エネオス。 JXTG→「ENEOS」に社名変更 20年6月、知名度生かす :日本経済新聞

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エネオス

知っている方もいるかも知れませんが、エンジンの洗浄能力の特化を謳っていたハイオクガソリンであるエネオスの「ヴィーゴ」が、2018年9月末日を以って販売終了しています。 その代わりに「ENEOS ハイオクガソリン」と言う銘柄に切り替わりました。 エネオス展開元の「JXTGエネルギー」の公式サイトよると、「ヴィーゴ」販売終了の理由としては「物流環境の悪化により、安定した供給体制の維持が出来ない事」が挙げられています。 しかしながら、昨今の物流環境は大きく変化しており、現状の体制でENEOSヴィーゴの安定供給を継続することは困難であると判断し、今般、販売終了を決定いたしました。 2018年10月1日より、ENEOSのSSでは「ENEOSハイオクガソリン」を販売いたします。 「ENEOSヴィーゴ」同様にご愛顧くださいますよう、お願い申し上げます。 因みに恥ずかしながら、私はENEOSをメインに給油を行っているのですが、今の今まで全くこの事実に気が付いていませんでした。 (笑) なお、新しくエネオスで販売される「ENEOS ハイオクガソリン」とは、エンジンの洗浄効果ではなく防汚効果を謳っている普通のハイオクガソリンです…と言うか中身は「JXTGエネルギー」傘下の「エッソ」、「モービル」、「ゼネラル」で展開されている「シナジーF1」でしょう。 (笑) もくじ(クリック・タップで移動できます)• ガソリンスタンドの4割強がエネオスになっちゃうよ! エネオスのブランドを保持する「JXTGエネルギー」は「安定供給の継続が困難である事」のみを「ヴィーゴ」廃止の理由として挙げていますが、これは「ヴィーゴ」が売れ過ぎちゃって困るぜ!って事じゃないです…当たり前ですが…。 では何故に供給が安定出来なくなる恐れがあるのかと言うと、単純にエネオスのブランドのスタンドが増えるからです。 …、とこれも今の今まで知らなかったのですが、既に業界再編で「JXTGエネルギー」の傘下に収まっている「エッソ」、「モービル」、「ゼネラル」の3つのブランドが、全て「エネオス」に2019年7月までに統合されるんだそうです。 (合計で13,000店舗になる) 全体で4割強のガソリンスタンドが「エネオス」になりますので、イメージ的にはそこいらのスタンドはほとんどエネオスになっちゃう感じでしょうか? 新しく「EneJet」と言うブランドを増やしていくらしい 「JXTGエネルギー」は、今後「エネオス」の中でも「EneJet」と言うブランドでセブンイレブンやドトールコーヒー併設店舗である「EneJet」と言うスタンドを増やしていくとの事です。 まぁ、既に以前から「JXTGエネルギー」の一部ブランドの「Express」店舗ではこう言った併設店舗を展開してましたので、併設型の店舗は「EneJet」に、それ以外の店舗は「エネオス」、または「EneJet」に看板を変えると言う事でしょう。 我々ユーザーにとっては、いくつかのブランドが消滅してしまいますので寂しさを感じる部分はあるものの、より便利に変わっていくと言う事なので嬉しい部分もありますね。 一方でスタンドのオーナーさんたちは「ブランド」での差別化が難しくなりますし、価格での差別化もなかなか難しい部分があると思いますから、各種サービスで勝負するしかなくなる訳です。 …、という訳で既存のスタンドのサービスレベルも向上するかも知れません。 決済方法はどう変わる? 決済方法については以下のページに案内がありますが、ENEOSカード、シナジーカード、スピードパスプラスは2018年」10月の時点から相互利用が可能となっています。 その他の電子マネーやポイントカードについては、ENEOS Tカード、Tカード、スピードパスプラスnanacoなどが2019年7月からの相互利用開始となります。 詳しくはこちらをご参照下さい。 「ヴィーゴ」販売終了についてのまとめ 「ヴィーゴ」の販売終了は、私のような車好きの変態マニアには残念な部分もありますが、大多数の一般ユーザーにとっては自分が使用したい決済方法がどのスタンドでも使用できるようになるなど、歓迎すべき点が多いように感じますね。 なお、最寄りの「EneJet」店舗は以下のサービスステーションから検索出来ます。 気が付いたら私の家の周囲はエネオスだらけになっていた訳ですが…。 店舗の形態や決済方法の確認については、指定の店舗をクリックする事で確認出来ます。 最新の「EneJet」店舗を体験したい方は近隣の店舗を検索してみては如何でしょうか? (ドライブレコーダー専門家 ).

