てれとしるぶぷれ。 ピカチュウ (サトシのポケモン)

テレビ東京

てれとしるぶぷれ

相手の出方次第でこちらの対応の仕方が決まるということ。 冗談で言ったつもりが偶然にも真実になること。 人の噂や陰口はほどほどにしなさいという戒め。 あてにならないことを期待するたとえ。 弱者も追い詰められたら強者に反撃するたとえ。 雪隠とは便所のこと。 人には親切にしようということ。 回りくどくて効果が得られない。 盗みを働いたのにずうずうしく知らん顔をしている様子。 油断できないことのたとえ。 夫婦喧嘩の原因は夫婦にしかわからないものだから、放っておけばいい。 焼けた石は少しの水を掛けても冷めないことから。 将来のことなど予測ができないのだからあれこれ言っても仕方がない。 自分自身の痛みを他人に置き換え、相手を思いやることが大事ということ。 ことわざ100選、いかがでしたか? 日ごろから使っている言葉、初めて聞いた言葉もあるかもしれませんね。 意味を勘違いして覚えていたものがあったら、この機会に覚えなおすといいですね。 普段の会話で、さりげなくことわざを使える人って、なんだか素敵に見えませんか? 知識をひけらかすのではなく、さりげなく使える大人になりたいですね。 関連: 関連: 関連: 関連: 関連: - […] ことわざ一覧を表示する方法はいくつかありますが、大量のことわざを紹介しているサイトになると、基本的に何百もあることわざを列挙してそのことわざ一つ一つのリンクを造り内容を詳しく知りたいという人はそのリンクに飛ぶというシステムになっているので、ちょっと面倒に感じてしまうでしょう。 なのでオススメは「簡単なことわざTOP100」みたいにある程度数を区切っているサイトです。 このようなサイトは紹介していることわざとセットで簡単に意味を紹介していることが多いので、眺めて覚えたいという人にはこっちの方が使い勝手はよくなるでしょう。 具体的にはこちらの「【ことわざ100選】有名なことわざと意味一覧」などが参考になるでしょう。 […].

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1998年のテレビ (日本)

てれとしるぶぷれ

科学テレビは1973年10月31日の閉局。 1973年11月1日、東京12チャンネルを変更し、同時にからテレビジョン放送事業を継承。 1981年10月1日に株式会社東京十二チャンネルから株式会社テレビ東京に商号変更。 また京阪神地方では、テレビ大阪の開局する以前、同社の番組を当初は、のちに、でマイクロネットしていた。 テンプレートを表示 テレビ東京 英名 TXNネットワーク 略称 TX TX、テレ東、 12チャンネル テレビとうきょう デジタルテレビジョン 開局日 〒106-8007 東京都港区六本木 3丁目2番1号 住友不動産 六本木グランドタワー内 : を参照 7 東京 23ch 東京 12ch 12ch 主なデジタル中継局 参照 主なアナログ中継局 参照 公式サイト 特記事項: 1964年4月12日から1973年9月30日までは 財団法人日本科学技術振興財団が運営。 テンプレートを表示 テレビ東京 まっすぐ、ずっと。 基本情報 略称(愛称) TX、テレ東 運営(番組供給)事業者 株式会社テレビ東京 ジャンル 放送内容 の(マルチ編成の場合は主番組のみ) 衛星基幹放送(BSデジタル放送) 放送事業者 チャンネル番号 Ch. 297 BS-17ch 放送開始 放送終了 終了 特記事項: 地デジ難視対策衛星放送対象リスト(ホワイトリスト)に掲載された地区のみ視聴可能。 テンプレートを表示 株式会社テレビ東京(テレビとうきょう、: TV TOKYO Corporation)は、の連結子会社であり、をとして事業を行う。 略称は テレ東、は「 JOTX-DTV」(東京 23ch)。 のでのがで開局した最後のであり、これ以後に開局した局の親局は全てであった。 は「 7」。 支社所在地 [編集 ]• 関西支社:1丁目4番16号 西館 タワー 内• 名古屋支社:4丁目16番33号 ビル4階• 海外支局:・・・・・・ 出典 特色 [編集 ] 開局から商号変更まで 東京12チャンネル [編集 ] 財団法人日本科学技術振興財団(以下、「財団」と略す)テレビ事業本部の番組制作を目的として設立された 「株式会社東京十二チャンネルプロダクション」(以下「東京12チャンネルプロダクション」)が、同財団から放送事業を譲り受けて発足したものである。 詳細は「」を参照 親局チャンネルである 12ch(映像周波数217. 25、音声周波数221. 75MHz)はかつてが使用していた周波数帯であり、在日米軍より返還されたのを受けて新規テレビ局チャンネルとして開局したと言われている。 先に開局したである日本教育テレビ(NET。 現:〔EX〕)と異なり、旧東京12チャンネルは1964年に財団が母体となって設立された科学技術学園工業高等学校(現:)のをメインとして行う教育番組専門局(科学テレビ)として開局し、民放でありながらCMを流さなかった放送局 として運営された。 詳細は「」を参照 しかし、それが故に慢性的なを抱えたため、1966年4月から規模を大幅に縮小すると共に放送時間も10時 - 11時半の1時間半と、夕方 - 前半に当たる17時 - 21時の4時間の計5時間半(但し、日曜日は後者の4時間)のみに短縮された。 その後、「科学テレビ協力会」を母体とした「東京12チャンネルプロダクション」が設立され、1967年に日中とゴールデンタイム後半以降 - 深夜時間帯の放送を再開した。 そのため、当然ながら他の民放と同様にCMを流すようになった。 この時、水面下では「財団のテレビ部門をに譲渡する」、「() が東京12チャンネルプロダクションを買収する」といった話が進められていたと言われていた。 実際、毎日放送社長(当時)のは東京12チャンネルプロダクションを買収してTXの放送免許を日本科学技術振興財団から譲り受け、東京12チャンネルを首都圏第5の民放局 「東京毎日放送」(MBS系列のという位置付け)に衣替えしてMBSをキー局とする新たなネットワークの実現に向け奔走していた(同時に、もう1つの系列だったNET(現・テレビ朝日)からのネットワーク離脱も画策していた)。 しかし、時のであるや幹事長のらを中心とした郵政や出身者、の(後の会長)などの官僚、腸捻転解消を画策していた会長の田中香苗や社長で会長の今道潤三が猛反発したため、これらの買収計画はいずれも頓挫した。 結局、1969年12月に再三にわたる財界からの要請を受ける形で()が東京12チャンネルプロダクションの経営に乗り出した。 それまで東京12チャンネルは朝日新聞社と報道提携を結んでおり、同局の報道一切は朝日新聞社が制作していて、また同社は日本科学技術振興財団の財団債も保有していた。 一方当時日経は朝日新聞社が経営に乗り出していた日本教育テレビにも出資していたが、この後1974年2月にこの出資分を朝日新聞社とが折半して買い取って両局の新聞資本が整理された。 なお、テレビ東京とその系列局はその後も『ホロニックパス』『テクノピア』『』などの科学技術番組を送り出している。 詳細は「」を参照 1973年10月1日に東京12チャンネルプロダクションの商号を変更した 株式会社東京12チャンネルが放送事業を譲り受け、翌11月1日に総合放送局に移行した(移行前日の10月31日の放送終了時に告知テロップが表示された)。 この後、他のキー局の様に地方系列局を持っていないハンディを克服するため、近畿・中京圏のへの(番販)を展開する様になる。 主な対象局はのサンテレビ(SUN)、の(BBC)、の近畿放送(現:京都放送〔KBS京都〕)、の(GBS)などである。 なお、1969年10月から1975年3月までは大阪の毎日放送と 、(TVA)が開局する1983年8月までは(CTV)とも提携関係にあった。 また、関西地区ではその後も(TVO)が開局する1982年3月まで在阪準キー各局が番販購入の形で東京12チャンネルの番組をネットしていたこともある。 そのため、一部の新聞のでは午前中の部分を広告欄に差し替えていた。 商号変更以降 テレビ東京 [編集 ] 1981年、1982年のテレビ大阪(TVO)開局を控え、商号を 「株式会社テレビ東京」 へと変更。 1983年にテレビ大阪(TVO)及びテレビ愛知(TVA)による「メガTONネットワーク」 を形成して、1985年には(TSC)が開局した。 その後、1989年に(TVh)が開局することが決定していたため、「北海道」の「H」や「札幌」の「S」では合わないために、名称をテレビ東京のコールサイン「JOTX-TV」から取って TXNネットワークに改めた。 そして、1991年にTXN九州(後の)が開局することにより、現在では全国6局の系列局とネットワークを形成している。 6局で日本の総世帯数の約7割(13都道府県とその周辺地域)をカバーしている。 また、独立局を始めとする系列外の放送局への番販も行われている。 それまでテレビ東京系以外の番組を購入し、自主編成枠で放送していたこれらの放送局が、いわゆるが相次いで開局したことで新たにテレビ東京系の番組を購入するケースが相次ぎ、取引が拡大する傾向にあったが、最近では事業者のTXN系の増加やBSジャパン(現:)の開局により、番販取り引きが減少傾向である。 また、テレビ東京以上に財源に苦慮している地方局の一部ではテレビ東京から番組を購入せず、自系列キー局のバラエティー番組の再放送で枠を埋めるケースが出て来ている(特に日本テレビ系列)。 このため、番販取引きを少しでも増やそうとTVAが再放送同意した岐阜県・及びTVQ九州放送が再放送同意したを除いたTXN系列の放送対象地域外の31府県のCATV事業者に対して、区域外再放送に同意しない事例も出て来ている。 しかし、などの番組は番組購入している系列外で生放送をネットできず、放送されなかったり、或いは録画放送となるが、日本シリーズの場合はでも同時中継されており、地上波で生中継を視聴できない地域にも配慮されている。 また、CATV事業者が直接TXN系列の番組を購入し、自主放送で番組を流している場合もあるが、こういったケースは極めて稀である。 1991年4月にTXN九州(現・TVQ九州放送)が開局して以降、テレビ東京の業績が低迷したために、既存局による1局2波も含めて系列放送局の新規開局を行っていない。 これは、あえて自前で系列新局を開局させるよりも、既存の地方局への番販で収入を得た方が適当との判断による。 衛星放送局のBSテレビ東京や、といった関連局が開局したことにより、全国展開は完了したとの判断が一時なされた。 ただし、その際、や取材のために宮城・静岡・広島の各県に常駐取材拠点を置きたいという希望を表明していた。 2004年8月5日、市場第1部に在京のテレビ局としては最後(5番目)のを果たした(:9411)。 初値は公開価格2,900円を上回る3,350円だった。 平均視聴率は2010年以降全日で2パーセント台、・プライムタイムで5 - 6パーセント台を推移しており、他の在京キー4局に比べて全体のが振るわないため、視聴率の低い他局に対し「 振り向けばそこにテレビ東京」といわれることもある。 ただ、特定層(主に中高年層やビジネスマン )に向けた番組編成はにとって広告波及効果が高いと評価され、1990年代後半からは他局も追随する様になった。 2000年代以降、手薄だったバラエティ番組を強化。 他の在京キー4局が行わない実験的・画期的な企画の番組が好評を博し、2009年度には平均視聴率でTBSを上回る日も現れた。 2013年の年間平均視聴率はゴールデンタイムで7. 0パーセント、プライムタイムで6. 6パーセントと上昇傾向にあり、直近の番組改編が功を奏する結果を見せている。 そして2014年12月29日 - 2015年1月4日の週間平均視聴率で、ゴールデン・プライム2部門でを上回り、更に2015年1月4日は全日も含めた3部門全てでフジテレビを上回った。 2010年代以降は年4回の改編期における番組の改編率が高く、大幅に変更される傾向にある。 2010年6月25日の株主総会で、同年10月1日付で複数の放送局を傘下に置く認定「」に移行すると決定された。 2010年10月1日には放送持株会社としては(フジテレビジョン・・・など)や(TBSテレビ・・・など)に次いで史上3番目となるテレビ東京ホールディングスが設立され、テレビ東京は同社の完全(連結子会社)となった。 2018年11月30日にテレビ東京及びBSテレ東のウェブサイトが大幅リニューアルした。 沿革 [編集 ] 設立前 [編集 ]• 1964年4月12日 - 科学技術学園工業高等学校(現科学技術学園高等学校)が開校し、授業放送(科学テレビ)を開局。 午前11時30分よりにベートーベンの交響曲第9番『合唱』の第4楽章全曲の音声を流し、局名が「東京 12チャンネル」ということもあって、 12時から放送開始した。 当初は『』も放送していた。 1968年3月28日 - を開始(東京地区では5番目)。 初めのカラー番組は、『 開会式』 毎日放送からの同時ネット放送。 設立後 [編集 ]• 1968年7月1日 - 毎日放送や、、など の出資により株式会社東京十二チャンネルプロダクションを設立。 