ミュージカル 刀剣 乱舞 葵 咲 本紀。 ミュージカル『刀剣乱舞』 ~葵咲本紀~ 開幕、約1年半ぶりの新作に刀剣男士が意気込みを語る

ミュージカル『刀剣乱舞』 ~葵咲本紀~ 開幕、約1年半ぶりの新作に刀剣男士が意気込みを語る

ミュージカル 刀剣 乱舞 葵 咲 本紀

*ミュージカル刀剣乱舞「葵咲本紀」にて、三日月宗近が徳川信康や永見貞愛に与えた役割「物部」という名は、どのような意味をもつのか。 フセッターに書いたものに参考文献をほんの少し加えたまとめバージョンです。 物部氏と言えば日本史選択でなくとも何となく聞き覚えのある氏名。 自分もそれくらいの気軽いノリで文献を漁りはじめたのですが、この物部、調べれば調べるほど何故か謎の方が多くなる。 名づけ親が名づけ親だけに、この掘っても掘っても謎が出る感じ、とても覚えが……あっ三日月宗近かな……??という感じで面白かったです。 この「物部 もののふ 」は「武士」と同じ意味。 つまり、「武勇をもって主君に仕え戦場で戦う人。 逆に考えると、モノノフの語から戦士・軍事と関連づけられ、警察的職務はそれに付随したものであるとも考えられるわけです。 しかし、このモノノフという言葉さえも、最初は武士を意味しなかったのではないのかもしれない。 というのも、最古の用例である『古事記』で「物部」の語が出てくるのは、身分を隠し奴に身をやつしていた二人の御子が太刀を手に舞と詠によって正体を明かすという場面なのですよね。 この詠では刀の柄や緒につけられた赤い印が大きな意味をもっています。 宴会という場の設定、剣舞、そして身分の証。 これらは武勇というよりは儀式的な側面が強い。 このとき詠の中での「物部」は単なる武士を越えた意味を有していると考えられます。 また、「物」が「者」の生きた証となる。 印となるというのは、ミュージカル刀剣乱舞で度々触れられる構図でもありますね。 これは余談なのですが、ちなみに2019年版源氏双騎がつはものと地続きの『剣の巻』を元にした曽我兄弟敵討ちの物語ならば、2020年版双騎は友切丸の話になるのではないかな~と個人的に思っていたりします。 というのも、MCで髭切からポロリと名前が出てきた五郎の別名「助六」の活躍する「助六由縁江戸桜」しかり「寿曽我対面」しかり、歌舞伎等で曽我物語に登場する刀は「薄緑」ではなく「友切丸」だからです。 かつて義父が所持し、今は紛失した友切丸という刀がいずれも演目のなかのキーワードとなり、深くこの兄弟の敵討ちにも関連してくる。 その友切丸が、2019年版では登場しない あれは薄緑としての逸話で膝丸を補強するためだったので出てきちゃマズい=友切丸がある曽我物語世界線に薄緑はない。 だからこそ、2020年版では今度は髭切の曽我物語における友切丸としての逸話を補強してくるのかな~などと。 ちなみに「寿曽我~」の工藤はかなり正々堂々とした立派な武士として描かれているので、もし友切丸補強するなら工藤の描かれ方も変わってきそう! 突然双騎の話を出したのは、この友切丸もやはり兄弟の身分や生い立ちの証明となる刀だからですね。 ここでも刀が人の証・印になっている。 さて、話が少しずれましたが、それでは、武士でも軍事・刑罰に携わるのでもない「物部」には、どのような意味があるのか。 それこそが、「モノノケ 物の化 の語からの精霊・鬼神を司掌し宥撫する霊部。 先に物部の警察的職務はモノノフに付随した可能性を挙げましたが、さらに言ならば、古代の裁判は神裁 =神意の発現をうけて刑が執行される。 