 奈良・ 木造不動明王像(江戸時代、重要文化財)• 奈良・ 木造不動明王坐像(平安時代、重要文化財)• 大阪・ 木造不動明王坐像(南北朝時代、重要文化財)• 大阪・ 石造不動尊明王坐像• 大阪・ 木造不動明王二童子像(平安時代、重要文化財)• 和歌山・ 木造不動明王立像 (平安時代、重要文化財、金剛峯寺)• 和歌山・護摩堂 木造不動明王坐像 (鎌倉時代、重要文化財)• 和歌山・高野山 木造不動明王立像(波切不動)(平安時代、重要文化財)• 兵庫・ 不動明王坐像• 兵庫・ 木造不動明王坐像 (平安時代、重要文化財)• 鳥取・ 木造不動明王像 (黒皮不動)(伝平安時代)• 香川・成田山 不動明王坐像• 熊本・・ 木造不動明王像 金錦不動、火伏不動、水引不動 伝延暦年間782~805• 沖縄・ 木造不動明王像• 全国・ を成田山新勝寺とし全国各地にみられる。 三不動 [ ]• -滋賀・(三井寺)蔵 絹本着色不動明王像(国宝)• 青不動-京都・蔵 絹本着色不動明王二童子像(国宝)• 赤不動-和歌山・高野山明王院蔵 絹本着色不動明王二童子像(重要文化財) 他説もある。 特に等では「三不動」として以下の組み合わせが併載されている。 目黒不動 - 瀧泉寺• 目白不動 -• 目赤不動 - 五色不動 [ ]• 五大尊のうち不動明王• 「アチャラ」は動かない、「ナータ」は守護者の意。 日蓮は清澄寺や延暦寺で密教を修めている。 日蓮は建長6 1254 年6月25日、愛染明王を太陽の中、立像で腕が四本の不動明王を月の中に感得したとして「不動愛染感見記」(国重文)を書いた。 (尚、この感見記には偽書説もある)また、日蓮の御書には度々不動明王が登場し、「法華経の前触れである無量義経は皇帝の行列の前を清める将軍のような教典であり、不動明王の剣索・愛染明王の弓箭のようなものだ」(上野殿母尼御前御返事)と述べており、法華経守護と悪魔降伏の仏として自筆の曼荼羅には不動明王を必ず書いている。 この経典の読みは、「しょうむどうそん だいいぬおう ひみつだらにきょう」となる。 この経典の読みは、「ぶっせつ しょうふどうきょう」となる。 この経典の読みは、「けいしゅ しょうむどうそん ひみつだらにきょう」となる。 出典 [ ]• , p. 、小学館。 大本山成田山 久留米分院• 『』、文藝言語研究. 言語篇 61巻、筑波大学文藝・言語学系、2012年3月、45頁。 戎光祥出版• 『週刊朝日百科 日本の国宝』65、朝日新聞社、1998、p. 138• 松永有慶『高野山』(岩波新書)、岩波書店、2014、pp. 195 - 196• 末吉武史「三井寺の不動明王像」、大阪市立美術館ほか編『国宝三井寺展』(展覧会図録)、2008、所収、p. 226• (文化庁)• 『解説版新指定重要文化財 彫刻』、• 参考文献 [ ]• 大法輪編集部『不動さま入門』〈大法輪選書〉、1981年11月。 ・・・・・• 渡辺照宏『不動明王』朝日新聞社出版局〈〉、1975年4月。 渡辺照宏『不動明王』岩波書店〈〉、2013年3月。 、三木童心『やさしい仏像入門』、1999年5月。 著 『講説 』 -『』併録-、、平成17年刊。 マルティン・ブラウエン 著 『【図説】曼荼羅大全』、 訳、、2002年刊。 編 『いのちつながる』-講演集- 、高野山真言宗総本山金剛峯寺開創法会事務局、平成24年刊。 著 『諸尊通用次第撮要』、親王院、昭和63年(1988年)刊。 稲谷祐宣 編著 『』全2冊、 原著、東方出版社、1981年刊。 『不動明王 智恵と力のすべて』 、2013年• 羽田守快『読むだけで不動明王から力をもらえる本』大法輪閣、2016年8月。 関連項目 [ ] ウィキメディア・コモンズには、 に関連するカテゴリがあります。 外部リンク [ ]•

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