1969年• 10月27日 - 株式会社日本経済新聞社が 財団法人日本科学技術振興財団テレビ事業本部の運営を引き受ける。 11月1日 - 資本金を10億円から20億円に増資。 株式会社日本経済新聞社6億円、グループ4億円。 なお日本生命グループは翌1970年7月に資本を引き上げる。 現在、社屋のロゴは取り外されており、正門のオブジェや時計台も全て撤去されている。 1993年10月1日 - 製作・著作クレジットも従来の「テレビ東京」のロゴの前にを模した赤の丸の下に当時のキャッチコピーの「チュッ! 」が入ったクレジットが付けられていた他、「テレビ東京」のロゴの上に赤字で小さく付けられていた時期もあった。 なお、番組によっては白一色あるいは黒一色のクレジットを使用していた。 1998年3月までこのクレジットだった(1998年4月1日から9月30日までの間は「テレビ東京」のみ)。 1996年10月1日 - 標準テレビジョンデータ多重放送()を開始( - 2003年12月26日)。 1997年12月24日 - 有料CS放送「アニメシアター・エックス(AT-X)」放送開始。 1998年10月1日 - 開局35周年を機にロゴマークを一新。 名前はTV TOKYO。 1999年12月12日 - の運用開始。 2000年• 6月 - 子会社エー・ティ・エックスを設立し、AT-X事業を移管。 12月1日 - BSデジタル放送局「BSジャパン」開局。 地上波放送番組のうちニュースなどの生放送番組や一部のバラエティ番組などがで放送される様になる。 2003年• 6月25日 - 英文社名を Television Tokyo Channel 12, Limitedから に変更。 12月1日 - 地上デジタルテレビ放送の本放送を開始。 2005年12月12日 - 公式アニメサイトを「アニメエクスプレス」から へリニューアル(公式では同日12時12分12秒頃に行ったと発表)。 ドメインも分け、総合アニメサイトを目指す。 2006年• 4月1日 - 地上デジタルテレビジョンの本放送を開始。 5月7日 - での主催試合を開局以来初めて中継した(対戦)。 2007年• 5月31日 - この日行われた定例会見で、社長(当時)が2011年7月24日の地上デジタル放送全面移行後のネットワーク拡大構想を明らかにした()• 7月7日 - 「テレビ東京ネットワーク七夕祭り」が放送される。 2011年までの5年間でテレビ東京のである「7」をPRする(合わせて特別番組も放送)。 2008年• 7月1日 - 番組冒頭およびCM明けに「TV TOKYO 7ch digital」と画面上に表示(主に夜間の主要番組。 このようなことはテレビ朝日でも行われているが、いつも同じ映像ではない)。 データ放送では7月の1ヶ月間のみ「デジタル7チャンBINGO」を実施。 また、開局45周年を機に制作・著作クレジットも従来の「TV TOKYO」から「TV TOKYO 7ch デジタル」に変更。 「TV TOKYO」の局ロゴの右側に赤と青の2色カラーの円内に白抜きの「7ch」の文字が入り、その円の下側に青文字の「デジタル」の文字が入ったクレジット。 なお、番組によっては白一色あるいは黒一色のクレジットを使用している。 地上デジタル放送のリモコンキーIDを製作・著作クレジットに入れたのは在京キー局では初。 なお、BSジャパン単独放送でもテレビ東京と共同制作の番組(『』など)では表示されている。 一方で、『』(テレビ大阪に制作局が変更される2011年9月末まで)、『』など一部の番組ではこれよりも後年まで旧製作・著作クレジット(TV TOKYO)のままであった。 また、テレビ東京グループと同日から同じTXN系列のテレビ大阪が製作・著作クレジットにリモコンキーID「7」を入れている。 7月7日 - 公式アニメサイト「あにてれ」を同日7時7分7秒に一新。 2009年1月12日 - 民放テレビ局全局のアナログ放送において「アナログ」のの表示を同時実施。 2010年• 3月11日 - (BS)セーフティーネットによる地上デジタル放送難視聴地域向けのBSサイマル放送(BS297)を期間限定開局• 3月26日 - BSジャパン、テレビ東京ブロードバンドと経営統合し、10月1日付で認定放送持株会社「株式会社テレビ東京ホールディングス(仮称)」を設立すると発表。 7月1日 - 『』のマスコットキャラクターのピラメキパンダが7チャンパンダとして地上デジタル7ch宣伝大使に就任、この日より一部の番組を除き、製作(著作)クレジットに7チャンパンダが入ることになった(一部の番組では2008年7月1日登場時のものを継続使用)。 2013年• 5月31日午前9時 - からの送信を開始。 9月12日 - 新しい局マスコットキャラクターとしてバナナのキャラクターを発表、後にナナナと命名される。 ナナナはリモコンキーID「7」の形になっている(一部の番組では2008年7月1日登場時のものを継続使用)。 2015年• 3月31日 - BSセーフティーネットによる地デジ難視聴対策放送閉局• 11月16日 - 11月29日 - 「テレ東、見てもらってイイですか? 」キャンペーンを実施。 期間中同局の番組を視聴することでプレゼントなどがもらえる企画を行った。 2016年• 8月15日 - 住友不動産六本木グランドタワーへの本社移転を開始。 第1段階として総務局やグループ戦略室などを移転。 8月29日 - 本社移転の第2段階として報道局、スポーツ局、送出マスター以外の機能・部署を移転、新専用郵便番号「106-8007」が設定される。 生放送の番組制作や番組送出は引き続き日経電波会館から行う。 11月7日 - 『』(月曜未明版)終了の0時35分をもって日経電波会館での業務を終了し、報道局、スポーツ局、スタジオ機能を新本社に移転。 5時45分の『』より新本社から放送を開始。 同時に新本社内の地上波・BS統合マスター(NEC製)の運用を開始した。 2018年• 10月1日〜2020年4月11日 - テレビ東京で開局55周年記念を迎え、「55th Anniversary」と特別番組と番組生放送を行う。 テレビ東京で開局55周年記念キャンペーンを実施。 期間中同局の番組を視聴することでプレゼントなどがもらえる企画を行った。 (55周年記念のスペシャルホームページではない。 )その後、テレビ東京およびBSテレビ東京のホームページを大幅リニューアルした。 2020年• 4月15日~20日 - 感染拡大防止のため自主休業。 社史・記念誌 [編集 ] テレビ東京では、(東京12チャンネル時代に発行した1冊も入れて)以下の7冊を発行している。 東京12チャンネル15年史(東京12チャンネル社史編纂委員会・編集) 1979年4月発行、104ページ。 テレビ東京20年史(テレビ東京20年史編纂委員会・編) 1984年4月発行、129ページ。 テレビ東京25年史(テレビ東京25年史編纂委員会・編纂) 1989年4月12日発行、141ページ。 テレビ東京30年史(テレビ東京30年史編纂委員会・編纂) 1994年4月発行、188ページ。 テレビ東京史 20世紀の歩み(テレビ東京・編) 2000年4月発行、335ページ。 テレビ東京40年史(テレビ東京・編)2004年4月発行。 テレビ東京50年史(テレビ東京・編)2014年4月発行。 ネットワーク構築の歴史 [編集 ]• 1969年10月1日 - 毎日放送・中京テレビとネットを構築。 番組制作会社「東京12チャンネルプロダクション」が設立されたことにより初めて構築できた(当時両局は同じ教育専門だった日本教育テレビ〈中京テレビは日本テレビとの変則で〉とのネットワークが組まれており、事実上のクロスネット局だった)。 因みに、日本科学技術振興財団テレビ事業本部のみの時代は関東広域独立局という位置付けだった。 1973年11月1日 - 東京12チャンネルが民間放送として開局し、同局が民放5局目のキー局となる。 1975年3月31日 - とのにより毎日放送とのネットワークを解消(但し、毎日放送側は既存の東京12チャンネルからのネット番組を番組購入に切り替えた上で、テレビ大阪開局まで放送を継続)。 近畿放送・サンテレビと番販ネットを組む。 1982年3月1日 - 初の系列局・テレビ大阪開局に伴いメガTONネットワークを設立。 近畿放送・サンテレビジョンから移行(のみ)。 1983年9月1日 - テレビ愛知が開局。 メガTONネットワーク(現:)は一応の完成を見る。 1985年10月1日 - 初の地方マストバイ局であるテレビせとうちが開局。 - メガTONネットワークとしての最後の放送。 1989年4月1日 - ネットワーク名を「TXN」に変更、同時に「TX」を正式に略称とする。 なお、それ以前は開局時から「12ch」を略称とする事が比較的多かった。 後にTXN ネットワークの4局は、テレビ東京、テレビ大阪、テレビ愛知(名古屋)とテレビせとうち(岡山)で、初めてのネットワークを設立。 1989年10月1日 - テレビ北海道が開局。 1991年4月1日 - TVQ九州放送(当時:ティー・エックス・エヌ九州)が開局し、TXNの日本縦貫ネットワークが完成。 ネットワーク拡大構想 [編集 ] の政策により、日本でもが開始されることに伴い、2000年12月にBSジャパン(現:)を開局。 他系列と比べて貧弱なを拡大すべく、テレビ東京で放送している番組の(同時放送)を目玉として、念願の全国放送を開始した。 しかし開局前からなどからについて猛抗議を受け、この影響で開局直後から地上波とのサイマル放送を順次縮小。 これにより担当者の懲戒処分が行われ、社長の一木豊も退任。 テレビ東京の全国化の夢 が断たれたという苦い経験があった。 ウィキニュースに関連記事があります。 詳細は「」を参照 報道(緊急放送) [編集 ] 社会的な大事件が起きても、テレビ東京を含むTXN系列各局は緊急放送()や選挙速報()を放送しないか、放送しても他局より開始が遅れたり短時間であることが多々ある。 これは他局と比べて人員・取材拠点や、ニュース素材の相互提供・制作協力をするネット局()が少ないためだとされる。 2000年代中期まで大型選挙特番の場合、ほとんどの局が20時前から始めるのに対し、テレビ東京は21時30分頃から始めるケースが多く、切り上げも他局と比べ早いのが特徴的だった。 ただし、2009年以降は20時前から開始するようになった。 他局が報道特番を組む中で唯一通常番組を放送していた影響で高視聴率を記録したケースもある。 これは俗に「 テレ東伝説」と称される(いわゆるの一種)。 これに対しテレビ東京では報道特番を放送する規準について「重要性、視聴者からのニーズなどを総合的に判断して緊急放送に切り替えている」との見解を示している。 このことは「どんな大事件があっても夕刻のアニメをいつもどおり放送する(=通常編成で臨む)」というになっており、同局広報・IR部は「そういうふうに見られることは承知しています」と回答している。 遂には同局のでもネタにされ、登場キャラクターが「テレビ東京が特番を放送するのは地球滅亡の時」 という意味の発言を行う場面があった。 においても主人公達がテレビ東京らしきチャンネルで「ここがアニメを流しているならまだ大丈夫」とアニメ番組 を見るがすぐに全国規模のパンデミックの緊急放送になる、という場面がある。 しかし、この編成には視聴者から批判の声が寄せられることもある。 一例として、2011年3月11日の()発生の際には他局より遅れたものの地震発生から8分後の14:54にはスタジオからの緊急放送・CM全面カットの特別編成態勢へ移行した (ただし、地震を速報するためではなくが出されたための措置)が、通常番組に戻るタイミングが早かったため 、一部視聴者からはTwitterなどで「他局が特別報道番組を放送しているという精神的に疲弊している中、アニメやバラエティなど通常編成で放送したのを見て、精神的に和らいだ」という肯定的な意見もあったが、それを大きく上回る約600件の抗議があったという。 抗議の内容としては「アニメ番組を流すのは不適切」だというものなどで、当時の社長が同年3月31日の定例会見で「激励も90件程頂きましたが、多くがお叱りでした。 貴重な意見として生かしたいと思います」と説明した。 一方で2010年代に入ってからは、をメインに起用したり放送時間を拡大するなど選挙特番に力を入れるようになった。 そして、選挙特番で高視聴率を獲得するようにもなっている(詳細は『』の項を参照)。 また、経済に関する重大ニュースについては前者とは逆にNHKを含む他局が報じない中で唯一報道特番を組んだ上で報じる場合がある。 特別番組に切り替えず、通常番組を放送した事例 [編集 ]• 協定調印式(1972年)• (1972年)• (2000年) 画面の右下に雄山の上空映像を表示する程度だった。 (2005年8月16日発生) で表示する程度だった。 その後『』・『』(以下「WBS」と表記)でも続報を報道したが、ともに放送時間の拡大は行われなかった。 (2007年7月16日発生) 発生日は祝日編成だったが、発生後も速報テロップを流しながら番組を継続放送させ当日昼12時25分からの『TXNニュース』で第一報を伝えた。 