ジュゴン の 赤ちゃん。 ジュゴンの赤ちゃんの悲劇とSDGs

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ジュゴン の 赤ちゃん

ジュゴン Dugong dugon VULNERABLE Ver. 1 2001 附属書I : : : : : 海牛目 : : ジュゴン属 Dugong Lacepede, 1799 : ジュゴン D. dugon Dugong dugon , Trichechus dugon Muller, 1776 Trichechus dugung Erxleben, 1777 Dugong indicus Lacepede, 1799 (ジュゴン属の模式種) ジュゴン 英名 ジュゴン( 儒艮、 Dugong dugon)は、ジュゴン科ジュゴン属に分類される哺乳類。 本種のみでジュゴン属を構成し、現生種では本種のみでジュゴン科を構成する。 分布 [ ] 、西、。 モザンビーク北部やマダガスカルから、紅海・ペルシャ湾・インド・インドシナ半島・ボルネオ島・ニューギニア島・ニューカレドニア・バヌアツ近海にかけて分布する。 北限は(北緯30度周辺) 、南限は(南緯30度周辺)。 マダガスカルやモーリシャス、台湾近海では絶滅したとされ 、違法密猟や石油流出、藻場の減少などの環境破壊により世界的に個体数が減少し続けていると推定されている。 現在、ジュゴンの生息数が最も多い海域は、シャーク湾からモートン湾にかけてのオーストラリア北部の海とされており、2017年時点で約5,500頭が生息している。 日本における分布 [ ] 概要と歴史 [ ] 日本哺乳類学会のレッドリストでは、のジュゴンを1997年に絶滅危惧種に指定しており 、水産庁のレッドデータブックでも「絶滅危惧種」となっている。 沖縄の場合、漁網にかかると藻場の減少などがジュゴンを危機に追い込む大きな要因となっていると見られている。 2000年10月10日には IUCN 総会で、「沖縄のジュゴンとノグチゲラとヤンバルクイナの保護」の決議が採択された。 以降の南西諸島の多数の貝塚、遺跡でジュゴンの骨や歯が出土しており、出土例はで4例、で62例、で5例、で3例にのぼる。 愛知県の貝塚や佐賀県の遺跡での出土例や、江戸時代の屋久島での捕獲例などもあり、本州・四国・九州まで迷行・漂着していた可能性もある。 明治時代の頃には、からまでの南西諸島に広く分布し、目撃例も多かったとされる。 中でも八重山列島は分布の中心とされ 、戦後も、の名蔵湾、周辺、西表島東部のや南西部の鹿川湾等での目撃例や捕獲例がある。 沖縄県では明治中頃からが盛んとなり、ジュゴンの捕獲数が増加した。 1902年に県によってダイナマイト漁は禁止されたが、密猟は太平洋戦争直後まで続いた。 このことが国内においてジュゴンが絶滅状態へと加速させた大きな原因の一つと考えられている。 現況 [ ] 1960年代からは、沖縄県での出現記録は、ほぼ沖縄島周辺(1965年 - 2004年の確実な出現記録は20例で、うち沖縄島が18例で東海岸に集中、が2例 )に限られるとされてきた。 また、沖縄島周辺以外でも、西表島、久米島、奄美大島等で、少数の目撃や死体漂着の報告があるが、2006年時点の環境省の報告書では、沖縄島周辺以外にも本種が生息しているのか、迷行・移動したのかは、不明とされた。 ただし、2018年度の調査で、先島諸島でも2000年以降に多数の目撃情報があることが明らかになっている。 沖縄本島周辺 [ ] 沖縄県では、沖縄島のや周辺でたびたび目撃されている が、2004年以降の確実な出現記録はない。 目視観察により確実に個体識別されている個体は3頭であり、これらの個体は沖縄島東海岸の周辺及び西海岸の古宇利島周辺の海域を生息地とし、両海域を北端の経由で往来することが確認されている。 ただし、個体Aは2015年9月以降 、個体Cは2018年9月以降発見されておらず、2019年3月には、個体Bとみられる死体が運天漁港で発見された。 一方、2017年には、個体識別されている3頭以外に子供とみられるジュゴンが目撃された例もある。 先島諸島 [ ] 近年の出現記録が沖縄本島周辺に集中していることから、(宮古列島、八重山列島)では絶滅した可能性があるとの指摘もあった。 