この霊部としての物部についてのより詳細な記述に以下のものがあります。 「至聖者に仕えて霊物全体を司り、 善霊を招び邪霊を払う職掌をモノノフ、 そのことを統べる氏族をモノノベといった。 モノノフが武者を言い、モノノベが軍事を統べる氏となったのは、善霊を招び邪霊を払うのに射弓や軍鼓など、楽器でもあれば武具でもあるものを用いたからだろう。 物部氏の氏神である石上神宮に祀られている刀剣にしても、もとは呪具だった可能性が高い。 あれ、もしかして三日月に「物部」認定された友たちって審神者適性があったりするのかな……???などと思わず考えてしまう。 刀ミュのテーマ的に時間遡行軍を簡単に邪霊として片付けてしまっていいのかは一端置いて、あくまで構図的な問題として邪霊としています。 そして、ここで注目したいのが「楽器でもあれば武具でもある」という言葉です。 少し刀ミュと「物部」からは脱線するのですが、そもそも「審神者」という役職自体、楽器とは関係性が深い役職だったりします。 私は個人的に、「秘宝の里」で審神者が集めさせられる楽器の種類ってどう考えても神憑りに使用されるものと同じだよなあと思っているのですが、あながち間違ってもいないんじゃないかなあって。 「審神者」は神がかった状態の人間の言葉を翻訳し、伝える役職。 審神者自体が依り代になるのではなく、依り代に宿った神の国の言葉を人の国の語に訳し伝える役割のことを指す。 これは神意を元に裁く「物部」にも少し近いところがあるなあと思います。 鉄は農耕生産という平和的用途に用いられるものでもあり、剣や刀といった殺傷する威力をもつ武器ともなる。 実際、物部という名は5・6世紀ごろの美作をはじめ、各地に製鉄集団のまとめ役として残ってもいます。 砂や土から鉄を製錬するという行為は特殊な呪術と考えられていた。 これを踏まえて葵咲本紀に話を戻すと、戦のための武器を捨てた信康さんが、農耕を生業とする百姓になってから三日月宗近に出会い、「物部」任命されているというのは何とも奇縁で面白いなあと。 「物部」の名をもつ氏族は各地にあまりも多く見られるため、「物部氏」などという氏族は存在しなかったという説すらもあるんですよね。 各時代、各地に散った、縁もゆかりもないけれど同じ目的を持った刀ミュ内の「物部」という存在の在り方も、少しこの形に近しいのかもしれません。 物部氏が祭るとされる「韴霊」とは「布都」、すなわち「布都御魂大神 =フツヌシノカミ 」のことを指します。 この神は、物部氏の総氏神を祀る石上神宮の主祭神でもあり、布都御魂剣に宿る神霊であるとされています。 「物部」という存在があると明かされてからの歌合でこれをめちゃくちゃ意味深に持ってくるの、偶然とはもう言えないような気がして、歌合、確実に葵咲本紀ありきなんだろうな~と思うわけですよ。 そして、そんな時に限って歌合にいない三日月宗近、なんというか、ここまでくるともはや作為を感じずにはいられない…こわい……。 唯一PVで姿を登場させたのが鶴丸国永だっていうのがまた。 ・高橋睦郎「武士道とは死ぬ事」『遊ぶ日本:神あそぶゆえ人あそぶ』ブックアート,2008. ・畑井弘『物部氏の伝承』講談社,2008. ・本位田菊士「物部氏と石上神宮」『古代日本人の信仰と祭祀』大和書房,1997. ・黛弘道『物部・蘇我氏と古代王権』吉川弘文館,2009. ・真弓常忠『古代の鉄と神々 改訂版 』学生社,2000. ・安本美典編『奇書『先代旧事本紀』の謎をさぐる』批評社,2007. *の加筆修正版です!.