その後『速ホゥ! 』・『WBS』でも続報を報道したが、いずれも放送時間の拡大は行われなかった。 (2007年8月20日発生) 発生直後に『』内で速報として放送した。 (2008年6月14日発生) 『』で第一報を伝えた。 その後の『TXNニュース』でも続報を報道した。 (2012年12月7日発生) 津波警報・注意報が発表されていたため、上部に速報テロップ、右下に津波情報テロップを表示しながら継続放送した。 (前震)(2016年4月14日発生) 震源地の・大分県にはTXN系列のテレビ局が存在しないこともあり、通常放送を継続。 TVQ九州放送では地震情報としてで情報提供をすることで対応した。 その後、同日23:00からの『WBS』で第一報を伝えたほか、翌朝の『』(以下「モーサテ」と表記)や『』でも続報を伝えたが、いずれも放送時間の拡大は行われなかった。 また、16日の本震発生後は、短時間であるが、16日は一部の再放送番組と『』(制作)、17日は一部の再放送番組を、それぞれ休止した上で地震関連の報道特別番組を放送した。 (2017年8月29日) が伝達されたため、『モーサテ』で第一報を伝え、直後に放送される予定だった『』を休止の上で拡大し続報を伝えた。 『』の再放送で通常編成を再開したが、テレビ東京のみで続報を伝えた。 (2017年9月15日) 再びJアラートが伝達されたため、『モーサテ』で第一報を伝え、直後に放送される予定だった『おはスタ』や『』を休止の上で拡大し続報を伝えた。 『』で通常編成を再開したが、L字型画面で続報を伝えた。 感染拡大に伴う、に基づく発令(2020年4月7日) 17時40分頃に首相による緊急事態宣言時は『』を通常通り放送。 19時に安倍首相のが行われることを受けて、18時55分からの『』(2時間スペシャル)を約40分間中断する形で記者会見に関する特別番組を放送。 通常番組再開後もL字型画面にて緊急事態宣言に関する続報や生活情報を放送。 その後、22時からの『』を休止した上で緊急事態宣言関連の報道特別番組を放送した。 1990年代後半には日本ハムファイターズ(現:)の東京ドームでのホームゲームも、主として週末に放送し、関連番組も放送していた。 1967年に全日放送が再開された当初は、自社製作の中継とは別にフジテレビとの提携(主な技術面は12chが自社で担当)によってサンケイアトムズ(現:東京ヤクルトスワローズ)の・での主催ゲームを実況中継し、同局から派遣されたアナウンサーや解説者を出演させていたこともあった。 その後、独立放送局が東名阪の3大都市近郊に続々開局していくとフジテレビとの提携が解消される代わりに(東京12チャンネル末期は『戦国ナイター』というタイトルで放送された)、サンテレビの『』、KBS京都の『』、の『』(中日主催試合の実制作はが担当)、岐阜放送の『』(中日主催試合の実制作は中部日本放送が担当)を同時ネットワークして読売ジャイアンツ以外の関東の球団が絡んだ試合も放送するようになる他、前述各局の協力で自社乗り込み中継を行うこともあった。 また関東圏で開催の試合を前述各局にネットすることもあった。 1979年の誕生時は主催ゲームを何試合か中継していたが、2006年9月18日に22年ぶりに西武主催ゲーム(vs)を放送した。 一方、ライオンズの本拠地移転後、平和台野球株式会社が勧進元となり、同社と各球団との共催で様々な球団の主催試合が開催されるようになったでの公式戦についても、の制作協力で自社制作中継をすることがあった。 日本シリーズ中継 [編集 ] ロッテオリオンズがに出場したが、東京12チャンネルは第3戦と第4戦の放送権を獲得している。 これは、元々放送を企画し、既に日本テレビが押さえていた国内の試合ではなく、海外の試合を放送すべく、当時同局の運動部長だった白石剛達(後に社長)がアメリカまで試合フィルムの買い付けに行っていたところ、たまたま現地で・ワールドカップの試合が放送されており、それを見た白石らがたちまちサッカーに魅せられ、急遽直接のテレビ局に掛け合い、既にオファーを出していたNHKや日本テレビを差し置いて放送権を獲得した。 この試合フィルムを手土産にロッテオーナーのと面談し、日本シリーズの放送権を要求した。 永田側はサッカーには興味がないが、折角直接来たのだから本来毎日新聞との関係ですべてTBSへ渡すつもりだった放送権のうち第3・4戦(NHK・TBSも放送)を割譲することを確約した。 これにより第3戦は東京12チャンネルをキー局として全国ネットで放送された。 なお、海外のプロレス試合のフィルムは『』枠で放送され、またサッカーワールドカップの試合も『』枠で1年間かけて放送されて、結果として一挙両得を得たこととなった。 この他、東京12チャンネル時代に放送された日本シリーズの中継には、1974年のロッテvs中日第5戦がある。 にプロ野球日本シリーズ・福岡ダイエーホークス(現:)vsの第7戦のを系列局のTVQ九州放送が獲得した。 これは、当初2003年度ホークス中継最多のテレビ西日本が有力視されたものの、キー局のフジテレビで当時放送された『』でを放送中侮辱したといういわゆるを起こし関係者の顰蹙(ひんしゅく)を買った事で、フジテレビを推薦しなかった事が最大の理由であるが、同局が南海ホークスの福岡移転以来同チームの試合中継回数が最も多い局だったことに加え、の普及が進んでおり、系列局のない地域はNHK BS1とでカバーできるというの判断によるものである。 先にどちらかが4勝すれば日本一が決まるが、戦いがもつれて第7戦(最終戦)にまで突入したため、これにより、テレビ東京では29年ぶりとなる日本シリーズ中継が実現した。 また、近畿地方ではテレビ大阪の他に本来テレビ東京の番組をネットしていないサンテレビとKBS京都でも同時中継が行われた。 翌2004年には、日本シリーズ進出を賭けた最終戦(福岡ダイエーホークスVS西武ライオンズ)の放映権を再度TVQが獲得し、実際に放送されたため、同様の苦情が出た。 2005年の同じくプレーオフ・ソフトバンクvsロッテの試合に関しては、それまでの第3戦まで地上波での全国放送がなかったため、BSやCSを視聴できないファンから首都圏での地上波中継が行われることを歓迎する意見が多かった。 しかしその反面、地元TVQ九州放送の製作ではなくテレビ東京での製作(TVQ九州放送は製作協力のみ)だった(ただし2003年の日本シリーズ、2005年のプレーオフ最終戦ではTVQのアナウンサーが実況を行っている)。 なお、TXNで放送された第4・5戦はBSデジタル放送局のBSジャパン(当時)でも同時放送されており、事実上第4・5戦は全国中継ができたが、パ・リーグでロッテが優勝したことに伴い日本シリーズのロッテ主催ゲームのうち第2・7戦の中継をすることが確定した。 TXNで日本シリーズが2戦以上放送されるのは史上初めてだったが、ロッテが4連勝を飾って日本一を決めたため第5戦以後の開催が消滅され、中継も第2戦の1試合のみに留まった。 なお、セ・リーグは阪神が優勝しているため、2003年と同様に通常はテレビ東京の番組を同時ネットをしなかったり、時差ネットの番組が多い兵庫・京都・三重の独立局でも同時生中継した。 また2010年までの日本シリーズ中継は共にBSジャパンはデジタルBSの普及が充分でないことなどを理由に中継は行わず、共にNHK BS1とNHKハイビジョンで生中継された。 しかし、完全デジタル化の2011年以降も、BSではNHK BS1での中継が継続される(2009年以降、BSではNHK BS1以外のBS各局では中継されなくなっている)。 ダイエーが阪神を破った試合では視聴率30パーセント台を突破している。 また、2007年の大会は1970年以来・全国ネット構築後初の2試合放送となっている)。 2009年も第7戦の中継を獲得していたが、第6戦で巨人が日本一になったため、放送は中止となった。 また、2010年には系列局であるテレビ愛知がナゴヤドームでの第1戦の中継権を獲得したが、この日はローカルセールス枠である為、テレビ大阪では放送されたが、テレビ東京含め他の系列4局では放送されなかった。 これにより、史上初となる日本シリーズが地上波での全国放送がされない試合となった。 2011年は、11月13日の第2戦・11月17日の第5戦を全国ネットで中継した。 なお、全国中継ではテレビ朝日と同様で阪神戦以外 阪神戦はテレビ大阪製作著作 はテレビ東京が製作著作、系列局が製作協力で、実況はテレビ東京のアナウンサーが行っている。 但し、テレビ朝日と違いなぜかオリックス戦については同様の体制となっている。 これらよりも前、1999年の「ダイエー対中日」の第7試合を、一度TXN九州(現:TVQ九州放送)が放映権を取得しながらもコミッショナー裁定により返上させられた事例もある。 これは地上波の系列局が少ないことや、系列局のサービスエリア内であってもテレビ北海道などの例のように、一部で直接受信ができない地域があること、さらにBSの民放キー系放送局が当時なかったこと によるもので、この試合が行われた場合は(テレビ朝日系)に放送権を委譲したが、第5戦でダイエーが優勝したため実施されなかった。 関係記事: オールスターゲーム [編集 ] 日本シリーズと並ぶ管轄試合であるは過去に1度だけ、第2戦のみが放映されたのみだった。 これは本来開催される日は中部日本放送 CBC からの全国ネットが予定されていたが、雨天中止となり、その予備日にCBCが編成の都合で中継できなかったため、放映予定が無かった東京12チャンネルでの中継となった。 しかし当時の東京12チャンネルはフルネット局がない独立局。 日経の資本がある愛知県の中京テレビ放送は当時NETテレビ(系列)を軸として日本テレビ放送網(NNS)と3系列クロスネットの編成だったが、当時の編成事情や、中日新聞社の資本がない ことから中京テレビでは放映されず、東京12チャンネルと同じ県域独立局であり東京12チャンネルからの番組を多数ネットしていた三重テレビ放送・岐阜放送が技術協力・同時ネットする形で放送を行った(他地域では中国地方など放送されなかった地域があった)。 一方、2軍の大会(旧:ジュニアオールスター)は1978年から1998年(途中の中断はあったが)に放映されたことがある。 29年ぶりの巨人戦中継 [編集 ] 2005年からプロ野球にが導入されたことに伴い、巨人戦のプロ野球公式戦中継を1976年8月29日に放送したvsヤクルト戦(明治神宮野球場)以来29年ぶりに放送した(BSジャパンでは試合開始から放送)。 放送された巨人戦中継は何れもとの交流試合である。 なお、以前にもと千葉マリンスタジアムで行われたvsロッテ戦を始めとして、巨人戦の中継を実施した事例が多数ある。 さらに、2006年シーズンからは巨人主催試合の実況中継にも参入し、2007年には神宮球場での東京ヤクルトスワローズ戦も放送している。 サッカー中継 [編集 ] かつて、日本で初めてを放送し、Jリーグがブームになる以前から実業団サッカーの中継を多く行う、スポーツニュースでプロ野球、より、Jリーグを優先させるなど、サッカーに注力するテレビ局としても知られる。 また、人気をワールドカップのキャスターやイメージキャラクターとして若干名を出演させるなど、他局とは一線を画すイメージとなって来ている。 サッカーとの縁は、提供の『三菱ダイヤモンド・サッカー』の放送開始が嚆矢である。 まだマイナースポーツだったサッカーの魅力を紹介したこの番組の企画は、スポンサーサイドの三菱グループの(当時社長、副会長、東京12チャンネル番組審議委員)が提案したものだったといわれる。 この提案を受けて、三菱商事の(当時同社ロンドン支店長、後に同社社長・会長)が試合のフィルムを買い付け、放送に利用した。 なお、当時の東京12チャンネルは財界を中心とした再建途上にあり、番組の企画などは財界幹部などの意見が罷り通っていた。 同じような経緯でスタートした番組に『』()や『』()などがある。 1970年、プロ野球日本シリーズ中継の項で先述した通り、成り行きではあるがワールドカップの試合フィルムとその放映権を獲得した。 1974年7月にはワールドカップ決勝戦の生放送を深夜枠ながら生中継した。 いずれも日本初である。 なお、この決勝戦の裏でNHKと民放各局はの開票速報を放送していた。 1993年10月28日には、「」と呼ばれるワールドカップアジア最終予選・日本vs戦を放送し、当局史上最高視聴率となる48. 1パーセントの視聴率を獲得した(日本vsイラク戦の前の同局の最高視聴率番組は、東京12チャンネル時代の1971年に放送された世界タイトルマッチ・対フランキー・クロフォード戦だった。 このとき記録した48. 1パーセントは局別の最高視聴率としては長らくテレビ朝日を上回る在京民放4位だったが、2006年ワールドカップドイツ大会・日本vsクロアチア戦での52. 7パーセントに抜かれてしまった)。 2003年8月5日には、との強豪戦を放送した。 しかし、譲渡後にがレアル・マドリードへ移籍したため一躍注目のカードとなり、16. 9パーセントの視聴率を獲得して、皮肉にもTBSを視聴率で上回る結果となった。 2006年9月3日の最終予選の戦では、中継がなかなか決まらない土壇場で放送権を獲得した。 