しかし、2018年度の調査で、写真等の確実な証拠はないものの、2000年以降に11件(個体5件、死体2件、はみ跡2件、ふん2件)の目撃情報があることが分かった。 個体は、2018年8月に近海で石垣航空基地所属のが親子と思われる2頭のジュゴンを目撃したのをはじめ、、西表島で目撃されている。 また、2019年度の調査では、宮古列島の及び八重山列島の周辺で新たに海草のはみ跡が確認されるとともに、目撃情報も得られている。 奄美諸島等 [ ] 奄美大島ではに捕獲・撮影されて以降は確実な記録はない。 一方で奄美大島での2002年11月 - 2003年4月の聞き取り調査では、未確認だがで複数の目撃情報もある。 南西諸島以外では、に沖で定置網にかかった個体が発見され放流されたが、後に死骸が漂着した例がある。 形態 [ ] 全長3メートル。 450キログラム。 体色は灰色で 、腹面は淡色。 全身は長い柔毛と短い剛毛でまばらに被われる。 頭蓋骨 鼻面は下方に向かい 、円盤状。 鼻腔は吻端前方に開口する。 眼は小型で 、頭部背面付近に位置する。 眼後部に耳孔が開口する。 15 - 20センチメートルの牙状の切歯が2本あるが、骨の中に埋没している。 臼歯の数は6本。 胸鰭はしゃもじ形。 胸鰭に爪がない。 尾鰭は三角形。 尾鰭後縁には切れ込みが入る。 出産直後の幼獣は体長1 - 1. 2メートル。 体重20 - 35キログラム。 6本の小臼歯があるが、生後1年以内に脱落し代わりに臼歯が萌出する。 オスの成獣は上顎第2切歯が1 - 2センチメートル萌出する。 観察例からこれは交尾の際に滑りやすいメスを扱うのに用いるとする説もある。 乳頭は胸鰭基部の腹面に位置する。 前肢は短く顔には届かない。 が多く、消化しにくいを食べるので、40メートル以上という長いを持っている。 生態 [ ] 熱帯や亜熱帯にある浅海に生息する。 季節的な回遊は行わないが、数百キロメートルを移動することもある。 シャーク湾やモートン湾では季節移動を行うとする報告例もある。 単独もしくは母親と幼獣からなる数頭の群れを形成することが多い。 生息数が減少した現在ではまれであるが、数百頭に達する大規模な群れを形成することもある。 胸鰭を使って海底を徘徊し、速く泳ぐ際には尾鰭を使う。 遊泳速度は時速3キロメートルで、危険を感じた時は時速22キロメートルで逃げることもあるが長続きはしない。 野生下の潜水時間は平均1分12秒から1分30秒・平均1分23秒の報告例がそれぞれあり後者では最長6分40秒の報告例もある。 空中観察から水深11 - 12メートルまで潜水できると考えられている。 一方でオーストラリアのクイーンズランド州では水深33メートルで食跡が発見された例もある。 飼育下での潜水時間は最長13分20秒の報告例がある。 人間による狩猟などがない地域では聴覚を頼りにダイバーやボートに興味を持って接近することもある。 食性は植物食で、 Holodule、 Holophila、 Cymodocea、 Thalassiaなどの海草を食べる。 昼間に採食を行うが、人間がいる地域では夜間に採食を行う。 摂取した食物は144 - 168時間(6 - 7日)、体内に留まった後に排泄される。 オーストラリアでは洪水やサイクロンにより海草が広範囲で死滅することがあり(例として1992 - 1993年にハーヴェー湾では洪水とサイクロンにより海草が約1,000平方キロメートルにわたり死滅した)、そのような場合は別の場所へ移動するか繁殖を遅らせる。 繁殖様式は胎生。 交尾は鳥羽水族館でオスが斜め後方からメスに接近し、前肢でメスを固定した後に陰茎を挿入した観察例がある。 妊娠期間は13か月。 1回に1頭の幼獣を産む。 出産間隔はオーストラリア周辺では3 - 7年。 授乳期間は18か月。 幼獣は母親の胸鰭後方について泳ぎながら乳を飲み、母親は前肢で抱きかかえながら授乳はしない。 低緯度地方では生後6年、高緯度地方では平均で生後17年で性成熟する。 寿命はメスは歯の成長輪から最大73年と推定されている。 人間との関係 [ ] 有史以前から狩猟の対象とされた。 を包んでいたのは本種の皮だったと考えられている。 