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エネオス

略称は「新日石」や「NOC」などであった。 グループで合計8か所のを保有し、系列のサービスステーション()は国内におよそ9,579か所(2010年2月末現在)ある。 (明治21年)に創業し、(平成14年)にこの社名になった。 (平成13年)に制定されたサービスステーションのブランド名「 」(エネオス)は、「 ENERGY」()と、で「新しい」意を表す「 NEOS」を組み合わせた造語である。 現在のキャッチコピーは、「 エネルギーを、ステキに。 ENEOS」。 2010年4月1日に、同社とが経営統合し、JXホールディングス(現・)が発足した。 さらに同年7月1日には、JXホールディングス傘下の同社と、並びにの3社が統合し、石油精製・販売事業の新会社JX日鉱日石エネルギー(現・ENEOS)が発足した。 なお、サービスステーションのブランドは、旧新日石の「ENEOS」ブランドが存続し、旧ジャパンエナジーの「 JOMO」ブランドが置き換えられることになった。 概要 [ ] にあったの石油開発ブームを受けて創立された有限責任日本石油会社が前身。 (平成11年)に日本石油とがし日石三菱株式会社(にっせきみつびし、略称・ NMOC)が発足、2002年(平成14年)に同社は新日本石油に社名を変更した(略称は 新日石、英文社名は、合併前の日石のものに復した)。 石油元売の一つであるとは業務提携関係にあり、調達・石油精製・・の各部門で1999年より提携している。 (平成16年)には、互いに相手方の対象を使用して燃料油の製造・販売することを可能とするクロスライセンス契約を締結した。 これらのほか、(平成14年)にはと精製部門で提携 、(平成18年)にはと開発・精製・物流・燃料電池・技術開発の分野における業務提携を結んだ。 日本国外の企業ではのと提携関係にあり、の公司と協力関係にある。 はで、他に取引行として 、があるが、の一員である。 事業内容 [ ] の事業セグメントは、「石油精製・販売」、「石油・ガス開発」、「建設」、「その他事業」の4種類に分類される。 グループのトップである新日本石油が担うセグメントは、中核事業の石油精製・販売部門である。 主な製品は、(・・・・など)や、、(製品名は旧日本石油時代からの名称を使用している)といったや、・・・などの製品である。 これらの製品の精製・製造は、子会社で製造拠点を保有する(現・ENEOS)などに委託している。 石油・石油化学以外のエネルギー事業では、やの輸入販売や・の開発を進めるほか、製油所・製造所併設のや油槽所に設置した設備などを使用した卸供給事業 や電力小売事業 を展開している。 事業所 [ ] 本社・支店 [ ]• 一丁目3番12号(新日本石油ビル)• 北海道支店 - 北4条西5丁目• 東北支店 - 一丁目• 東京支店 - 東京都港区一丁目• 関東第1支店 - 東京都港区虎ノ門一丁目(新日石虎ノ門ビル)• 関東第2支店 - (内)• 関東第3支店 - (新日石横浜ビル)• 中部支店 - (内)• 関西支店 - 土佐堀一丁目• 中国支店 - 的場町一丁目• 九州支店 -• 沖縄支店 - 一丁目 製油所・製造所 [ ] 括弧内は1日当りの原油処理能力。 (精製子会社)• - 陣屋町一丁目 (180,000バレル)• - 仙台市港五丁目 (145,000バレル)• - 横浜市鳳町 (340,000バレル)• - 大阪府高砂 (115,000バレル)• - 水島海岸通四丁目 (250,000バレル)• - 和木六丁目 (127,000バレル)• - 一の洲 (160,000バレル)• 川崎製造所 - 神奈川県夜光二丁目• - 横浜市子安通三丁目 油槽所・その他 [ ]• 川崎事業所 - 神奈川県川崎市川崎区扇町、旧・川崎製油所• 新潟事業所 - 竜が島二丁目、旧・日本石油新潟製油所• 下松事業所 - 東海岸通、旧・下松製油所• 市川油槽所 - 本行徳• 名古屋油槽所 - 名古屋市• 神戸油槽所 - 外浜町一丁目• 福岡油槽所 - 福岡市中央区荒津一丁目• 富山油槽所 - 四方北窪• LNG基地 - 釧路LNG基地、八戸LNG基地、水島LNG基地 沿革 [ ] 概略 [ ] 新日本石油株式会社は、(平成14年)に日石三菱株式会社が社名を変更して発足した。 その日石三菱は、(平成11年)に日本石油株式会社と株式会社が合併して発足した会社である。 