2008年7月31日には、株主となっているFC東京と「プレシーズンマッチ FC東京 vs 」を共同主催し、同日深夜に録画中継を放映した。 サッカーマニア向け番組には、前述の『三菱ダイヤモンド・サッカー』以外にも1998年4月 - 1999年3月に放送された『』(金曜22時台)があった。 2011年4月からは「日本サッカーが世界で通用するために」をテーマとしたトークを展開する『』を放送している。 格闘技中継 [編集 ] かつてはプロレス番組にも力を入れていた。 1960年代にスポーツ中継強化の一環として海外のプロレス大会のフィルムを放送した『プロレスアワー』や日本初の女子プロレスの定期中継番組となった『』を開始、1970年代からはの定期中継として『国際プロレスアワー』、1980年代にはやはり海外のプロレスを紹介する『』を放送していた。 『世界のプロレス』はやディンゴ・ウォリアー(後の)を日本に初めて紹介したことで知られ、その一方では第1次のテレビ中継を番組の枠内で行ったことでも知られる。 1990年代にはが全日本プロレス退団後の1991年に設立し、天龍を旗頭とした団体「」の旗揚げ戦を特番で中継し、同団体の後期には月1回の深夜枠で定期中継を行った。 (旧:WWF)のダイジェスト番組『』『』やの中継番組『』、の中継番組『破壊王プロレスZERO-ONE』、の中継番組『格闘Xパンクラス』なども放送していた。 また、プロボクシング中継では、かつてはやらのビッグマッチを始め、「世紀の死闘」と言われたの世界王者への挑戦、の世界王座奪還、の海外防衛戦、のミドル級王座挑戦など日本人の世界タイトルマッチも数多く中継して来た。 海外の試合はや(旧・)に移ったが、現在も日本タイトル戦や中小ジム所属ボクサーの世界戦を中継しているほか、・両プロモーションと提携することもある。 ボクシング判定を巡り議論が激しくなる中、2006年9月18日に行われたVS戦ではによる独自採点が好評となり、の採点公開に影響を与えた。 また、翌2007年に行われた「」を始め、1月はビッグマッチの中継を行っている。 2011年より大晦日に世界戦を中継しており、2012年はトリプル世界戦を放送した。 近年 [ いつ? ]はテレビ朝日が手放した主催興行が中心となっていたが、2017年にワタナベ主催興行の放映権がに移ったため、この年を最後にボクシング中継は行われていない。 1970年代のブームの頃にはTBS・日本テレビ・NETテレビと共に中継も行っていた。 女子キックも1970年代から80年代にかけて『ピンクショック! 』『激突! 女子格闘技大戦争』のタイトルで中継した。 21世紀に入ってからも女子格闘技専門番組『』を放送した。 2005年にはの総合格闘技を地上波で唯一中継しており、2010年には初のプライムタイム中継を行った。 また、2006年からは日本唯一の金網格闘技『』の中継を開始している。 2006年から新しいスタイルのプロレス『』の放映権を獲得し、不定期で特番を放送していた。 なお、2007年10月-2008年3月には定期番組『』も関東ローカルで放送された。 また、2007年のにも放送(録画放送。 BSジャパンは放送なし。 後日で放送)し、テレビ東京で初の裏番組での格闘技中継となった。 2008年より旗揚げされた総合格闘技興行『』の地上波中継権を獲得した。 9月27日に特別番組を放送し、翌10月5日から深夜枠でのレギュラー番組『最強格闘技・戦極G! 2009年3月29日には『3. 22両国大会』が放送された。 2015年10月よりにとって久方ぶりの地上波となる『』が開始。 その他のスポーツ中継 [編集 ] 伝統的にテレビ東京が得手とする3大スポーツは、、、サッカー(別項)である。 ゴルフ番組は試合中継のほか、20年以上に渡って土曜昼枠が続いている(かつては日曜昼に最大で3時間の枠があった)。 長年、伝統の慶明戦、オール早慶明三大学対抗戦、社会人ラグビー、日本代表のテストマッチなどをを中心に放送していた。 特に1990年度決勝戦(1991年1月8日の vs 戦、後半のインジャリータイムでのの同点トライ等で神戸製鋼が大会3連覇を果たした試合)を生中継した。 2003年秋にはを日本戦を中心に録画中継した(BSジャパンでは放送されず、J SPORTSで放送)。 『』を2005年から中継している。 2006年は30分の延長オプションが設定され、延長になった場合(日曜・休日以外)、中継終了以降の番組は開始時刻を繰り下げた。 卓球経験者でもある(・元)が、2016年4月に『』の司会になったこともあり、中継進行役を務めている。 のひとつである『』を放送している。 予算の関係から2009年以降放送を見送っていたがの活躍もあり2014年から放送を再開。 錦織戦を中心に生中継を行っている。 また、 や の主要レースも中継している。 ただし、関西地区ではKBS京都とサンテレビがを独占放送している関係上、中央競馬中継はテレビ大阪では放送されていない。 同番組については2局がKBS制作版と織り交ぜて放送している。 1972年から1975年3月には、ローラーゲームアメリカのチームの試合が『』(実況:、解説:ドクター宮本、ゲスト:児島みゆき〈現:〉)にて毎週放送され、局内で表彰されるほど高視聴率をとっていた。 の中継権を地上波民放で唯一保持していることから、2004年にが出場した開幕戦を録画中継したこともある。 他に、キリンチャンピオンシップ(現:JBLファイナル)を中継していた。 東京12チャンネル時代の1975年4月から平日夜10時50分から2年間放送していた5分間番組。 予戦を勝ち抜いた出場者が、10人抜くと、20人抜くと、30人抜くとヨー口ッパ、50人抜くとヨー口ッパにペアで、以下10人抜くごとに同伴者が1人増えるという懸賞がついた。 1976年には勝抜き腕相撲で勝ったチャンピオンと在日外国人の腕自慢を集めて「国際腕相撲選手権大会」銘打って8月28日午後7時30分から翌日午前1時30分にわたって特別番組を放送した。 設備 [編集 ] 組織図 [編集 ]• 取締役会• 代表取締役• 経営会議• サイバーセキュリティ推進会議• 放送番組審議会• 放送番組審議会事務局• 監査役• 監査役事務局• CIO• 経営企画局• 広報局• メディア戦略室• 総務人事局• 経理局• 営業局• ネットワーク局• アニメ・ライツ本部• コンテンツ事業局• 国際事業室• 中国事業室• アニメ局• ビジネス開発局• 管理局• 総合編成局• 制作局• 報道局• スポーツ局• 技術局• IT推進局 出典 社屋・スタジオ [編集 ] 六本木本社 現・六本木グランドタワー [編集 ] 2016年11月7日より新本社からの放送を開始した。 生放送にも対応している。 『』『』(毎年11月下旬 - 12月中旬)、『池上彰の選挙ライブ』など。 『』『』『日経プラス10サタデー ニュースの疑問』『』(BSテレ東)など(4K対応スタジオ)。 『モーサテ』『』『』『WBS』『TXNニュース』など。 かつて放送されていた『』では同スタジオ内のバーチャルセットから放送していた。 『』『おはスタ』『 』など。 移転までの経緯 新規事業の拡大、及びマスター()機器更新を理由に、2012年に同局としては約30年ぶりとなる本社機能の移転を発表した。 虎ノ門にある旧本社から西に約500mほど離れた「港区六本木3丁目東地区第1種市街地再開発事業」(・旧本社跡地) の一環として、が同地区内に建設した『住友不動産六本木グランドタワー』内に新スタジオ・マスター設備(地上波・BSの放送設備を一体化した統合マスター)を構築した新本社に移転した。 また、本社周辺に分散している関連会社も含めたオフィス機能を集約し、業務の効率化を図る。 当初は2015年秋の移転を予定していたが、着工の遅れにより2016年秋に順延された。 移転に伴う費用は総額180億円程度を見込んでいた。 なお、虎ノ門にある旧本社には、一部の機能を残すことにしている。 この本社移転の背景には、2000年12月1日に開局・稼働していたBSジャパン(現:BSテレビ東京)の主調整室、および、2004年3月22日に稼働のテレビ東京の主調整室(地上アナログ・地上デジタル統合マスター)がそれぞれ更新時期になっていたが、神谷町(虎ノ門)社屋で主調整室の設備を更新する場合、スペースの問題に加え、電源容量が問題となって難しいと判断したためと、近年では神谷町(虎ノ門)社屋のみならず、近くの3つのテナントビルで業務をしなければならず、非効率になっていたという。 また、地上波・BSの放送設備を一体化した統合マスターを選択したことについても、同じく、スペースの問題に加え、主調整室の電源容量が問題となって、難しいと判断したため、地上波・BS統合マスターとして構築した。 2016年8月より順次移転が行われ、同月15日に広報や営業の部署が、29日には報道局、スポーツ局、送出マスター以外の機能、部署が新本社に移転した。 また、グループ会社のテレビ東京ホールディングスとBSジャパンの本社も新本社に移転した。 全面移転は2016年11月7日で、旧本社からの最後の番組は、11月7日0時30分から0時35分までの『TXNニュース』だった。 その後、放送休止の間に旧本社から新本社へのマスター(主調整室)の切り替え作業を行った。 同日5時45分から全ての本社機能を神谷町から六本木に移し、同日の『モーサテ』より新本社からの放送を開始した。 11月7日より分散していた制作拠点が集約されたが、関連会社はテレビ東京ホールディングスとBSテレビ東京以外新本社に入居していない。 新本社は神谷町旧本社と同じで他キー局のような見学スペースは用意されていないが、物販コーナーはとのコラボで12月17日にオープンした。 テレビ東京は六本木グランドタワーの1階(地下3階)から3階(地下1階)のスタジオフロア、10階から14階のオフィスフロアにテナントとして入居している。 新本社の入口は2か所あり、4階(地上1階)の一般入口の他に、3階(地下1階)の地下駐車場内にタレント、番組出演者向け専用の入口があり、同じ3階にはタレントクロークや楽屋がある。 この専用入口は地下にある1スタ、2スタ向けに作られた専用の入口となっている。 各スタジオ概説 新本社には現在と同じ第1スタジオから第4スタジオが設置されている。 特に、第2スタジオはソニー製の対応の放送機材が採用され、4K撮影に対応したスタジオになっている。 また、旧虎ノ門社屋の場合は旧第3スタジオと旧第4スタジオがニュース番組専用スタジオとして別々に運用されていたが、この新社屋は第3スタジオがニュース番組専用に集約され、第4スタジオが、スポーツニュース、生放送の情報番組、バラエティ番組専用のスタジオとして構築された。 第1・2スタジオは地下(1階から3階)に設置されているが、第3・第4スタジオは一般のオフィスフロア(10階)に設置しているため天井が低く、第3スタジオで放送する定時ニュース番組ではに対応することで天井を高く見せる演出をしている。 また、全てのスタジオでLED照明が導入されている。 このほか、予算の都合から社屋内の会議室に背景などをセットすることにより即席のスタジオとすることもある。 『YOUは何しに日本へ? 』『』など。 2017年5月上旬にテレビ東京旧本社の1スタと2スタのリニューアル工事が終わり、5月8日より再びスタジオの運用が始まった。 これに伴い『』や『』など一部の生放送番組が六本木から神谷町での放送となった。 天王洲スタジオ [編集 ] 「」を参照 虎ノ門本社 現・日経虎ノ門別館・テレビ東京神谷町スタジオ [編集 ] 1985年12月12日より運用を開始し、2016年11月6日までテレビ東京の本社として運用されていた。 その後、オフィスフロア、3スタ、4スタ、7スタを撤去し、社屋のテレビ東京のロゴや入口付近にあった時計やオブジェなども撤去。 また、大型スタジオの1スタ、2スタの改修工事を行い、2017年5月8日からはスタジオフロアをテレビ東京神谷町スタジオとして使用。 オフィスフロアには2017年8月、社の本社が移転・入居した。 また、オフィスフロアにはテレビ東京の関連会社が入居している。 『日本作詩大賞』(11月最終日曜日)、『』、『池上彰の総選挙ライブ』など(4K対応スタジオ)。 『なないろ日和! 』『よじごじDays』で使用。 外部スタジオ [編集 ]• 日経スタジオ - 内にある。 2009年の本社移転まではテレビ東京の関連会社が保有し、『』などで使用していた。 本社移転後は同本社内のスタジオを日経CNBCが全面使用する形となり 、現在は『』の全編や『』内包コーナーをここから放送している。 ・など海外支局スタジオ - これに伴い、ニューヨーク支局には常駐の局社員アナウンサー・キャスターが在籍しており 、不定期で人事異動によりニューヨークへ異動の可能性がある。 過去に使用されていたスタジオ [編集 ] 芝公園本社 現・東京タワーメディアセンター [編集 ] 「」を参照 虎ノ門本社 現・日経虎ノ門別館・テレビ東京神谷町スタジオ [編集 ]• 第3スタジオ(70坪) - 報道系ワイド番組専用スタジオ。 2016年11月上旬までは、『ワールドビジネスサテライト』、『追跡LIVE! Sports ウォッチャー』、『』、『モーニングチャージ! 』などで使用。 