肉が不老不死や媚薬になると信じられたこともあり、骨で作った装飾品も刃物や鉄砲に対するお守りになると信じられていた。 涙も相手に付けることで恋愛成就の効能があると信じられていた。 日本では琉球王朝時代に新城島では年貢()として本種の肉(皮ともいう )を納めていた。 食用や油用、皮革用、牙の狩猟、海洋汚染、漁業やサメ避け用の網による混獲などにより生息数は減少している。 オーストラリアではの先住民には狩猟が許可されているが、他地域も含めて密猟されることもある。 日本では生活排水・牧畜廃液・除草剤・農地開発による赤土の流出・海岸開発・モズクの養殖に伴う海洋汚染およびそれによる食物である海草の減少、定置網や底刺し網などの漁業による混獲による絶滅が危惧されている。 遺跡や文献・聞き取り調査から以前は南西諸島広域に分布し 、主に八重山列島に多く分布していたと推定されている。 好適な環境があるにもかかわらず近年の八重山列島での記録がないのは、定置網などによる漁業が盛んなため混獲により地域個体群が絶滅したためと推定されている。 文献によると南西諸島では1800年代後半から1900年代初頭にかけて約200頭が捕獲された。 1894年から1916年までの23年間に300頭前以上が伝統的漁法で捕獲されたとの推計もある。 沖縄県では、戦後の食糧難の時期に行われたダイナマイト漁によって生息数が激減したとの通説があるが、この推計はそれ以前の伝統漁法による捕獲が大きく影響したことを示している。 2018年現在では沖縄県のレッドデータでは絶滅危惧IA類とされている。 日本では1972年に国の天然記念物に指定され 、2003年からは鳥獣保護法でも捕獲や殺傷が原則禁止されている。 絶滅危惧IA類 CR () 日本で唯一飼育されているジュゴンの「セレナ」(2013年) 神経質で飼育は非常に難しいとされており、世界の2か所の施設で2頭だけが飼育されている。 1頭は、もう1頭はのにいる。 鳥羽水族館ではかつて2頭が飼育されていたが、オスの「じゅんいち」が2011年2月10日午前8時25分に死亡した。 じゅんいちは鳥羽水族館で約31年間にわたって飼育され、世界最長飼育記録を更新していたが、それも11,475日目で途絶えた。 これにより日本国内での飼育は同水族館のメス「セレナ」1頭だけとなった。 、「セレナ」の飼育期間が11,476日を達成し「じゅんいち」の持っていた世界最長飼育記録を更新した。 以下に、日本の水族館での飼育例を示す。 (現、)• 性別・名前不詳 - 1968年12月15日入館、17日後に死亡。 水族館(沖縄県)• メス、名前不詳 - 1975年9月入館、22日後に死亡。 メス、名前不詳 - 1975年9月入館、23日後に死亡。 メス、ジュンコ - 1977年5月20日入館、1985年6月17日死亡。 オス、ジュン太郎 - 1977年9月入館、17日後に死亡。 オス、ジュンイチ - 1979年9月11日入館、2011年2月10日死亡。 メス、セレナ - 1987年4月入館。 (現、沖縄県)• メス、名前不詳 - 1979年1月18日入館、33日後に死亡。 名称 [ ] 属名、英名は duyung がフィリピンで使われている経由で入ったもので、「海の貴婦人」(lady of the sea)の意味だという。 「儒艮」は当て字。 日本では、生息地域であるからにかけての方言で、「 」、「ザンヌイユー」・「ザンノイヨ」・「ザンノイユ」(ザンの魚)、「アカンガイ」・「アカングヮーイュー」(アカングヮーは赤ちゃんで、イューは魚という意味) などと呼ばれる。 なお、「ザンヌイユー」を化した「ざんのいを」の語形もあって、「犀魚」の字をあてることもあるとされる。 また、宮古列島には「ヨナタマ」・「ヨナイタマ」、八重山列島の新城島には「ザヌ」、西表島には「ザノ」の方言名があり 、琉球王府公用語では「ケーバ」と呼ばれた。 伝承とイメージ [ ] 「」も参照 伝説上のは西洋と東洋とで大きく姿形が異なるが、いずれの人魚もジュゴンがモデルであるとの通説がある。 上半身が人間の女性で下半身が魚や海獣の人魚が本種と結びつけられた理由としては、本種は胸鰭の基部に1個ずつ乳頭があり、これが隆起し乳房のように見えるためとする説もある。 また、ひれ状の前肢で子を抱いて、立った形で海上に浮くからだともいう。 