日本石油は、(明治21年)に・山口権三郎らがの石油開発ブームを受けて設立された。 本社および製油所(製油場)は油田近くの尼瀬村(現・三島郡尼瀬)に置かれていた。 設立時は有限責任日本石油会社を名乗ったが、(明治27年)に日本石油株式会社となった。 (明治32年)にはに2番目の近代的製油所を建設、以降新潟県や、に製油所を建設していった。 社章は、「日本」の文字をで模った「コウモリ印」を使用していたが、これは創立記念式典の会場内に一羽のコウモリが舞い込んで来たことに由来している。 (大正10年)、日本の二大石油会社であった日本石油と宝田石油が合併した。 宝田石油は(明治26年)、新潟県で東山油田をもとに創業した。 合併時、宝田石油は新潟県や秋田県、そしてにも製油所を有していた。 (昭和16年)には、日本石油は国内2位の小倉石油と合併した。 後、日本石油はのと業務提携、(昭和26年)に折半出資で両社の石油精製事業を担当する日本石油精製(現在のENEOS)を設立し、カルテックスグループの一員となった。 一方の三菱石油は、(昭和6年)に・・の3社と、アメリカのの折半出資により設立。 石油業界初の外資提携であった。 年表 [ ] 三菱石油の年表についてはを参照。 日本石油 [ ] 明治時代 [ ]• (21年)• - 有限責任日本石油会社が発足。 本社は石地村(現・石地)。 - 本社を新潟県尼瀬村(現・三島郡尼瀬)に移転。 (明治23年)12月 - 尼瀬製油場が操業開始。 (明治27年) - 日本石油株式会社に改組。 (明治28年) - が発足(操業開始)。 (明治32年)• - 第二製油所が操業開始。 - 本社を刈羽郡大洲村大久保(現・柏崎市大久保)に移転。 尼瀬製油場を第一製油所に改称。 (明治36年)6月25日 - 第一製油所閉鎖。 (明治40年)• - 鷲田製油所を買収、新津製油所(初代)とする。 第二製油所を柏崎製油所(初代)に改称。 - 新潟市内に新潟硫曹製造所を開設。 - 柏崎製油所隣接地に柏崎硝子製造所を開設。 - インターナショナル石油の新潟県の全資産を買収(同年に同社製油所が直江津製油所として発足)。 (明治42年)12月 - 柏崎硝子製造所休止。 (明治43年)• - 新潟鐵工所を分離し、株式会社を設立。 - 秋田製油所が発足(同年操業開始)。 (明治44年) - インターナショナル石油の北海道の全資産を買収。 (明治45年) - 北海道製油所が発足(同年10月操業開始)。 インターナショナル石油• 1900年(明治33年)11月15日 - のが、北海道・新潟県の石油開発を目的としインターナショナル石油株式会社を設立。 1901年(明治34年)11月 - 直江津製油所が操業開始。 1902年(明治35年)3月 - 蔵王石油株式会社(1894年7月設立)を買収。 1907年(明治40年)6月1日 - 新潟県の全資産を日本石油に売却。 1911年(明治44年)2月6日 - 北海道の全資産を日本石油に売却 大正時代 [ ] 日石ビルディング(有楽館)• (3年) - 本社を有楽町(後の)のに移転。 (大正6年) - 柏崎製油所内に化学研究所を開設。 (大正6年)• - 新潟硫曹製造所を閉鎖・売却。 - 新津製油所(初代)閉鎖。 (大正8年)2月 - 初のガソリンスタンドを東京神田に開設。 これは、ENEOSグループ全体のガソリンスタンドの中では一番古いため、ENEOSにとって最初のガソリンスタンドとして扱われている。 (大正9年) - 中央石油株式会社(1907年7月29日設立)を買収。 (大正10年) - 宝田石油株式会社と合併。 新潟製油所(旧・沼垂製油所)、柏崎製油所柏崎分工場(旧・柏崎製油所)、秋田製油所豊川支所(旧・豊川製油所)、秋田製油所道川支所(旧・道川製油所)、秋田製油所二田分工場(旧・秋田製油所)、新津製油所(2代目)、台湾製油所(旧・苗栗製油所)、試験所を継承。 化学研究所を試験所に統合。 (大正11年)• - 直江津製油所休止。 - 柏崎製油所(初代)閉鎖。 7月1日 - 旧宝田石油の柏崎分工場が柏崎製油所(2代目)に改称。 7月末 - 本社ビル「」が完成。 - 秋田製油所豊川支所、直江津製油所閉鎖。 (大正12年)• 3月31日 - 秋田製油所二田分工場閉鎖。 - 鶴見製油所発足(操業開始)。 (大正15年) - 新津製油所(2代目)休止(閉鎖)。 宝田石油 にあった宝田石油本社(1912年頃撮影)• (明治26年) - らにより、宝田石油株式会社(ほうでんせきゆ)設立。 (明治29年) - 古志石油と合併、古志宝田石油株式会社に社名変更。 (明治31年)• - 全越石油の製油所(後の長岡製油所)を買収し、製油事業に進出。 10月 - 宝田石油株式会社に社名変更。 (明治34年)10月 - 第一次合同、1903年10月までに浅野製油所など30の会社・組合を買収。 (明治37年)10月 - 第二次合同、1905年3月までに宝扇石油商会・浅野削井部など19の会社・組合を買収。 (明治39年)10月 - 第三次合同、1907年3月までに村井石油部など36の会社・組合を買収。 1907年(明治40年)4月 - 第四次合同、1908年9月までに新南北石油など27の会社・組合を買収合併。 1919年(大正8年)7月 - 沼垂製油所が操業開始。 1920年(大正9年)5月1日 - 中外石油アスファルト株式会社(1913年10月28日に中外アスファルトより社名変更、1907年4月15日会社設立)を合併。 1921年(大正10年)10月1日 - 日本石油株式会社と合併。 昭和時代(戦前) [ ]• (2年)3月31日 - 秋田製油所道川支所閉鎖。 (昭和4年)5月10日 - 下松製油所発足(操業開始)。 (昭和9年) - 道路部門を分離、日本舗道株式会社(現・株式会社)を設立。 (昭和11年) - 関西製油所発足(操業開始)。 (昭和12年)• 10月 - 石油取扱量増加のため、浅野物産の仲介で英バンクライン社から「コラバンク」 Corabank (9,181トン)を購入し、力行丸と改名。 海運部門を設立。 (昭和14年)• 9月2日 - 販売部門を石油共販株式会社に譲渡、石油精製専業に。 11月 - 試験所閉鎖。 (昭和15年)12月30日 - 和田製油所(新潟県)を買収。 (昭和16年)• 1月28日 - 北村製油所(千葉県)を買収。 6月1日 - 小倉石油株式会社と合併。 横浜製油所、東京製油所、中央研究所を継承。 (昭和17年)• 4月1日 - 鉱業部門を株式会社(現・)に譲渡。 6月1日 - 愛国石油株式会社を吸収合併。 長岡製油所、川崎製油所を継承。 12月30日 - 諸橋製油所(秋田県)を買収。 (昭和18年)• - 長岡製油所閉鎖。 - 川崎製油所閉鎖。 (昭和19年)• 1月 - 海運部門を共同企業株式会社に譲渡。 - 高雄製油所発足。 台湾製油所を苗栗製油所に改称。 - 末武製油所発足。 (昭和20年) - 東京製油所閉鎖。 小倉石油• (明治22年) - 小倉常吉が小倉油店を創業。 1894年(明治28年) - 小倉石油店に改称。 (明治35年) - 釜屋堀工場(後の東京製油所)を買収。 1917年(大正6年)6月5日 - 大久保製油所(秋田県大久保)が操業開始。 1922年(大正11年)1月21日 - 横浜に原油貯油所を開設。 1923年(大正12年)4月30日 - 大久保製油所閉鎖。 1925年(大正14年)4月10日 - 小倉石油株式会社に改組。 1929年(昭和4年)• - 小倉丸(7,270トン)竣工。 海運部門が設立。 12月 - 横浜製油所が操業開始。 1941年(昭和16年)6月1日 - 日本石油株式会社と合併。 愛国石油• 1934年(昭和9年)4月 - 愛国石油合資会社として設立。 川崎工場が操業開始。 (昭和10年)4月 - 愛国石油株式会社に改組。 (昭和15年)• 3月 - 新愛国石油株式会社設立、加藤製油所および加藤製油所新津工場を継承。 - 愛国石油が新愛国石油を合併、長岡製油所・新津製油所が発足。 1941年(昭和16年)4月 - 新津製油所閉鎖。 1942年(昭和17年)6月1日 - 日本石油株式会社に合併。 昭和時代(戦後)・平成時代 [ ] 旧日本石油ガソリンスタンド 1999年• 1945年(昭和20年)• - 苗栗製油所、高雄製油所閉鎖。 - 末武製油所、上海製油所閉鎖。 - 本社有楽館がに接収、本社機能を東京都内に分散。 - 中央研究所を中央技術研究所に改称。 (昭和21年) - 本社をに移転。 (昭和22年) - 東京製油所跡地に東京工場を開設。 (昭和24年)• 2月28日 - 鶴見製油所、関西製油所閉鎖。 3月 - 占領政策の変更を見越して実施したアメリカのカルテックス(CALTEX)社との交渉に基づき、同社と「石油製品委託販売契約」を締結。 4月1日 - 石油元売業者として営業再開。 - 株式上場。 (昭和25年)• 1月20日 - 東京工場閉鎖。 6月 - 北海道製油所休止(12月31日閉鎖)。 (昭和26年)• - 東京タンカー株式会社(現・JXオーシャン)を設立。 - カルテックス社との折半出資で日本石油精製株式会社(現・)を設立、横浜製油所・下松製油所を譲渡。 同時に、防火壁・計量器(又は計量機とも呼ぶ。 )や給油所の屋根部分(通称・)に設置されるサインポール(一部店舗のみ)等の設備に日石蝙蝠(にっせきこうもり)ロゴ&CALTEXの旧カラー仕様ロゴが丸い輪の中に描かれる日石カルテックスロゴの使用及びカルテックスロゴを使用した旧式サインポールの全国の給油所での掲揚を開始。 (昭和30年)• - 日本石油瓦斯株式会社(後の新日本石油ガス)を設立。 - 日本石油化学株式会社(現・)を設立。 (昭和31年)7月23日 - 本社を「日石ビル」(旧・有楽館)に移転。 (昭和32年) - 和信商事株式会社(現・JXトレーディング)を設立。 (昭和34年) - 日石不動産株式会社(現・JX不動産)を設立。 (昭和35年) - 日本加工油株式会社(後の新日本石油加工)を設立。 (昭和37年) - 「」(現・新日本石油ビル)が東京都港区芝田村町(現・西新橋)に完成、同ビルに本社を移転。 (昭和41年)• - 柏崎製油所(2代目)を柏崎工場に改称。 - 全国の給油所で、カーピット(通称・日石チューンナップ)の設置を開始。 (昭和42年)• - 日本石油基地株式会社(現・)を設立。 - 株式会社を設立。 11月1日 - 柏崎工場を日本加工油に譲渡。 (昭和45年)4月1日 - 秋田製油所を日本石油加工に譲渡。 (昭和57年)7月20日 - 新シンボルマークを制定。 (昭和58年)• 1月1日 - ガソリンエンジン油「PAN」シリーズの製品として、新たに「ニューPAN-A 10W-30」・「PANディーゼルターボ」・「PANサイクロスーパー」を発売。 4月 - 新シンボルマークの給油所への掲揚を開始(昭和60年3月を以て全給油所に掲揚されると共に、名称を「サンライズ」に決定。 給油所に設置される防火壁のデザインが、日石カルテックスロゴから通称・日石モザイクと呼ばれた新デザインの物へと変更。 同じく、給油所に設置されているキャノピーやサービスルーム・日石チューンナップ・洗車スペースが入る建屋のカラーリングを従来の白色基調(ブランドロゴは白地に赤色の文字。 )の物から、白と青の2色基調(ブランドロゴは青地に白色の文字。 )の物へと変更。 9月1日 - プレミアムガソリンの「日石ゴールドガソリン」を無鉛化かつオクタン価98に設定した製品である、「ニュー日石ゴールドガソリン」を発売。 同年度 - 新ガソリンの名称を決める為の抽選プレゼント付き一般公募キャンペーンを実施。 (昭和59年)• 1月1日 - 前年度に行った、抽選プレゼント付き新ガソリンの名称一般公募キャンペーンの結果、レギュラーガソリンの名称がそれまでの「日石シルバーガソリン」(レギュラーガソリン)及び「ニュー日石ゴールドガソリン」(無鉛プレミアムガソリン)からそれぞれ「日石ダッシュガソリン」及び「日石ダッシュガソリンスペシャル」へと変更された。 11月30日 - 三菱石油と業務提携契約を締結。 (昭和61年)7月1日 - 「ニュー日石ダッシュガソリンスペシャル」発売。 (昭和63年)7月1日 - 無鉛100オクタンガソリンである「日石ダッシュレーサー100ガソリン」を発売。 CMには、当時ル・マン24時間耐久レースに参戦する際にとの合同チームが使用していた・962Cを使用していた。 10月1日 - 日本信販と提携し「日石ONE-UPカード」の発行を開始。 (3年)• 6月26日 - 資源開発子会社の業務を統括する日本石油開発株式会社(現・)を設立。 同年度 - 給油所のカラーリングをパステルグリーンに変更し、従来の「日本石油」ロゴに代わり、ローマ字表記の「NiSSEKI」をブランド名として使用開始。 (平成6年) - 新型洗浄剤「ワーキレー」を配合した、「日石ダッシュワーキレーガソリン」及び「日石ダッシュワーキレーレーサー100ガソリン」を発売。 (平成11年)• - 日本石油とが合併し、 日石三菱株式会社に商号変更(手続き上の存続会社は日本石油)。 新潟製油所を日本石油加工に譲渡。 7月 - 水島製油所を日本石油精製に譲渡。 9月 - 株式会社を子会社化。 10月 - コスモ石油と、原油調達・精製・物流・潤滑油の各部門で業務提携。 10月1日 - 川崎製油所が川崎事業所に改称。 (平成13年)• 3月31日 - 和歌山石油精製海南製油所での原油処理を停止。 - ブランド名を「NiSSEKI」から「ENEOS」に統一。 2016年現在、NiSSEKIの名称は一部のENEOSブランドのオートガスステーションに使われオレンジと赤でNISSEKI GASとペイントされている。 また、希に旧日石やNiSSEKI時代の青やエメラルドのタンカーを目にすることもある。 - 石油・天然ガス資源開発部門を日本石油開発に譲渡。 (平成14年)• - 新日本石油精製が東北石油・興亜石油を合併。 - 新日本石油株式会社に商号変更。 (平成16年) - 富士興産の潤滑油事業を譲受け。 (平成17年)7月1日 - 新日本石油ガスを合併。 (平成18年)10月1日 - 新日本石油加工が新日本石油精製に合併、同社から秋田事業所・下松事業所を移管。 (平成20年)• 4月1日 - 三洋電機と合弁で定置用燃料電池事業にかかわる新会社「ENEOSセルテック」を設立。 出資比率81%。 10月1日 - の大分製油所における石油精製事業・付帯関連事業を分割し子会社のに承継させた上で、九州石油を吸収合併。 (平成21年) - 新日鉱ホールディングスとの経営統合契約を締結。 2010年(平成22年)4月1日付けで共同持株会社『』(後のJXTGホールディングス、現:)を設立。 (平成22年) - ジャパンエナジー・新日本石油精製と事業統合し、(後のJXエネルギーおよびJXTGエネルギー、、現:)が発足。 統合後もENEOSブランドが引き続き使用される。 なお、上海・高雄・末武の3製油所は操業に至らなかった。 尼瀬製油場 - 1890年12月開設・1903年6月閉鎖、尼瀬• 柏崎製油所(初代) - 1899年6月開設・1922年7月閉鎖、新潟県大久保• 新津製油所(初代) - 1907年2月買収・1917年11月閉鎖、田家• 直江津製油所 - 1907年6月買収・1923年1月閉鎖、新潟県西福島• 秋田製油所 - 1910年7月開設・1970年3月閉鎖、土崎港相染町• 北海道製油所 - 1912年4月開設・1957年12月閉鎖、• 新潟製油所 - 1921年10月移管・1999年3月閉鎖、竜が島• 柏崎製油所(2代目) - 1921年10月移管・1967年10月閉鎖、新潟県柏崎市日石町• 秋田製油所豊川支所 - 1921年10月移管・1922年12月閉鎖、昭和豊川船橋• 秋田製油所道川支所 - 1921年10月移管・1927年3月閉鎖、秋田市上新城道川• 秋田製油所二田分工場 - 1921年10月移管・1923年3月閉鎖、秋田県潟上市天王二田• 新津製油所(2代目) - 1921年10月移管・1928年7月閉鎖、新潟市秋葉区• 苗栗製油所 - 1921年10月移管・1945年8月閉鎖、• 鶴見製油所 - 1923年5月開設・1949年2月閉鎖、安善町(跡地は)• 関西製油所 - 1936年12月開設・1949年3月閉鎖、扇町• 東京製油所 - 1941年6月移管・1945年6月閉鎖、大島• 長岡製油所 - 1942年6月移管・1943年11月閉鎖、新潟県草生津• 川崎製油所 - 1942年6月移管・1943年12月閉鎖、神奈川県扇島• 上海製油所 - 1943年4月開設・1945年10月閉鎖、• 高雄製油所 - 1944年8月開設・1945年8月閉鎖、台湾• 末武製油所 - 1944年9月開設・1945年10月閉鎖、西豊井 関係会社 [ ] 日本国内のグループ企業 [ ] 石油関連 [ ] 会社名 本社所在地 主な事業内容 石油製品・石油化学製品の製造受託 石油製品の製造・販売 の製造・販売 谷口石油精製株式会社 絶縁油・潤滑油の製造 大分パラキシレン株式会社 東京都 の製造 水島パラキシレン株式会社 パラキシレンの製造 水島エルエヌジー株式会社 岡山県倉敷市 天然ガスの貯蔵・送出し 水島エルエヌジー販売株式会社 岡山県倉敷市 天然ガスの輸入・販売 ネクストエネルギー株式会社 東京都港区 天然ガスの販売 石油類の貯蔵 沖縄石油基地株式会社 石油類の貯蔵 志布志石油備蓄株式会社 の操業 上五島石油備蓄株式会社 横浜市中区 国家石油備蓄基地の操業 新日本石油タンカー株式会社 横浜市中区 原油・石油製品の海上輸送 雄洋海運株式会社 横浜市中区 原油・石油製品の海上輸送 東京都港区 石油製品の海上輸送 日本グローバルタンカー株式会社 東京都港区 外航タンカー・内航タンカーの運航 東京都 石油製品の鉄道輸送 東京都中央区 石油製品の陸上輸送 東西オイルターミナル株式会社 東京都港区 の運営 東京都品川区 石油製品の販売 