かつては、『』(BSジャパン)や『』等の報道番組、情報バラエティ『DONDONウイークリー・会議中ですよ』(1989年4月 - 9月、土曜13:30)、鉄道情報番組『』等、報道番組とは直接関係のない番組も収録されていた。 第4スタジオ(35坪) - 定時ニュース専用スタジオ。 2016年11月上旬までは、『ニュースモーニングサテライト』、『』、『』、『TXNニュース』などで使用。 稼働当初は、報道局側との壁がないオープンスタイルで、『メガTONニュース』(後の『TXNニュース』)、『テレビ東京ニュース』の他は、平日早朝の『』の一部で使用される程度であったが、『ワールドビジネスサテライト』(WBS)開始に伴い、スタジオ設備が若干補強され、WBS放送時のみセットが設置された。 後に完全密閉型スタジオに改装された(後述)。 在京民放局の「本社」としては、2004年3月から2016年10月までは最古の建物だった。 社業の拡張にともない、移転直前時点での本社は手狭となっており、日経電波会館に隣接するビルに「てれとプラザ」と称する分室を保有しており、会議等に使用していた。 各スタジオ概説 スタジオ数や面積や運用形態は、以前の芝公園の初代社屋を大方踏襲したものとなっており、基本的に第1・2スタジオが汎用スタジオとして使われ、第1スタジオはパッケージ番組が中心、第2スタジオは平日の帯番組や小規模収録番組が中心の運用となっていた。 また、報道局に隣接する格好の第3・4スタジオは報道番組及びスポーツニュースが中心の運用となっている。 第3スタジオは情報系番組の生放送や収録が行われていたこともあった(先述)。 当初は第4スタジオの稼働率が低いことを想定し、第3副調整室(3サブ)で第3スタジオと第4スタジオを駆動させていた(第4副調整室には第4スタジオ用の調光卓のみが設置されていた)。 第4スタジオは運用開始当初報道局側に壁のないオープンスタイルだったが、後に完全密閉型のスタジオへ改装。 しかし第4スタジオを完全密閉型に改装した際、第4スタジオの稼働率を上げる目的から、新たに第4副調整室(4サブ)を整備して分離した。 その後、VTR編集設備を増強するに伴い、スペースを確保する必要性から4サブを廃止・撤収してVTR編集室に改装、再び3サブで3スタと4スタを駆動する形に移行した。 なお3サブ内にはCG制作室が併設されている。 2008年秋改編で定時ニュース以外の4スタ収録の番組が3スタへ集約されたが、スタジオセットはそのまま残され、2009年春から再び使用している。 2000年、他の在京民放キー局に先駆けて虎ノ門本社の全スタジオ設備をハイビジョン収録に対応した。 系列BS局であるBSジャパン(2000年12月開局)がハイビジョンによる地上波サイマル放送を計画していた為で、下記の天王洲スタジオも同様の理由で整備した。 地上デジタル放送開始6ヶ月前の2003年6月の時点でもテレビ東京で放送する全番組の3割がハイビジョンで制作されている。 いずれのスタジオもハイビジョン(HD)収録対応だが(従来の標準画質)収録も可能。 なお、ニュース番組のテロップ表示はごく一部(『ワールドビジネスサテライト』などの画面右上のヘッダ表示など)を除き、長らくSD仕様をアップコンバートしたものが使われていたが、2011年9月下旬頃からすべてHD仕様に変更された(フォント自体は変更無し。 NHKと他の在京民放キー局では既にHD仕様となっている)。 元々外が見える喫茶スペースであった点を生かし、壁が全面ガラス張りで建物外からスペース内の様子が見える。 放送スタジオというよりは、放送も出来る多目的スペースという扱い(副調整室は中継専用のリモートサブを使用)。 テレビ東京が現本社に移転してから初の建物外部から内部の様子が見えるオープンスタジオだったが、本社移転に伴い2016年11月6日で運用を終了し、わずか6年で7スタの使用を終了した。 旧本社1階の受付ロビーには3つのモニターがあり左から地上波の放送画面、「ZOOM UP」と書かれたプロモーションとみられる画面、BSジャパンの放送画面が映し出されていた。 他キー局のような見学スペースや物販コーナーは用意されていなかった。 2016年11月7日に全ての部署が新本社に移転した。 1スタと2スタは引き続き神谷町スタジオとして使用される。 また日経BP社の本社が移転する計画があり 、2017年8月に移転した。 2017年現在、社屋に取り付けられていたテレビ東京のロゴマークは全て取り外されており、正面玄関右横の大型看板や正門のオブジェ・時計台なども全て撤去されている。 NHK・他キー局より100m以上低い位置にある。 (・) - 普段は使われていないがなどを想定して設置 過去• 主な送信所・中継局 [編集 ] デジタル放送 [編集 ] 現在の送信所である• 呼出符号: JOTX-DTV• : テレビ東京デジタルテレビジョン• リモコンキーID: 7• 071 - 073chが割り当てられている。 他に、ワンセグ用として671ch、臨時サービスとして077chが割り当てられている。 東京都• 東京スカイツリー 23ch 10• 新島 23ch 30W• 伊豆大島 51ch 1W• 八丈 39ch 10W• 青梅沢井 23ch 0. 八王子 23ch 3W• 新島本村 23ch 0. 01W(垂直偏波)• 八王子上恩方 40ch 0. 01W• 鶴川 44ch 1W• 小仏城山 44ch 3W• 18ch 300W• 18ch 3W• 十王 18ch 3W• 23ch 3W• 常陸鹿島 23ch 3W• 日立神峰 23ch 0. 竜神平 23ch 1W(垂直偏波)• 北茨城 46ch 1W• 奥久慈男体 23ch 1W• 大子 18ch 0. 里美 18ch 1W• 御前山 23ch 3W• 水府 18ch 1W• 笠間 43ch 3W(垂直偏波)• 岩瀬 23ch 1W• 那珂湊 23ch 0. 05W• 八郷 18ch 1W(垂直偏波)• 18ch 100W• 18ch 10W• 23ch 3W• 23ch 10W• 23ch 1W()• 44ch 0. 3W(垂直偏波)• 37ch 1W• 45ch 1W• 那須伊王野 23ch 0. 30ch 0. 01W• 黒羽中野内 23ch 0. 01W(垂直偏波)• 烏山神長 23ch 0. 01W(垂直偏波)• 南那須志鳥 23ch 0. 01W• 黒羽川上 43ch 0. 01W• 45ch 100W• 沼田・水上 23ch 5W• 吾妻 29ch 1W• 沼田利根 23ch 1W(垂直偏波)• 下仁田 23ch 3W• 桐生 23ch 3W• 草津 18ch 1W• 片品 18ch 1W• 川場 23ch 0. 沼田発知 18ch 0. 桐生梅田 40ch 0. 1W(垂直偏波)• 嬬恋田代 44ch 0. 沼田沼須 18ch 0. 倉渕 18ch 3W• 妙義 38ch 1W• 横川 23ch 0. 嬬恋干俣 44ch 0. 1W(垂直偏波)• 片品東小川 18ch 0. 01W• 子持小川原 18ch 0. 01W• 利根大原 23ch 0. 01W(垂直偏波)• 白沢 18ch 0. 松井田上増田 18ch 0. 01W• 児玉 23ch 3W(垂直偏波)• 秩父 23ch 10W• 小鹿野 61ch 1W• 鬼石 44ch 0. 3W(垂直偏波)• 秩父定峰 50ch 0. 01W(垂直偏波)• 秩父栃谷 50ch 0. 01W(垂直偏波)• 風布 23ch 0. 01W• 飯能上赤工 44ch 0. 01W• 横瀬根古谷 50ch 0. 04W(垂直偏波)• 飯能原市場 44ch 0. 01W• 銚子 23ch 10W• 東金 23ch 10W• 大多喜 23ch 3W• 君津 23ch 3W(垂直偏波)• 長南 18ch 1W• 市原加茂 31ch 1W• 勝浦 23ch 10W• 館山 23ch 3W(垂直偏波)• 小見川 23ch 3W• 佐原 23ch 3W• 下総光 23ch 3W• 丸山 31ch 0. 勝浦総野 31ch 0. 鴨川 31ch 1W• 23ch 100W(垂直偏波)• 49ch 10W• 南足柄 44ch 1W• 湯河原 44ch 0. 1W(垂直偏波)• 愛川 50ch 1W• 箱根湯本 44ch 0. 1W(垂直偏波)• 横須賀武 44ch 1W(垂直偏波)• 相模湖 23ch 0. 仙石原 44ch 0. 3W(垂直偏波)• 山北 23ch 0. 津久井 44ch 0. 3W(垂直偏波)• 久里浜 52ch 0. 3W(西方向:垂直偏波)• 逗子 44ch 1W(東方向:垂直偏波)• 秦野 44ch 1W(垂直偏波)• 横須賀鴨居 44ch 0. 湯の沢 28ch 0. 01W• 笹下 23ch 0. 釜利谷 41ch 0. 1W (垂直偏波)• 秦野菩提 39ch 0. 05W• 中井 44ch 0. 戸塚 23ch 1W• 鎌倉 44ch 0. 衣笠 44ch 1W• 大船 44ch 1W (垂直偏波)• 箱根強羅 43ch 1W• 小田原東 49ch 3W• みなとみらい 50ch 3W (南西方向:垂直偏波)• 藤野 50ch 0. 3W アナログ放送 [編集 ] 2011年7月24日廃局。 呼出符号: JOTX-TV :テレビ東京• 中継局の数は1980年前後までは他キー局に比べて非常に少なく(1966年の経営危機、放送時間短縮以降は数年間、中継局開設は見送られ、その後も開設のペースは遅かった)、テレビ東京に社名変更して数年たってようやく同数程度の数になった。 東京都• 東京タワー 12ch 50kW• 78ch 50mW()• 八王子 62ch(アナアナ変換前61ch)10W• 多摩 59ch(アナアナ変換前18ch) 200W• 62ch 300W(垂直偏波)• 12ch 10W(垂直偏波)• 12ch 30W• 61ch 10W• 茨城県• 水戸(千波町) 32ch 30W(垂直偏波)• 日立() 62ch 100W• 十王(石尊山) 61ch 100W• 栃木県• 宇都宮 44ch(アナアナ変換前17ch) 100W• 今市 62ch 100W• 矢板 61ch 100W• 群馬県• (前橋) 62ch 100W• 桐生 61ch(アナアナ変換前31ch) 30W• 沼田 61ch 50W• 埼玉県• 秩父 44ch 100W• 児玉 61ch(アナアナ変換前17ch) 30W(垂直偏波)• 千葉県• 館山 62ch 30W(垂直偏波)• 銚子 61ch 100W• 勝浦 61ch 100W• 成田 61ch(アナアナ変換前18ch) 30W• 香取佐原 62ch(アナアナ変換前17ch) 30W• 香取小見川 38ch 30W• 横芝光 47ch 30W(垂直偏波)• 神奈川県• 横浜みなと() 62ch 30W• 山下町 79ch 100mW SHF• 横須賀久里浜 33ch 3W• 平塚(湘南平) 43ch 300W(垂直偏波)• 真鶴(小田原) 62ch 100W• 48ch 100mW• 他 2011年7月23日までに廃止された中継局• 東京都• 79ch 1W SHF 区域外再放送 [編集 ] は、激変緩和措置としてアナログ放送終了から3年間(2014年7月24日まで)実施するものとしていたが、系列局が無いこともあり、継続実施に同意している。 なお、新潟県(・の両地方)・宮城県・福島県では、テレ東の電波が小規模中継局に抑圧されるという技術的問題があるため、再放送はできない。 太字の事業者はパススルー方式。 山梨県• (甲府・韮崎・甲斐・笛吹・北杜・中央の各市と昭和・市川三郷の両町)• (甲州・山梨の両市)• (山梨市)• (富士吉田市)• (南アルプス市)• (富士河口湖町)• (南アルプス市)• (大月市)• (上野原市)• (北杜市(白州町大武川のみ)) 静岡県• (熱海・伊東・下田の各市、東伊豆・河津の両町)• (伊東市宇佐美地区)• (伊東市)• (下田市)• (東伊豆町)• (下田市の一部、南伊豆町)• (静岡市の旧域、沼津・富士・三島・富士宮・裾野・御殿場・伊豆の国の各市、長泉・清水・函南の各町、現在の契約は2017年3月31日まで) 長野県• エルシーブイ(岡谷市、諏訪市、茅野市、塩尻市(北小野地区のみ)、下諏訪町、富士見町、原村、辰野町、立科町(畔のみ)• (松本市、塩尻市、山形村)• (長野市)• (安曇野市、松本市 梓川地区のみ )• (伊那市、箕輪町、南箕輪村)• (上田・東御の両市、青木村、坂城町)• (千曲市)• (小諸市)• (須坂市、小布施町、高山村)• (長和町)• (伊那市)• (立科町)• (上田市) 注 記載の地域でも一部で実施していない場合、記載されていない地域でも一部で実施している場合がある。 終了 山梨県• 2014年1月31日終了(日本ネットワークサービスに移管) 静岡県• 2011年7月24日終了• (・・)2011年7月24日終了 新潟県• 2014年7月24日終了 ネット配信 [編集 ] 「」も参照 有料サービスとしては、(経済番組)、(アニメ)があるほか、各種配信サービスへの提供を行なっている。 また、親会社のテレビ東京ホールディングスは、を運営しているプレミアム・プラットフォーム・ジャパンに出資している。 