陸上 競技 歴史。 陸上競技の歴史の1ページを作ったあの瞬間!競走競技の名場面紹介|【SPAIA】スパイア

マスターズ陸上の歴史|公益社団法人日本マスターズ陸上競技連合

陸上 競技 歴史

オリンピックでは短距離走、中・長距離走、障害走、ハードル、リレーが行われ、距離、男女別に合計25種目が行われる。 共通するのは「走って競う」ということ。 生身の人間が「いかに速く走れるか」に挑戦するというシンプルな競技だけに体力が全てと思われがちだが、スタートを始め多くの技術も身につけないと世界の上位に食い込むことは難しい。 1秒、0. 01秒速く走るため、トラックでは鍛え抜かれた選手たちが肉体の限界に挑む激烈な戦いが繰り広げられる。 フィールド 陸上競技でトラックの内側や外側で行われる競技をフィールド競技とよぶ。 フィールド競技は、「跳躍」と「投てき」の2つに分けられる。 「跳躍」は、走高跳、棒高跳、走幅跳、三段跳の4種目で、跳ぶ高さや距離を競う。 「投てき」も、砲丸投、円盤投、ハンマー投、やり投の4種目で、こちらは手で投てき用具を遠くへ投げ、その距離を競う。 フィールド競技はトラック競技のように何人もの選手が同時に競うことはない。 1人ずつ試技を行い、その記録で順位が決まる。 フィールド競技は、記録への挑戦であり、自分との勝負なのだ。 ロード ロード(一般道路)で実施される種目はマラソンと競歩である。 紀元前5世紀、ギリシャのマラトンに上陸したペルシャ軍をアテナイ(アテネ)軍は討ち破る。 勝利の知らせをアテナイに伝えるため、若い兵士がマラトンからアテネの約40キロメートルを走り、「われ勝てり!」と伝えて息絶えたという。 そうした言い伝えからその名がついたマラソン。 アテネ1896大会(男子のみ)以来、オリンピックでは欠かさずに行われており、数あるオリンピック競技のなかでも最も人気が高いものの1つだ。 競歩は「歩く」速さを競う種目で、常に左右どちらかの足が地面に接していなくてはならない。 また、前に振り出した脚が接地してから腰の真下に来るまで膝が曲がってはいけない。 オリンピックではロンドン1908大会で、トラック種目として3,500m競歩が行われているが、ロードで行われるようになったのはロサンゼルス1932大会からである。 マラソンも競歩も距離が長いだけでなく、路面の状態や道の勾配、気象条件などの影響を大きく受ける種目である。 選手同士、選手自身、そして自然との過酷な戦いに注目しよう。 混成 紀元前708年、古代オリンピックでは、あらゆる競技能力に秀でた競技者を決めるため、「五種競技」が考えられた。 これは、陸上4種目とレスリングの合計5種目を行い、順位を競うというものである。 この競技にちなんで近代オリンピックで行われているのは、男子の10種競技と女子の7種競技。 どちらも短距離、中・長距離、跳躍、投てきという陸上競技の全ての要素においてトップクラスの実力を持った選手同士が戦い、究極のオールラウンダーを決める。 そのため、10種競技の勝者は「キング・オブ・アスリート」、7種競技の勝者は「クイーン・オブ・アスリート」と呼ばれる。

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関西学生陸上競技連盟80年の歩み

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陸上競技の始まり 陸上競技は、走る・投げる・跳ぶ・歩くなど基本的には道具をほとんど使うことなく競い合う競技だ。 その歴史は非常に古く、紀元前776年に行われた第1回の古代オリンピックではすでに走る種目が行われていた。 しかし、古代オリンピックよりもさらに前から人々は走・投・跳・歩といった運動を行っており、祭事として競技会が開催されていた。 競技に用いられる運動の様式自体はいつ生まれたと断言することはできないが、それを競う競技会としての発生は非常に古いものであると言える。 世界的に見ると非常に長い歴史を持つ陸上競技だが、日本の陸上競技の歴史はかなり後れて始まった。 日本でも、走・投・跳・歩といった運動の様式自体は存在していたが、陸上競技とされたのは、明治時代に入ってからだ。 イギリス人教師によって伝えられたと言われている。 「走」の歴史。 リレー オリンピックでの日本代表の活躍が記憶に新しいリレーだが、その起源は神聖な火を儀礼や祭礼に運ぶための方法として行われたものと、政府が重要な情報を全国各地に早く伝えるために行ってきたものという2つの系譜があった。 現在行われているような形のリレーは1893年にアメリカで誕生した。 当時、アメリカの東西に渡って郵便をリレーして配達する馬から発想を得て、バトンを受け渡して走るリレーを思いついたということだ。 オリンピックで初めてリレー競技が行われたのは、アメリカでのリレー誕生から15年後の1908年ロンドン大会で、メドレーリレーが行われた。 日本で初めて正式にリレー競技が行われたのはさらに後で、1913年だった。 「投」の歴史。 砲丸投げ 砲丸投げが競技として行われるようになった背景には、古くからの人間の生活が大きく関わっている。 かつて人間は食料を得るために狩猟を行っていたが、その際に獲物を狩るための手段として、重い木や石、金属などを投げていた。 狩猟という大きな目的のためにものを投げるということは古くから行われており、それらの行動が今の砲丸投げをはじめとする投てき種目につながっていると考えられる。 現在のような砲丸投げが行われるようになった起源には2つの有力説がある。 1つはアイルランドのダブリン大学での陸上競技会の種目に鉄製の砲丸を使った競技が採用され、それが今の砲丸投げに至っているというものだ。 もう1つは兵士が大砲に使用する弾丸(砲丸)を運搬する手段として砲丸をより遠くに投げるコンテストをしていたものが競技になったというものだ。 いずれにせよ、ものを遠くに投げるという投てき種目の考えは非常に古くから存在していた。 砲丸投げは近代オリンピックの第1回アテネ大会(1896)から2016年のリオデジャネイロ大会まで行われている。 「跳」の歴史。 棒高跳び かつて狩猟によって生活していた人間は獲物を追っている時に川や溝、濠に出くわすとそれを越えるために木切れや棒を使って対岸へ渡っていた。 対岸へ渡るという行為は高く跳ぶというよりも遠くへ跳ぶということだが、棒を使って跳ぶという行為は古くから行われていた。 現在のような棒高跳びが行われるようになったのは18世紀? 19世紀にかけてドイツの体育指導者が身体訓練の1つとして行わせていたことがきっかけだった。 その後、1866年にイギリスで行われた競技会で棒高跳びが採用されたことで、陸上競技における棒高跳びが始まったと言われている。 ちなみに日本へは、イギリスでの始まりから少し後の明治初期になって棒高跳びが伝わった。