次の

楽天ブックス: ミュージカル『刀剣乱舞』 〜葵咲本紀〜【Blu

ミュージカル 刀剣 乱舞 葵 咲 本紀

<あらすじ> 慶長五年七月、下野国小山。 徳川家康は家臣を伴い、会津討伐のためにこの地に在った。 服部半蔵、酒井忠次はすでに没し、それぞれの役割を終えたが、 井伊直政と本多忠勝…つまり、千子村正と蜻蛉切の任務は続いていた。 一方、本丸では審神者の名により刀剣男士たちが集められていた。 鶴丸国永を隊長として、明石国行、御手杵、篭手切江が編成される。 敵の狙いは、徳川家康の次男である結城秀康。 そして、下野国小山で合流した刀剣男士たちの前に現れたのは… 物語は結城秀康の夢の中、松平信康が切腹するシーンから始まる。 前作に当たる「三百年の子守唄」では、この松平信康が息絶えるシーンがクライマックスとなり、そして今作でも重要な意味を持つことになる。 そして場面は変わって、慶長五年七月の下野国小山。 蜻蛉切と千子村正は、「三百年の子守唄」での任務に引き続き付いていた。 彼らの任務は引き続き、 歴史上の人物に成り代わり、徳川家康の歴史を守ると言うもの。 蜻蛉切は本多忠勝に、千子村正は井伊直政として徳川家康に付き従っている。 この時点では、石切丸やにっかり青江が扮した服部半蔵、酒井忠次はすでに役割を終え、さらに物吉貞宗がなり変わった鳥居元忠も、戦死しようとしていた。 「物吉くん死にますよ。 」と、寂しげに呟き6振りで任務に当たってた頃を懐かしむ千子村正。 そんな千子村正の思いを他所に、徳川家康は戦い続ける。 鳥居元忠の窮地にも戸惑いもせずにいる徳川家康の側に使えつつも、先の戦いで通りすがりの裸のおじさんとして可愛がってた松平信康の死もあり、千子村正は徳川家康を嫌いとはっきりと言う。 ここで徳川家康は、自身の跡取りとして長男の結城秀康ではなく次男の徳川秀忠を指名する。 所変わって、本丸では新たに篭手切江が顕現。 篭手切江は歌と踊りのレッスンに余念がなく、御手杵を巻き込んでいる。 レッスンの最中、2振りは御手杵のかつての主人である結城秀康の「天下を取り損ね続けた」話を語る。