ドラマ、バラエティー番組の見逃し配信(最新回)「ネットもテレ東」は、、へは2015年4月より 、へは同年10月の開局当初より 番組供給を行っている。 歴代のキャッチコピー [編集 ] 東京12チャンネル時代 [編集 ]• ふれあいの窓 12 東京12チャンネル 1973年10月 - (1979年3月)• ファミリーシップのファミリーチャンネル 1978年頃。 上記の『ふれあいの窓~』との併用というかたちで使用• 楽しさ12か月(1979年4月 - 1981年9月。 ただし社名変更後も1998年9月まで併用される) テレビ東京以降 [編集 ]• 緑さわやか, 楽しさ12か月 テレビ東京12(1981年10月 - 1985年12月)• はたち個性派 開局20年 テレビ東京(1984年・開局20周年用)• ハートビンビン テレビ東京12(1987年4月 - 1993年9月)• 見せて、魅せます! チュッ! テレビ東京(1993年10月 - 1998年3月) TV TOKYO テレビ東京 以降• てれとしるぶぷれ! (1998年10月 - 2001年3月)• てれとまにあ。 (2001年4月 - 2004年3月)• あれと、これと、てれと。 (2004年4月 - 2009年6月)• つづく(2009年7月 - 2013年9月)• まっすぐ、ずっと。 (現行・2013年10月 - ) なお、「テレビ東京 地上デジタル7チャンネル」(TV TOKYO Digital 7)のCMは文言を一部変更した上で系列局でも使用された(テレビせとうちでは「テレビ せとうち Digital7」と表記)。 BGMはの『Love Revolution』。 ロゴマーク [編集 ] 過去の「テレビ東京」のロゴマークは1981年10月1日から1998年9月30日まで使用しており、チャンネルは12の名前で、テレビ東京でロゴは緑であった。 また、TX テレビ東京であった。 現在の「TV TOKYO」と「テレビ東京」のロゴマークは1998年10月1日から使用しており、TVのVとTOKYOのYのリングでメディアと社会のインタラクティブの重要性を模り、信頼性の高い情報とユニークな番組で未来を想像し、ジャーナニズムの在り方を提案する企業姿勢を表している。 またテレビ東京の現在ロゴの白、赤と青に書体も普通の書体に代わっている(日本経済新聞テレビ東京新ロゴマーク広告より(1998年9月30日付))。 イメージキャラクター [編集 ] 過去はデジタルテレビ放送開始記念して、7ch デジタル7チャンネルのピラメキパンダが使われていた。 現在は開局50周年記念を機に制定された が使われている。 19 - 1966. 18:財団 会長 1963. 22 - 1964. 00 - 1966. 18:科学テレビ協力会 会長 1966. 19 - 1973. 31:財団 会長 1964. 10 - 1965. 19:財団 テレビ事業本部長 藤本輝夫 社長 1965. 20 - 1966. 18:財団 副会長 1965. 20 - 1966. 18:財団 テレビ事業本部長 総裁 1966. 19 - 1973. 31:財団 副会長 1966. 19 - 1967. 10:財団 テレビ事業本部長 1968. 01 - 1969. 31:プロダクション 社長 村木武夫 副社長 1967. 11 - 1968. 21:財団 テレビ事業本部長 長谷慎一 1968. 22 - 1969. 31:財団 テレビ事業本部長 河口静雄 副社長 全日本広告連盟 理事長 日経広告研究所 理事長 1969. 01 - 1973. 31:財団 テレビ事業本部長 1969. 01 - 1973. 08:プロダクション 社長 佃正弘 日本経済新聞社 常務 1969. 01 - 1971. 00:財団 テレビ事業副本部長 1969. 01 - 1971. 00:プロダクション 専務 佐藤良邦 日本経済新聞社 常務 1973. 01 - 1973. 31:財団 テレビ事業本部長 1973. 09 - 1973. 31:プロダクション 社長 1973. 01 - 1975. 30:東京12チャンネル 社長 日本経済新聞社 常務 1971. 00 - 1973. 31:財団 テレビ事業副本部長 1971. 00 - 1973. 31:プロダクション 専務 1973. 01 - 1975. 30:東京12チャンネル 専務 1975. 01 - 1981. 30:東京12チャンネル 社長 1981. 01 - 1989. 29:テレビ東京 社長 1989. 30 - 1993. 27:テレビ東京 会長 主要役員・社員 [編集 ]• も参照。 - 広告担当。 退社後は議会議員(1期)、議員(5期)を歴任し、現杉並区長(3期)。 - 、映画監督。 退社後はとして活動。 - 政治部記者。 現(2期)。 - 退社後はジャーナリストとして活動。 アナウンサー [編集 ] 「」を参照 グループ会社 [編集 ] 認定放送持株会社の株式会社テレビ東京ホールディングスと事業子会社が3社、関係会社が15社ある(2019年3月31日現在)。 認定放送持株会社 [編集 ]• 株式会社 事業子会社 [編集 ]• 株式会社テレビ東京• BSテレビ東京(BSテレ東、旧BSジャパン)• 株式会社(東京証券取引所上場)(映像コンテンツの配信・提供) 関係会社 [編集 ]• 株式会社(音楽著作権の管理、イベント、音楽番組の制作など)• 株式会社(番組販売)• 株式会社テレビ東京コマーシャル(CM放送の準備)• 株式会社(美術装置・番組用照明の企画制作)• 株式会社テレビ東京システム(システム開発)• 株式会社 PROTX (番組の企画・制作)• 株式会社テレビ東京ダイレクト(旧:株式会社プロント)(通信販売・広告販売)• 株式会社テレビ東京ヒューマン(放送準備)• 株式会社(技術制作)• 株式会社テレビ東京ビジネスサービス(施設管理など)• 株式会社エー・ティー・エックス()(アニメ番組提供)• TV TOKYO AMERICA,INC. (米国報道)• 株式会社(番組制作)• 株式会社(CS委託放送)• 株式会社 関連放送事業者 [編集 ]• - 同じ日経グループだが繋がりは薄い。 - 40,000株を保有する第5位株主。 系列放送局 [編集 ] 「」を参照 関連企業 [編集 ]• (JR東日本) 同局のである『』の劇場版の制作協力・プロモーション協力や、ポケットモンスターのキャラクターを使って期間中にの開催やラッピングの走行・の「」の走行などのイベントを行ったり、同社が運営するである「JR東日本アプリ」にて同局の番組である『』などと連動した旅・街歩きコンテンツなどを配信したり、前身であるおよび同社提供の鉄道番組「」を同局で放送していたり、同局の番組である「」にて同社会長のが出演した上で後30年を契機とした事業戦略などを取り上げていた 他、同局の番組である『』・『』・『』などに提供していた。 同局のアニメ番組である『モジャ公』・『ポケットモンスター』シリーズの広告代理店を担当している他、アニメ『ポケモン』の制作に同局と共に関与している。 の施設である「」に同局のデジタル親局送信所があったり、同局が主催する恒例の企画である「」に(ならびになど)が協賛したり、同局の番組である「日経スペシャル カンブリア宮殿」にての会長が出演した上で同社のを軸とした事業戦略を取り上げたり、の車内液晶ディスプレイにて同局のニュース映像の配信を行ったり、()のである()が同局の番組である「」と連動し近鉄のの貸切ツアー・観光特急とに乗車するツアーなどの企画や同局子会社のテレビ東京ダイレクトと協業した旅行商品などを展開している他、大手私鉄各社にて夏休み期間中などに同局のアニメ番組のキャラクターを使ってスタンプラリーを行ったり、大手私鉄系列のにて同局のアニメ番組とタイアップしたイベントを行ったり、一部のTXN系列局に大手私鉄各社が出資 するなど、幅広く関係している。 (ANA) 同局のアニメ番組である『ポケットモンスター』のキャラクターを描いた航空機「」を運航している他、同局の『日経スペシャル カンブリア宮殿』や『』にて同社が取り上げられたり、同局の『出没! アド街ック天国』などの提供を行っている。 (旧・) テレビ東京の。 TXNチャリティ募金口座も同行に設けられており、旧・虎ノ門本社(日経電波会館)1階には同行の が設置されていた(本社移転に伴い、2016年夏に撤去)。 不祥事・事件・トラブル [編集 ]• 1970年10月から1971年4月にかけての漫画『』を原作としたドラマ『』を放送。 しかし当時としては過激な表現があったため社会問題となり、という批判にあらがえず半年で終了した。 1997年にテレビアニメ『』の放送中、が突然倒れ病院に運ばれるといった事件が発生した(いわゆる「」)。 それ以来、テレビアニメを放映する際に「テレビを見るときは部屋を明るくしてテレビから離れて見ましょう」といったテロップが表示されるようになった。 2002年5月27日、『』と『』の番組冒頭で、中国人窃盗団の犯行から逮捕までの一部始終をスクープ映像として放送した。 しかし、窃盗団の案内役である日本人男性から事前に情報を入手しており、警察へは連絡したものの、実際に被害にあった会社には連絡していなかったことが判明している。 2005年1月28日、『』で、25日に放送された花粉症対策を扱った回がで臨床実験中の最新治療法『舌下減感作療法』について「2週間の実験が必要なところを5日程度で済ませ、効果が出るまで最低2 - 3か月かかるところを、2週間で効果が現れたかのように放送した」と事実の歪曲があったことを発表した。 しかし2月1日には追加の調査結果が発表され、上記の説明も「実験は全く行っておらず、治療を受けていない人物に虚偽の証言をさせた」と一部虚偽だったことが発覚し、同番組は2月8日に打ち切りとなった。 さらに製作に関わった局幹部ら4人が処分を受けた。 2005年6月14日、『日経スペシャル ガイアの夜明け』で東京都内の男性を「うなずき屋」と称し、「相手の話にうなずくだけで料金は2時間で1万円」と伝えた。 これに対し男性が「悪徳業者と誤解された」とBPOに抗議した。 現金受け渡しのシーンはテレビ東京に依頼されたものと判明した。 さらに、このシーンが人権侵害だったことも指摘された。 2006年5月8日、同年4月下旬の『』の放送時間延長によりのに失敗したという抗議文と骨らしきものが入ったがテレビ東京に届けられるという事件が発生した。 2006年10月27日、『おはスタ』でブルーベリーとして紹介した「」という植物が根や葉を食すと嘔吐や下痢を起こすということが発覚し、同局のニュースなどで注意を呼びかけた。 また、翌週の10月30日の放送で司会者のがこの件に関する謝罪と「間違って食べないように」との注意喚起を行った。 しかし実際には上記の素材は使われておらず、TXDは販売を中止し商品の買い戻しを実施し、返金を行った。 さらにから景品表示法違反(優良誤認)にあたるとし、再発防止などを求める排除命令が下された。 2008年12月4日、『』で、出演者だったのメンバーの一人がを「世界の偉人」として紹介した内容が問題となり、「誤った歴史認識に基づく不適切な内容でした」として8日にウェブサイト上で謝罪。 2009年7月22日と23日に、イベント『恐竜2009』の飲食コーナーで、販売していたホットドッグに販売業者が消費期限切れのパンを使っていたことが判明。 30日に社長の島田が7月定例会見で主催者の一人としてお詫びを表明。 2010年4月11日のフィギュアスケートショーの放送で、ら3選手の演技の失敗部分を別の演技の同部分と差し替えて放送した。 この件に関してスポーツ社会学者の森川貞夫(教授)は、娯楽性に偏る余り記録性を軽視している点、編集映像であることを明示せず視聴者を欺いている点を現在のメディアの問題点と指摘している。 この件に関し、テレビ東京では採点を伴う競技ではなく選手のトップレベルの演技を見ていただく「ショー」であると考え、各選手の良い部分を見て頂くための配慮であったと、2010年4月分社長定例会見にてコメントした。 2010年11月8日放送の『 』において、番組中に酵素を用いた健康飲料を飲んで断食を伴う実験を行ったが、この方法を用いたダイエットに成功したとされる治験者の1人が当該の健康飲料を販売する会社の社長であった事が発覚した。 テレビ東京は「出演させるべきではない人を出演させてしまった。 取材時の確認作業に不手際があった。 取材・制作体制を見直していく」と謝罪した。 また、 BPO でも審議入りするなど問題視され、2011年7月にはBPOから放送倫理違反と認定された。 2011年1月25日放送の『』にて、沖縄県・のサトウキビ農家を取り上げた際、年収が1000万円以上ある農家が150人〜200人いることや、サトウキビ農家がにのような豪華な別荘を所有しているといった紹介がなされ、村長から「偏見に基づく、事実と異なる」との抗議を受けていた事が判明。 また、でも問題視され、「農家が補助金で贅沢な暮らしをしているかのように、面白おかしく編集されており、悪質」という意見が出され、審議入りの事態に発展した。 テレビ東京は6月7日の放送にて南大東村に謝罪した。 2011年6月12日、『』の収録中に、女性アイドルグループ・のメンバー2人 綾川小麦・藤崎麻美 が負傷する事故が発生した。 