石油製品の販売 石油製品の販売 新日石プラスト株式会社 東京都港区 加工製品の製造・販売 新日石液晶フィルム株式会社 東京都港区 用の製造・販売 株式会社フロンティアエネルギー新潟 東京都千代田区 の運営 新日本石油開発株式会社 東京都港区 石油・の開発 建設関連 [ ] 会社名 本社所在地 主な事業内容 東京都中央区 道路工事・土木工事などの請負い アナテックサービス株式会社 岡山県倉敷市 分析計のメンテナンス その他 [ ] 会社名 本社所在地 主な事業内容 新日石トレーディング株式会社 東京都港区 の販売 新日石不動産株式会社 横浜市中区 の売買 株式会社新日石総研 東京都港区 石油事業に関する 新日石インフォテクノ株式会社 横浜市中区 システム開発・保守・運用 東京都中央区 製品の製造・販売 東京都港区 天然ガス発電所の運営 日本国外のグループ企業 [ ] 国籍 会社名 主な事業内容 Nippon Oil Europe Limited 原油・石油製品の売買・輸出入 NIPPON OIL U. LIMITED 船舶用および航空用燃料・潤滑油の販売 Nippon Oil Lubricants America LLC 潤滑油の製造 Atlanta Nisseki CLAF Inc の製造・販売 NISSEKI CHEMICAL TEXAS INC. 感圧紙用溶剤・絶縁油などの製造・販売 NIPPON OIL ASIA PTE. LTD 原油・石油製品の売買・輸出入 NIPPON OIL AUSTRALIA PTY. LIMITED 石炭・液化天然ガスの売買・輸出入 台湾日石股份有限公司 石油製品の販売・輸出入 天津日石潤滑油脂有限公司 潤滑油・グリースの製造・販売 新日石(上海)貿易有限公司 石油製品の販売 新日石(広州)潤滑油有限公司 潤滑油の製造・販売 新日石液晶(蘇州)有限公司 液晶ディスプレイ用フィルムの製造・販売 NIPPON OIL THAILAND Ltd. 石油製品の販売・輸出入 CM [ ] コマーシャルソング [ ] 旧・日本石油のとして、冬季のストーブ用灯油のCMでの『日石灯油だもんネ』(作詞:、作曲:)がある。 )引き続き使用されている。 60年代頃のCMソングとして『日本石油の唄』『ハイ・ハイ・ハイオクタン』(いずれも作詞・作曲:)もあった。 1988年には日石100周年記念ソングとしてとファミリーの合作『輝くオイルロード』が制作され、1987年及び1992年の2度に渡って日本石油グループの企業CM内でCMソングとして使用していた。 また、30年以上の長きにわたって販売されていたエンジンオイルのPANシリーズに代わり新たに1995年に登場したZOAシリーズのCMでは、X JAPANの『』『』の2曲が使用されていた。 なお、旧三菱石油時代の出演者については を参照。 出演タレント [ ] 日本石油時代• 日石三菱時代• 新日本石油改称後• - ENEOS灯油のCMはが単独で出演• - イメージキャラの「エネゴリくん」と共演 提供していた番組 [ ] テレビ• (日本テレビ系、旧日本石油で提供)• (系、制作。 旧日本石油で提供)• (TBS系、MBS制作。 旧日本石油で提供)• (TBS系、MBS制作。 旧日本石油で提供)• (系列、旧日本石油で提供)• (系列、旧日石三菱で提供)• (系列、旧日石三菱で提供)• (系列)• (日本テレビ系)• (フジテレビ系)• (系、2008年4月 - 2009年3月26日)• (「前回」の枠に移行)• (TBS系)• 12:30-12:50頃(系、2007年4月から隔日のみ、2009年3月まで)• (「前回」の枠に移行)• (系)• (テレビ朝日系)• (系)• (TBS系列、2010年1月から3月まで)• 日本テレビ系列、TOKIOがキャラクターを務めていたことによる「出演者枠」。 2000年代 -のちに提供復帰。 ラジオ• (AM・系、1993年4月 - 1998年3月。 旧日本石油で提供)• (AM・系、2004年4月 - 2007年9月。 その後にスポンサー変更)• (FM・系、2001年10月 - 2007年9月。 番組は2008年3月で終了)• (AM・系、2007年10月29日 - 11月30日)• 時報 平日13-16時 (2008年4月以降)• ENEOSドライビングハイウェイ(NRN系・。 2004年3月まで) なお、一時期は時代の「 」として提供クレジットされていた。 