しかし、ジュゴンの姿は人間の女性とはかけ離れているので、初めに上半身が人間・下半身が魚や海獣といった人魚のイメージができあがり、後になって本種と結びつけられたと推定されている。 西洋における人魚のモチーフとなったとする説もあるが、伝承が伝わるアイルランドやデンマークなどは、ジュゴンの生息域から大きく外れている。 ジュゴンの肉は非常に美味なため、不老不死の効能や媚薬としての効果があると信じられてきた。 日本ので、比丘尼が口にして800年の命を得た人魚の肉は、ジュゴンの肉であるとされる。 日本の琉球地方ではの神の現世への乗り物とされたり、助けたジュゴンに津波の襲来を教えられ恩返しされるといった伝承やジュゴン漁に関する民謡などがある。 脚注 [ ] []• (accessed March 6, 2016)• 2015. Dugong dugon. The IUCN Red List of Threatened Species 2015: e. T6909A43792211. Downloaded on 06 March 2016. Husar, " Dugong dugon," Mammalian Species, No. 88, American Society of Mammalogists, 1978, pp. 1-7. Anderson 「カイギュウ目」粕谷俊雄訳『動物大百科2 海生哺乳類』大隅清治監修 D. マクドナルド編、、、142-149頁。 332-335. (・2016年3月6日に利用)• 2017年6月5日. 2019年3月19日閲覧。 2007年8月21日, at the. IUCN日本委員会. 2007年7月8日時点のよりアーカイブ。 2019年8月24日閲覧。 農林水産省. 2018年10月24日時点のよりアーカイブ。 2019年8月24日閲覧。 当山 昌直、仲地 明、城間 恒宏「 」 『沖縄史料編集紀要』第37巻、2014年、 39-58頁、 2018年6月25日閲覧。 琉球朝日放送報道制作局、2009年5月4日• WEBRONZA 朝日新聞社. 野上隆生 2017年8月31日. 朝日新聞. の2017年12月12日時点におけるアーカイブ。 沖縄タイムス. 2018年11月8日. の2018年11月8日時点におけるアーカイブ。 産経ニュース. 2017年3月20日. の2017年3月20日時点におけるアーカイブ。 琉球新報. 2019年4月18日. の2019年4月18日時点におけるアーカイブ。 沖縄タイムス. 2019年4月17日. の2019年4月17日時点におけるアーカイブ。 八重山毎日新聞. 2019年4月18日. 八重山日報. 2019年4月19日. 琉球新報. 2020年4月1日. 沖縄タイムス. 2020年4月1日. 宮古毎日新聞. 2020年4月4日. 宮古新報. 2020年4月3日. 小倉剛、平山琢二、須藤健二、大泰司紀之、向井宏、川島由次 「琉球列島におけるジュゴンの分布北限に関する聞き取り調査」『野生生物保護』9巻 2号、「野生生物と社会」学会、2005年、49-58頁• 明田佳奈、河村章人、「」 三重大学生物資源学部紀要 2001年 27巻 p. 85-103, :• 日本語. 伊勢志摩経済新聞. 2018年9月15日. 2018年9月16日閲覧。 鳥羽水族館. 2019年1月16日閲覧。 伊勢新聞. 2011年2月11日. の2011年2月11日時点におけるアーカイブ。 2011年2月11日閲覧。 鳥羽水族館公式ホームページ. 2019年1月16日閲覧。 、朝日新聞、2018年9月15日15時55分。 、鳥羽水族館、2018年9月15日。 山口博哉 2000年3月. パンフレット ジュゴンのはなし. 2018年11月8日閲覧。 () 2004年6月4日, at the. 「中日春秋」(、2014年8月19日)による。 北限のジュゴンを見守る会. 2019年1月16日閲覧。 関連項目 [ ] ウィキメディア・コモンズには、 ジュゴンに関連する および があります。 ウィキスピーシーズに に関する情報があります。 - 宮古列島のにあるヨナイタマ伝説が残る池。 外部リンク [ ]• - 沖縄県文化環境部自然保護課.