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東京オリンピック2020 陸上(短距離・中距離)の日程、ルールと歴史

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このページで分かること CLOSE• 陸上競技は 「走る」「跳ぶ」「投げる」という 人間の基本的な動きそのものや、それを組み合わせた運動を、あるルールのもとで競い合うスポーツです。 短距離走 100m-400m や長距離走、ハードル走などのトラック種目、やり投げや走幅跳などのフィールド種目、一般の道路も使われるマラソン、競歩など、様々な種目があります。 「走る」「跳ぶ」「投げる」という行為は、大昔から人間が生活をする上で重要なもので、やがてその行為、活動が「儀式」のような特性を持ち、 「競争」という要素を持つようになったと考えられています。 他人と競争するとなれば 「どうやったら他人より優位に立てるか」と試行錯誤がなされるようになり、その試行錯誤からは様々な 「技術」が生まれていくようになります。 また、公正公平に競争するためには「ルール」も必要になることから、競技種目それぞれに規則が設けられ、徐々に現代の「スポーツ」に近い営みへと発展していくことになります。 陸上競技のはじまりはとても古く、紀元前9世紀頃にさかのぼります。 このころに始まった「古代オリンピック」では、 「スタディオン走」という短距離走が行われていました。 27mの距離を競走していたとされています。 その後、スタディオンの距離が2倍になった「ディアウロス(400m走に近いもの)」や走幅跳、円盤投などの競技が行われるようになります。 しかし、西暦393年に当時のローマ皇帝であったテオドシウス1世の出した「異教禁止令」によって、1000年以上続いた古代オリンピックは廃止されてしまいます。 19世紀に入り、イギリスを中心にスポーツとして行われるようになった陸上競技は、現在の形とほぼ変わらず、1896年にアテネで行われた「第一回近代オリンピック」をきっかけに、陸上競技は世界各国に普及していきます。 さらに1912年には、国際陸上競技連盟 IAAF,現在はWA が設立され、世界記録が公認のものとなりました。 日本が初めてオリンピックに参加したのもこの1912年(第5回ストックホルム大会)からです。 当時の参加者は、柔道の生みの親である嘉納治五郎、陸上競技の100m走の三島弥彦、マラソンの金栗四三でした。 陸上競技は自分の成績が 「順位」「記録」の2つで表されます。 他の選手よりも優れたパフォーマンスを発揮し、順位を競うことはあらゆるスポーツにおける醍醐味だと言えます。 勝敗がハッキリすることは、競技をする側、見る側、支える側にとっても、そのスポーツを面白く、楽しくさせ、多くの人に親しんでもらうために必要な要素です。 さらに、 陸上競技は自身の 「記録」を残すことができる競技です。 「順位」だけでなく、 過去の自分や他の選手、世界のトップ選手などとの競技成績の差もハッキリと分かります。 直接対決をしていなくても、世界のどこかですごい記録が出ると、それだけで盛り上がることができます。 自己記録を更新することは、それまでの生涯の中で、最高のパフォーマンスを発揮できたということです。 たとえ競技会で、優勝できなくても、過去の自分を越えられたことが明確に分かると、嬉しい気持ちになるでしょう。 それとは逆に、練習をサボってしまったり、悪いトレーニングをしてしまったり、調子が整わなかったりすると、それらも記録となってハッキリと表されてしまうわけです。 よって、練習では自身の課題を明確にし、その克服に向けてトレーニングを行い、改善させていくことを繰り返していかなければなりません。 まさに試行錯誤の連続で、その成果もしっかりと数字で示されます。 単純なようで、奥が深く、自身の努力がパフォーマンスとなってハッキリと示される陸上競技は、私たちを興奮させるような一面もありながら、時には残酷な現状を突きつけてくる、非常にスリリングな競技であるとも言えます。 関連記事.

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