次の

ミュージカル刀剣乱舞 『葵咲本紀』東京凱旋 前々楽 感想ネタバレ 初生観劇

ミュージカル 刀剣 乱舞 葵 咲 本紀

葵咲本紀の東京凱旋公演を観劇し、つい先日全ての公演が終わった。 今回は、三百年の子守唄から葵咲本紀までの作品全体に対して個人的に思ったことを書こうと思います。 葵咲本紀の物語の最初、「かざぐるま」を歌いながら村正が登場するところから始まった。 話の中盤で、信康の死を受け入れきれず感情的になったり歴史が変わって死んだはずの信康が目の前に現れた時の村正の表情を見た私は、三百年の子守唄で という刀が顕現した時のことを思い出した。 救出任務に行く直前に村正は顕現したので他の刀剣男士より感情が人間に近くなったんじゃないかと感じたのだ。 三百年の子守唄で竹千代 信康 が石切丸にを渡し会話をする場面があったが、そのを村正が「通りすがりの〇〇〇のおじさん」として影で渡していたことが今回の公演で分かりその頃から村正は 信康の人としての心の温かみを知っていったのではないかと思った。 そして劇中、2振りの前に突然現れた信康が「半蔵…いや石切丸殿の治療のおかげ で助かった 」と言いと村正が驚いた表情で「なぜ刀剣男士のことを知っているのか。 」と聞くと信康が、「ある方が…名は名乗らなかったが、わしのことを友と呼んだ(後略)」と言ったのでその瞬間私は、つはものどもがゆめのあとを思い出しこの歴史は、 が絡んでいるということを確信した。 永見貞愛も、刀剣男士のことを知っていたので同じですね。 葵咲本紀の物語の最後に、三百年の子守唄で石切丸が記録していた本の題名を村正が 葵咲本紀と名付けそれが、今回のミュージカルのタイトルになっていたので「三百年の子守唄で石切丸が書いていた記録はの干渉によって歴史が変わった。 その影響で書き途中だった記録は真っ白になり最終的に葵咲本紀という新しい名前…新しい記録となった。 」と私は解釈した。 私の頭の中での歴史改変は、このような感じになっている。 歴史が変わるということは、元の歴史が一時的に消えるということ。 そして、変わってしまった歴史を刀剣男士が守ったら一時的に消えた歴史が元に戻る。 ということです。 三百年の子守唄で、信康がに殺された後すぐに6振りが家康の死を看取る場面に変わったので信康が殺された後何があったのか私はずっと謎に思っていた。 石切丸が書いていた記録が、信康が石切丸を庇ってに殺されるところで止まっていたとするなら葵咲本紀は、その殺された後の記録から始まることになる。 でも、その出来事の前に石切丸が感情任せに記録を破ったので本当かどうかわかりません。 石切丸は、この記録を書き始める時に「ちゃんと書き終える自信はないけれど」と言っていたが実際、石切丸はとしての任務を終えて最後まで記録を書くことが出来なかったので、石切丸の代わりに葵咲本紀で本田忠勝としての任務を続けていたが続きを書いていた可能性もあるかもしれない。 話の流れ的に、三百年の子守唄に出てきたは葵咲本紀で倒したので歴史は史実通りに戻らず変わったまま??の状態になったので三百年の子守唄から書き続けていた記録は、刀剣男士 が持っていて任務中に徳川家に関しての事や感じたことを包み隠さず書いていたのではないかと勝手に想像したりした。 観劇した直後は、記録が題名違いで2冊あるのかと思ったが物語の最後にが「石切丸様が持っていた記録なんだが…題名が浮かばなくてな…」と村正に言っていたのでこの世界の時間軸は繋がっているのか?と思った。 石切丸が任務を終える直前にに渡したとか? 分からないけどそういうことにしとく 三百年の子守唄で家康の死を看取る時、6振りが集まったのも葵咲本紀があってあのラストになったんじゃないかな…。 改めて2つの作品を振り返ってみると、三百年の子守唄で青江と大が遠征で竹千代 家康 に出会って石切丸、物吉、村正、と遠征先で合流して物吉くんが青江が抱いていた赤子が竹千代だということに気づき合流したこの6振りで徳川家の家臣に成り代わってを育てなかったらこの物語は始まらず嫡男の信康そして葵咲本紀で明らかになった秀康、貞愛、秀忠も生まれなかった…はず。 物吉が「笑顔です!笑っていると幸運が舞い込んでくる。 笑顔が一番。 」と言い家康は優しい人間に育ち息子の信康も、同じように優しく思いやり溢れる人間に育った。 幼い時に大に習った剣術を信康は使い、葵咲本紀で大切な兄弟を守ることが出来た。 三百年の子守唄で信康は、吾兵に出会い畑仕事を教えてもらい戦以外でも人の役に立つことが出来ることを知った。 の吾兵となってもそれは変わらなかった。 人を守るために刀を持つことになったが葵咲本紀で信康がと百姓の話をしているのを聞いて「信康は、本当に優しい」と心から思った。 三百年の子守唄と葵咲本紀の全ての物語に「家族 家臣に成り代わった6振りと徳川家 の成長」と「笑顔」があり徳川の守り刀だった物吉と徳川を仇なす妖刀と言われているがいたからこそ完成した作品なんじゃないかと思った。 物吉くんが光で村正が闇。 光があってこその闇だと私は思う。 公演期間中やロでいろんな方の考察や感想を拝見して考え方にも人それぞれあり見ててとても楽しかったです。 おわり。 マシュマロ置いておきますので、お気軽にどうぞ。

次の