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意外と知らないジュゴンの生態!人魚伝説にもなった絶滅危惧種の特徴を紹介

ジュゴン の 赤ちゃん

絶滅が危惧されるジュゴンの赤ちゃん2頭が親とはぐれてタイ南部で保護され、うち1頭の雌「マリアム」(生後約8カ月)が17日未明、死んだ。 タイ天然資源・環境省は同日会見し、体内にたまった海洋プラスチックのごみが体調悪化を引き起こしていたと発表した。 同省などによると、マリアムはタイ南部クラビ県の浅瀬で4月に保護され、波の穏やかな島の入り江で飼育されてきた。 親とはぐれたジュゴンが生き延びるのは珍しく、タイ初の飼育ジュゴンとして、その成長ぶりが国内で話題を呼んだ。 獣医師らが特殊な授乳器でミルクを与えたり、母親に代わって海草の食べ方を教えたりした。 ボートで並んで泳がせて運動不足の解消も図った。 ところが、10日に野生の雄ジュゴンに襲われたのをきっかけに、体調が急激に悪化。 血圧が上昇し、ミルクを飲まなくなった。 15日に飼育プールに移して治療したが、17日未明に呼吸が止まり、死んだことが確認された。 解剖にあたった獣医師によると….

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赤ちゃんジュゴン死ぬ

ジュゴン の 赤ちゃん

国内では、唯一三重県の「鳥羽水族館」でのみその姿を見ることができる、 水棲哺乳類の「 ジュゴン」 鳥羽水族館にいるジュゴンは「セレナ」と名付けられたメスのジュゴンであり、推定年齢1歳の頃に、フィリピンのパラワン島付近で迷子になっているところを保護され、その翌年に鳥羽水族館にやってきました。 ジュゴンは光や音に非常に敏感な動物であり、非常に飼育が難しい動物なのですが、セレナは2017年4月15日に来館30年を迎え、今も元気な姿を見せてくれています。 ちなみに、ジュゴンの寿命は、大体70年くらいといわれています。 このジュゴンは、以前は沖縄の周辺の海で数十頭~数百頭あまりの数が生息していましたが、現在ではその数はわずか3頭あまりしか観察されておらず、未確認のものを含めても10頭以下だろうと考えられています。 そのため、国内ではこのジュゴンが絶滅危惧種に指定されているのですが、 では、いったいなぜジュゴンはこれほどまでにその数が減ってしまったのでしょうか? 今回は、そのジュゴンが絶滅危惧種になるまでに追い込まれてしまった 原因、 理由についてまとめます。 ジュゴンの現在の保全状況 ジュゴンは、現在ではめっきりその姿を見せなくなってしまいましたが、 今から200年ほど前までは、日本近海でも非常によく見られる一般的な動物であったと考えられています。 しかし現在の日本では、このジュゴンは 「 絶滅危惧(CR)」 に指定されています。 このCRは「 絶滅寸前」を意味しています。 また世界的に見ても、ジュゴンは 「 絶滅危惧(VU)」 に指定されており、 VUは「 野生絶滅の高い危険性がある種」と定義されています。 このように、世界的に見てもジュゴンの個体数は段々と減少傾向にあるのですが、 日本ではその数はもはや10頭未満であり、絶滅はもはや時間の問題であると考えられています。 スポンサードリンク 一体なぜ?ジュゴンが絶滅危惧種になってしまった原因、理由とは? では、ジュゴンが 絶滅危惧種になってしまった原因、理由はいったい何だったのかというと、 まずその1つの原因、理由として挙げられるのが 食用や革製品にするための 「 乱獲」です。 私たちの食卓に、ジュゴンの肉が出てくるということはあまり一般的なことではありませんが、 以前はジュゴンの肉は食料として多用され、世界的には今も食料とするために捕獲している地域もあります。 しかしながら、日本では2003年より鳥獣保護法によってその捕獲や殺傷は禁止されるようになりました。 また、これと似たような原因として 「 混獲」も挙げられます。 混獲とは、漁業の際に誤って意図しない獲物をとってしまうことを言い、この混獲によってもジュゴンを捕獲してしまい、死亡させてしまうということが相次ぎました。 その結果、1800年代後半~1900年代初頭にかけては、約200頭あまりのジュゴンが捕獲、混獲されてしまい、その数が激減することになったのです。 また、1979年から2004年の間に、沖縄だけで18頭のジュゴンが、混獲の被害にあって死亡したり、漂着してしまったという報告もあります。 また、もう1つ重要な理由となるのが 「 環境汚染」です。 沖縄の周辺の海は非常に綺麗な印象がありますが、それでもやはり徐々にその海は人の手によって汚されており、生活排水が流れ込んだり、海岸開発などの影響から、徐々にその沖縄周辺の海域は汚染されてしまうようになりました。 その結果、ジュゴンが生息していた海域では彼らの食物となる海草が減少してしまい、エサ不足に陥り、死んでしまうか、日本の海域からは消えるようになってしまったのです。 ちなみに、ジュゴンは非常に偏食な動物であり、基本的には「甘藻(アマモ)」という海草しか食べず、しかもそれを1日に数十キロも食べます。 そのため、豊富な食糧がないと生きていけないため、少しでも海が汚れ、甘藻が育たなくなると、もはやその地域では生きていけなくなってしまうのです。 残り少ないジュゴンのために…! 日本のジュゴンは残り僅か数頭。 そのため、ここからまたジュゴンを繁殖させ、その個体数を増やしていこうということはもはや絶望的な状況となってしまいました。 そのため現時点では、その残り少ないジュゴンに、 「 いかに長く生きてもらうか」 という部分が非常に重要視されています。 環境汚染はあっという間に進みますが、その汚染された環境をまた綺麗な状態に戻すということは中々一朝一夕でできることではありません。

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