同番組内のゲームコーナー「ぐるぐるチョコバット対決」において、綾川と藤崎が目が回った状態でスタジオの端にある溝に落下し、綾川は左坐骨と鼻骨を骨折する全治1ヶ月の重傷、藤崎も左足首を捻挫する軽傷を負った。 同局はFAXにおいて、「このような事故が発生してしまったことを、深くお詫びいたします。 綾川さんと藤崎さんに心よりお見舞い申し上げるとともに、再発防止へ向け、改めて安全管理の周知徹底を図る所存です」と謝罪。 また、同年6月25日に放送予定となっていた同コーナーの部分に関しては放送を見合わせた。 2020年2月29日、制作局社員がタクシー運転手に暴行して軽傷を負わせたとして、に傷害容疑で現行犯逮捕された。 脚注 [編集 ] [] 注釈 [編集 ]• 全域、及び、、、・関門地域()、、南部、などはNHK教育(Eテレ)親局が 12chに割り当てられていた。 スポンサーを全く受けないという意味ではない。 また、テレビ大阪開局時(1982年)の社員研修や、開局を告知するコマーシャルもで行われた。 郵政省(正確に言うと佐藤栄作と田中角栄)に「12chを日経か()に譲れ」といわれていたもこの動きに同調した。 日経が中京テレビに出資していたため。 1966年の放送時間縮小時は新聞によりハーフ又はそれに準じるサイズに縮小されていた。 正式な商号変更の8年前である1973年に、テレビ東京の商標を出願していた。 メガTONは、本来「東京」の「T」、「大阪」の「O」、名古屋の「N」を意味しているが、後述する1985年に開局したテレビせとうちの本社がある「岡山」の「O」、テレビせとうちの放送エリアでもある「高松」の「T」とも共通していたため、テレビせとうち開局時は名称を継続していた。 ただ、テレビ大阪とテレビ愛知は府・県域局のため、在阪・在名の広域4局ずつと比較して親局の出力も低く抑えられており、且つ視聴可能エリアが狭い他、テレビ北海道・テレビせとうちでは放送エリア内でも一部で難視聴や受信不可能な地域がある。 ただし、テレビ北海道ではデジタル放送完全移行後、アナログ未開局地域におけるデジタル中継局の設置を、釧路送信所と平取町にある振内中継局を皮切りに順次進めている。 かつてはTVQでもアナログ放送では難視聴や受信不可能な地域があったが、デジタル放送では放送エリア内全域で視聴可能となった。 現在、BSテレ東で放送される地上波番組の同時・時差放送はニュース・情報番組、スポーツ中継、紀行番組、一部のアニメ番組が中心で、バラエティー番組ではごく一部の定時番組・単発特番を除いてほとんど放送されなくなっている。 アナログ放送廃止時には激変緩和措置として3年間の期間限定で区域外再放送に同意した。 関連局でのCS放送チャンネルはあるものの、テレビ東京の自社運営によるCS放送チャンネルは在京民放キー局で唯一持っていない。 系『』など。 の設立主体も同様• この日は日本経済新聞に全面広告が、・・各新聞にハーフ広告が掲載されていた。 デジタル放送のリモコンキーID「7番」に因んだものである。 これによりアナログ12chに因んだ日経電波会館専用番号「105-8012」は廃止・返上した 105・106とも現在はの管轄だが、106は2010年までが集配業務を担当していた。 正確にはテレビ東京をモデルにした「テレビ奥東京」であるが、本社外観は本放送当時の本社である日経電波会館をモデルにしていた。 ただし、流れているはテレビ東京ではなくTOKYO MXで放映。 2011年4月1日付の『』、『』、『』で揃ってこのことが報じられた。 このことは2015年4月21日放送分の『』でも扱われ、当日の朝日新聞のテレビ欄が紹介された。 民放系BSは2000年12月1日に5局一斉に開局。 中日主管試合は原則中日新聞の資本がある東海テレビ放送・三重テレビ放送の連合と中部日本放送 CBC のみしか割り当てられていなかったためである(現在はこれにテレビ愛知も含まれる)。 なお、オールスターゲームの中継は2000年代後半以降他局も撤退しており、2014年からは全カードテレビ朝日系列での放送となっている。 当時、の試験電波を放送するために深夜の終夜放送は休止しており、野球放送が予定通り行われたらサッカーの録画放送後の3時前後に終わらせる予定になっていた。 野球中止のためサッカーの再放送もせず1時前後でその日の放送は打ち切りとなった。 これもBSテレ東では2009年大会以外放送されていない(ただし、スポーツニュースでは同局でも放送される)。 基本的に、J SPORTSでの放送となる。 同番組が放送されないBSジャパン(現・BSテレ東)も『ワールドビジネスサテライト』以降の番組は開始時刻を繰り下げ。 延長した分の時間はその穴埋めとして10分間のが数本放送された。 かつては、年末の『KEIRINグランプリ』(現在は日本テレビが製作)も全国ネットで放送。 日経CNBCからテレビ東京への裏送りという形で使用。 テレビ東京のアメリカにおける報道業務を行っているTV TOKYO AMERICA, INC. への出向という形で在籍。 なお「旧本社」として分室の扱いになった建物は2020年時点で数例あり、そのうちテレビ朝日が報道・情報系番組の制作拠点として整備した「」は、稼働開始がテレビ東京の旧本社とほぼ同時期(1985年10月)である。 日経電波会館自体、ビジネス街に立地している上、建物も一般客・観光客の来訪は想定していない。 旧日経電波会館、旧本社社屋。 「」ではほかに、と同じである(JR九州)の社長が出演した上で同社の事業戦略についても取り上げていた。 なお、2018年1月より2019年6月まで放送された、同社のをモチーフとしたアニメ「」は同局との間で動画配信サービス「」で関わりを持っているでの放送となった。 系列局のには(名鉄)が、系列局のや関係が深いには()が、関係が深いには(南海)が主要株主に名を連ねている。 出典 [編集 ]• 村上聖一. NHK放送文化研究所 年報2010 第54集. 2019年12月25日閲覧。 NEWSポストセブン、2014年2月16日• (、2015年01月10日付)• 2010年3月27日閲覧。 地上波・衛星波統合マスターの導入はフジテレビ、、テレビ朝日に続いて4局目となるが、いずれも東芝製を採用しており、NEC製の地上波・衛星波統合マスターの採用は同局が初となった。 2016年11月9日閲覧。 ITメディアニュース 2020年4月13日. 2020年4月14日閲覧。 テレ東 2020年4月13日. 2020年4月14日閲覧。 「」テレビ東京、2001年2月22日• 「」テレビ東京、2001年4月26日• 「」テレビ東京、2001年11月30日• 「」テレビ東京、2007年5月31日• exciteコネタ 2015年12月26日、2016年3月24日閲覧。 石光勝「4 経済ニュースがお宝になり」『テレビ番外地 東京12チャンネルの奇跡』 新潮社、2008年11月 ISBN 978-4-10-610288-2• WEDGE infinity 2018年11月16日• NHK放送文化研究所 メディア研究部番組研究グループ「東日本大震災発生時・テレビは何を伝えたか」『放送調査と研究』2011年5月号、NHK出版、2011年5月、 2013年9月閲覧。 地震翌日、12日23:55からの『から基本的に通常編成に復帰した上でCMも再開。 NHK放送文化研究所 メディア研究部番組研究グループ「東日本大震災発生時・テレビは何を伝えたか 2 」『放送調査と研究』2011年6月号、NHK出版、2011年6月、 2013年9月4日閲覧。 日刊スポーツ(2020年1月8日作成). 2020年1月10日閲覧。 デイリースポーツ(2020年1月8日作成). 2020年1月10日閲覧。 スポーツ報知(2020年4月8日作成). 2020年4月8日閲覧。 日刊スポーツ 2020年4月7日. 2020年4月7日閲覧。 ORICON NEWS 2020年4月7日. 2020年4月7日閲覧。 石光勝「3 女子プロレスとワールドカップ」『テレビ番外地 東京12チャンネルの奇跡』 新潮社、2008年11月 ISBN 978-4-10-610288-2• 但し2012年以降はやに移行した関係で、放送されていない。 - 株式会社テレビ東京• スタジオ公演もこのスタジオで行う• スポーツ報知. 2016年6月30日. 2016年7月4日閲覧。 2016年10月30日閲覧。 また、スペースについての記述は雑誌「放送技術」2011年1月号の特集記事からも引用している• 日経不動産マーケット情報. 2016年10月4日. 2016年11月6日閲覧。 2012年3月8日付『朝日新聞』朝刊。 同紙によれば『』中継への利用も検討した結果という。 テレビ東京. 2015年4月8日. 2018年7月3日閲覧。 CNET Japan. 2015年9月28日. 2018年7月3日閲覧。 財界による東京12チャンネル資金調達支援組織• 企業内ATMであるため、第一勧業銀行およびみずほ銀行のでは公表されていなかった。 石光勝「2 番外地のパイオニア精神」『テレビ番外地 東京12チャンネルの奇跡』 新潮社、2008年11月 ISBN 978-4-10-610288-2• 詳細およびテレビ東京の対応などはを参照• 朝日新聞社. 2006年5月10日. の2006年5月11日時点におけるアーカイブ。 2015年9月28日閲覧。 FLASH24. 2006年5月10日. の2006年6月19日時点におけるアーカイブ。 2015年9月28日閲覧。 読売新聞 2020年3月2日. 2020年3月2日閲覧。 関連項目 [編集 ]• テレビ東京杯(中央競馬の重賞レース) 外部リンク [編集 ]• - BSテレ東との合同サイト• - テレビ東京アニメーション公式サイト。 特撮番組や一部のドラマ番組も含む• - チャンネル• - チャンネル• ウィキメディア・コモンズには、 に関するカテゴリがあります。

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てれとしるぶぷれ

プロフィール [ ]• 出身地:• 性別:。 登場時期:全シリーズ• 特性:せいでんき 性格・特徴 [ ] シリーズを通してのポケモン側の。 本作の・の最初のポケモンであり、最高のメインパートナー。 サトシと共に第1話から全話に登場している。 キャストクレジットはSM編まではサトシに次いで2番目だったが、PM2第1話でテレビシリーズ本編では初めてトップクレジットとなり 、2話からは同作のもう一人の主人公であるに続いて3番目となっている。 に入ることを嫌い、常にボールの外へ出ている。 モンスターボールに入っていたのは、初登場時の無印編第1話と『』のみ。 また、旅の移動中はサトシの肩に乗っていることが多い。 モンスターボールに入りたくない理由について、『キミにきめた』では「いつも、一緒にいたいから」と人語で話している。 新しい地方へ出向いた当初、各シリーズのヒロインのを破壊するがあった(『無印』から『DP』まで合計3台 )。 基本的に他者を気遣うなど優しい性格。 面倒見も良くポケモンだけで行動する際はまとめ役となる機会が多い。 他のポケモンから好かれることも多く、無印では、AGでは、DP・BW2では、SMでは がピカチュウのことを好きになっている。 恋愛面についてはサトシ同様に疎い面があり 、ミミロルの積極的なアプローチに戸惑ってはいるが、まんざらでもなさそうな態度をとることもある。 このような面から、誰かに嫉妬されることもある。 現在ではサトシ以上にロケット団を敵視しており、特にニャースを嫌っている。 BW第43話ではロケット団をクビにされサトシ達一行に加わったニャースを信用していないものの、ニャースが敵意のない素振りを見せていたため無闇に攻撃することはなかったが、BW第48話でニャースが仲間になるふりをしてロケット団の作戦を遂行させていたことを知ると、激しい怒りを見せていた。 また、DA第2話ではミジュマルとと共にサトシ達と逸れ、同じくムサシ達と逸れたニャースと一時的に行動を共にした際、ニャースの優しさに影響を受けつつも、最後まで警戒心を解くことはなかった。 放送初期の頃と比較して現在では若干性格が変化しており、無印第4話ではサトシがピカチュウに捕獲のために攻撃を頼んだが、それを無視して布団を出してきて寝るなど、自分勝手な行動が多く、ギャグキャラでもあった。 ロケット団を電撃で吹っ飛ばす際にニヤリと笑ったり、ニャースが溺れ死ぬことを望むそぶりを見せる等、現在より腹黒い面を見せることも多かった。 また、現在はサトシによく懐いているが、初期の頃はに懐いていた。 しかし、映画第1作ではサトシが石化した時は涙を流していた。 やがコンテストに出場する時は、扇子と袴姿で応援することがある。 好物は。 人からあまり過剰に触られるのは苦手であり、我慢の限界を超えると放電してしまうことがある。 他のポケモンを顔と体全体で真似をするのが得意。 また、相手に何かを知らせたり、相手を喜ばせるために、顔芸をすることがある。 皮膚はよく伸びるようで、引っ張った状態から手を離すと輪ゴムのように勢い良く戻る。 なお、何かを知らせるときの顔芸の場合、なぜか周りはピカチュウが伝えようとしていることをきちんと理解できている。 