スポーツ関連事業 [ ]• オフィシャルスポンサー• (最多優勝回数をもつ界の名門チーム) 2010年度のJXホールディングス発足により、同部は「 JX-ENEOS野球部」に改称された。 オフィシャルスポンサー(2001年から2009年までENEOSのロゴをユニフォームの胸に掲示)• ENEOS部• 関連事業• (を含め旧時代からチーム三菱をサポートしていたが、2005年から石油系スポンサーはに変更)• LEXUS TEAM LeMans ENEOS• NPO法人(と提携して2006年に設立)• オフィシャルスポンサー 公式スポンサー [ ]• (にあるがスポンサーになっているアトラクション)• (にあるがスポンサーになっているアトラクション)• (現在は大分銀行ドーム)• ストークフィールド(サブ競技場、現在はだいぎんフィールド)• ストークグラウンド(投てき場、現在はだいぎんグラウンド)• ストーク球場(野球場、現在はだいぎんスタジアム) 旧九州石油が各施設の命名権をに取得、その契約が末日で満了するため所有者の大分県と九州石油を経営統合した新日本石油との間で契約延長について協議を続けた結果、2月28日まで契約を延長することで合意した。 なお、「地元に親しまれている」という新日本石油の判断から、九州石油時代の名称のままとすることになった。 契約が切れた3月1日からは命名権がに移り、大分銀行ドームとなっている。 関連項目 [ ]• 脚注 [ ] []• 2008年12月13日, at the. (新日本石油ウェブサイト)、2010年4月4日閲覧• 2009年6月20日, at the. 2009年6月21日, at the. 時代には日石本社ビル内に支店を所有していた。 (ENEOS公式・2020年1月2日閲覧)• なお、一部店舗ではENEOSに統一されるまで従来のカラーリングのままであった。 2016年現在でも店舗の柱や、当時のタンクローリーにおいてNiSSEKI及び日本石油の名称が残されている場合もある。 合併からENEOSブランドへの統一までは旧看板のままの営業であった(合併以後に建てられた店舗および旧日石系販売店は日石のペイント、旧三菱系販売店は三菱のペイントではあったが「NiSSEKI」や「三菱石油」の部分が「日石三菱」に差し替えられていた(合併以後に建て替えられた店舗でも旧三菱系販売店の場合、三菱タイプのペイントとなっていた。 ENEOSブランドへ統一後もサインポールが旧日石系は正方形、旧三菱系は縦長の長方形で合併前の名残が見られるが、徐々に旧三菱系のサインポールも交換の際に正方形に変わっている。 また、給油機に貼り付けてある燃料油名のシールも例として、旧日石系はハイオク:赤、レギュラー:青、軽油:緑、灯油:黄、旧三菱系はハイオク:黄緑・レギュラー:赤・軽油:紺・灯油:オレンジの配色で名残が見られるが、新規オープン及びリニューアル販売店やセルフ式スタンド等ではハイオク:黄、レギュラー:赤、軽油:緑、灯油:紺の配色となっていた(現在、旧日石系、旧三菱系の販売店に関わらず徐々にこの配色に変わってきている。 尚、2002年4月よりハイオクはセルフ式スタンドを除き「ヴィーゴ」を記して販売している。 なお、旧九州石油が行っていた放鳥支援事業については、新日本石油の事業として継承されている。 なお、かつてのCMソング特集においてこの曲が取り上げられ、番組に出演していた合唱団によって合唱された事があるが、その際に歌詞の一部である「日石灯油」の部分が、スポンサーが出光興産である事に配慮して「出光灯油」に差し替えられ歌われた。 それぞれ、歌詞・音程・再生ピッチが異なっており、かつ1992年に放映されたCMでは、冒頭部分の歌詞を子供達がリコーダーを演奏しながら歌っている。 なお、この曲の音源は一般向けに販売されたレコードやCDには一切収録されておらず、当時の日本石油の社内関係者向けに配布された同名タイトルのレコードにのみ収録されている事が、過去に放映された制作で、全国の及びABCテレビ系列のテレビ局35局にて放映されているで判明している [ ]。 外部リンク [ ] ウィキメディア・コモンズには、 に関連するメディアがあります。

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ハイオクガソリンとは?エネオス、昭和シェル…ブランド・銘柄での違いは?レギュラーを入れちゃダメ?

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