BF編155話「ポケモンレンジャー登場! セレビィ救出作戦!! 」では、力尽きて動けなくなったをサトシ達が助けに来るまで顔芸で元気づけたりしていたこともある。 では顔芸で他のポケモンの真似もする。 BW第9話ではの真似をする際、顔では表現できないため耳で表現した。 「かみなりのいし」でに進化することを嫌っており、無印第14話でのクチバジム戦で1度相手のライチュウに負けたとき、サトシが「かみなりのいし」で進化して再度対抗するのかと聞いたときには進化を拒み、ピカチュウのままでの勝負を自ら望んだ。 AG第11話でサトシが「いずれはピカチュウを進化させる可能性がある」という趣旨の発言をした際は拒否反応を示さなかったが、DP第21話でサトシは「ピカチュウが進化することはありえない」という趣旨の発言をしており、ピカチュウもそれに納得している様子であった。 DP第74話ではサトシがまだ「かみなりのいし」を持っており、「ピカチュウが進化を望むならそれでいい」とサトシは思っていたが、やはりピカチュウは進化しない道を選んだ。 BW第69話では、かみなりのいしを借り物競争で借りるときも進化への拒否反応を見せた。 この他にもピカチュウを進化させないのかと聞かれると「こいつ(ピカチュウ)は進化したくない」と説明することがある。 サトシと出会う4年前 オーキドにゲットされる前 は、野生のピチューとして生活していた。 本来は群れを成して生活するものだが、ひとりぼっちで生活をしていた。 崖から落ちたところを通りすがりのガルーラ親子に助けられ、一緒に行動するようになる。 月日がたち、ガルーラの子供とともに体が大きくなり、一緒に行動することが、ガルーラ親子の邪魔になってしまうのではという考えから、ガルーラ親子が寝ている間に、こっそりと立ち去る。 その際にガルーラ親子の愛情に触れたことがきっかけとなり、ピカチュウに進化した。 それ以降オーキドにゲットされるまでは不明。 バトル [ ] サトシのポケモンの中でもトップクラスの実力を誇るが 、指示がない場合は実力を発揮できない局面もある。 通常の個体に比べて電撃が非常に強く、ロケット団から狙われる由縁にもなっている。 後述通り、キョダイマックスが可能な特殊な個体でもある。 『無印』から『AG』までは公式・非公式を問わず、毎試合のようにバトルへ登場していた。 しかし、『DP』以降は他のポケモンに出番を譲る機会が増え、以前ほど多用されなくなってきている。 『テレビアニメ第7シリーズ』の第13話ではキョダイマックスをした。 ただし、巨体ゆえに持ち前のスピードが鈍くなっている。 ダイマックス化にはポケモンを一度モンスターボールに戻す必要があるが、ピカチュウの場合は例外的にボールに戻すことなくキョダイマックスが可能となっている。 技 [ ] PM2現在、使用している技は「10まんボルト」 、「でんこうせっか」、「アイアンテール」、「エレキネット」 の4種類。 Zワザは「スパーキングギガボルト」、「1000まんボルト」 、「ウルトラダッシュアタック」、「ちょうぜつらせんれんげき」を使用していた。 ダイマックスわざは「ダイアタック」、「ダイスチル」、「キョダイバンライ」を使用。 以前は「かみなり」、「でんきショック」、「でんげき」 、「こうそくいどう」、「すてみタックル」、「ボルテッカー」 、「エレキボール」 なども使用していた。 DPのシンオウリーグでは「ボルテッカー」と「アイアンテール」を組み合わせ、BW2のイッシュリーグでは「アイアンテール」と「エレキボール」を同時使用している。 また、SMでは「スパーキングギガボルト」と「1000まんボルト」使用時、サトシと共にゼンリョクポーズを取る。 正確なレベルは不明 だが、「ポケットモンスターカードゲーム 映画公開記念ランダムパック2009」のサトシのピカチュウにあたる「ピカチュウM」のカードには、Lv. 45との記述が見られる。 また、後述のHGSSに配信された「サトシのピカチュウ」はLv. 50、サンムーンに配布された「サトシのピカチュウ」はオリジナルキャップがLv. 1、ホウエンキャップがLv. 6、シンオウキャップがLv. 10、イッシュキャップがLv. 14、カロスキャップがLv. 17、アローラキャップがLv. 20となっている。 カントー編:9勝7敗• ジョウト編:10勝9敗• ホウエン編:9勝4敗2分• バトルフロンティア編:4勝1敗• シンオウ編:4勝5敗1分• イッシュ編:8勝3敗• カロス編:10勝5敗• アローラ編:5勝1分• テレビアニメ第7シリーズ編:4勝 略歴 [ ] 元々はのとある場所に住んでいた野生のポケモンであり、では初めてサトシと出会う前のピチューだった頃の物語が描かれ、ずっと一人ぼっちで過ごしていたが、崖から落ちたところをガルーラに助けられ、しばらく一緒に暮らしていた。 しかし体が大きくなったことで母親のガルーラに迷惑かけまいと、ガルーラの元を離れ、同時にピカチュウに進化した。 その後にゲットされ、彼の研究所に連れて来られる。 サトシが冒険初日に寝坊したために、、、は既に他のトレーナーに持って行かれてしまい 、その代わりに余っていたポケモンとしてサトシの最初のポケモンとなった。 その後トキワシティで治療の際中、ロケット団(ムサシ、コジロウ、ニャース)と遭遇し、野生のピカチュウやサトシがこぐ自転車の電力によりポケモンセンターを破壊するほどの威力で撃退するがそれが原因で、彼らからレベル以上の技を使う珍しいポケモンだと認識され狙われるようになる。 劇場版『キミにきめた』では、このシーンはカットされているため登場しない。 オーキド博士曰く「ちょっと問題がある」というように、最初は気難しさを覗かせ、初対面のサトシに対して電気ショックを浴びせるなど、言うことを聞かず懐こうともしなかった が、凶暴なの大群に襲われた時に、サトシが自分を守ろうとする姿を見て心を通わせ、紆余曲折を経てサトシに信頼を寄せるようになった。 また、このシーンは劇場版『キミにきめた』でも冒頭の部分で登場する。 サトシがへ行く時は、にちなんで「初心に帰りたい」と言ってピカチュウだけを連れて行った。 これ以降も(だけは無理やりついてきている)や、、と、サトシが新しい地方に行く際はピカチュウだけを連れていく事が定番になっている(テレビアニメ第7シリーズ開始時にもアローラ地方で捕まえたポケモンはククイ博士に預けマサラタウンに帰還したためピカチュウ一匹にしている)。 ピカチュウの生息が未確認であるイッシュ地方での旅では、アララギ博士や、など、その地方の人物に珍しがられている。 その他 [ ]• アニメ化に際し、「ピカチュウは人間の言葉を喋る」という構想が練られていた。 制作陣である・らは否定的だったが、後に受諾する。 しかし、総監督であるの「(ピカチュウが)喋ると気持ち悪い感じがするし、逆にピカチュウの可愛さが失われてしまう」という判断により、最終的に「人間の言葉を喋る」という設定は消滅した。 ただし、の局CMでは当時のキャッチフレーズ「てれとしるぶぷれ」と喋ったことがある。 なお、映画『』では、サトシがそう言っている風に感じたという形だが、人語を発する場面がある。 なお、ニャースやによるナレーションの通訳によると、一人称は「ボク」で少年のような口調で話している。 サトシのメインパートナーをピカチュウに設定した理由は、「女の子にもターゲットを広げたい」という制作側の意向によるもの。 その際、やなどのビジュアル重視のポケモンが候補に挙がる。 最終的にスタッフ間で人気があり、「電撃を使う」「見た目が派手で、一番主人公向き」という理由の下、ピカチュウが選出された。 また、2017年の劇場版に際した湯山邦彦のインタビューでは、「最初の3匹のどれかにしてしまうと他の2匹を選んでしまった子供がかわいそうだしイヤだった。 ピカチュウが他のポケモンと違いモンスターボールに入らないことに関しては「特に大きな意味は無く、単純に外に出して見せたかった、「ずっと一緒」を表現したかった」等の理由である。 2010年7月15日から8月10日にかけて、ゲーム『』・『』に、(ふしぎなおくりもの)で「サトシのピカチュウ」が配布された。 わざはアニメに準じており、でんきだまを持っている。 映画『キミにきめた! 』の前売券特典としても「サトシのピカチュウ」が配布された。 このサトシのピカチュウはZクリスタル「サトピカZ」を持っており、サトシのピカチュウが10まんボルトを覚えている状態でそれを持たせると、専用Zワザ「1000まんボルト」が発動できるようになる。 なお、通常のピカチュウにサトピカZを持たせても、1000まんボルトを使うことはできない(逆に、このピカチュウに「ピカチュウZ」を持たせても通常のピカチュウ専用Zワザ「ひっさつのピカチュート」を使えない)。 脚注 [ ] 注釈 [ ]• ポケモン名にを使用しない・・版を除く。 ただし、これらの言語でも発音は「ピカチュウ」に近いものである を参照。 当初の設定では性別は決められていなかった。 記載されている略号• PM :編 KT 、オレンジ諸島編 OS 、編 JT• AG :編 HT 、編 BF• 第1期 BW1• 第2期(シーズン2) BW2 :エピソードN BW2N 、デコロラアドベンチャー DA• PM2• SSでは同様回想などで姿のみの登場。 本編アニメの全系統にレギュラーで登場している人物はのみ。 ただし、一部のサイドストーリーや特別編は除く。 主人公を務める劇場版短編やOVAではトップクレジットである。 ボール自体はサトシが所持しており、たまに彼のボールを出すことがあるが、貰った際についてあったイナズママークはない。 しかし『キミにきめた』では終始イナズママークが描かれている。 以降のヒロインは自転車を所持しておらず、破壊されていないため、今の所3台。 ただしサトシほど疎くはなく、彼の鈍さに呆れたこともあった。 金銀編ではサトシを好きになっているが、DP編ではミミロルに恋をしたがライバル心を持ち、戸惑う一面を見せた。 また、BWのサトシの手持ちで特に彼を慕っているからも嫉妬されることがある。 AG編では青色、DP編では緑色の袴を着用しており、自分が参加しないサトシのバトルで着用することもある。 BW2話ではに、XY2話ではに、SM5話ではホウとスイにより、いずれも初対面で過剰にスキンシップをされ放電している。 なお、の通訳によればこの時、「ピカチュウのままでないとこの悔しさは拭えない」と言っていた。 その後不要になった「かみなりのいし」は放置され、ロケット団がこっそりくすねて売却した。 伝説のポケモンであるやとを行ったこともあり、レジアイスには勝利、ラティオスは相打ちながらも戦闘不能にするといった結果を残している。 ただし、ジョウトリーグのシゲル戦では「最強メンバー」から外されている。 無印編とイッシュ編では、手加減した「 10ボルト」というオリジナル技を使っていた。 攻撃の手段以外に自分を囲ったり、相手の攻撃の前に展開してバリアの様に使ったり、ネットの反動を利用して高所から落ちた際のクッションや相手への突撃に使う等、この技によってより柔軟な戦い方が出来るようになった。 「1000まんボルト」はZクリスタル「デンキZ」が「サトピカZ」に変化した際に使用する。 54話と76話と144話で使用。 ゲームでは「」で使用可能。 ボルテッカーを取得したきっかけはロケット団に電撃を食らわせようとした際、奪われたポケモンのタマゴにまで影響が出るため放電したらしく、その後サトシがでんこうせっかを指示した時にボルテッカーとなり、その代わり「かみなり」を使わなくなった。 エレキボールを覚えてからは使用しておらず、BW編第65話で覚えていないことが言及された。 ロケット団との最終決戦ではアイリスとをから庇った際に電気技を浴びたことで巨大エレキボールを放った。 またXY編では「アイアンテール」を耳などで尻尾を掴まれた際には、脱出の手段として使うこともある。 まず大前提として、原作とアニメ版における「レベル」の概念が異なる。 ゼニガメはシゲルが持っていた事が判明。 また、劇場版『キミにきめた』ではシゲルがゼニガメを貰うシーンが登場する。 コジロウら曰く、サトシのピカチュウの電撃は「尾てい骨にくる」とのこと。 『』のサトシの回想によると何十発も電撃を浴びたことが語られている。 存在自体を知らない者もおり、BW編第65話では「ゼクロムの進化前」と勘違いされた。 出典 [ ]• 」およびBW第7話「ツタージャゲットでメロメロ!? 」の「メロメロ」攻撃などより。 2009年6月24日. 2016年11月30日閲覧。 AG編70話「トウカジム戦! 5つ目のバッジ!! 」、DP編18話「クロガネジムふたたび! 決戦ラムパルド!! 」、DP編179話「電撃バトル! 最後のバッジ!! 」、BW第84話「激闘タチワキジム! VSホミカ!! (後編)」より。 マーマネの台詞から。 サトシが6歳の時であるため• 閲覧にはへのログインが必要。 畠山けんじ、「第2章 ブレイク 5 アニメーション」『ポケモン・ストーリー』、333-334頁。 ポケモンビジネス研究会『ポケモンの秘密』〈〉、1998年、 [ ]。

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