パノラマ 島 奇 譚 あらすじ。 江戸川乱歩 パノラマ島綺譚

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パノラマ 島 奇 譚 あらすじ

作品概要 パノラマ島奇譚• 著者 江戸川乱歩• 連載期間 1926年10月 — 1927年4月• 初出 「新青年」• 発行 博文館• 国 日本• 言語 日本語 参考 あらすじ 売れない物書きで大変な夢想家の人見廣介は、自らと容姿が瓜二つである死亡した大富豪・菰田源三郎に成り代わり、長年思い描いていた理想郷の創造に取り掛かる。 書評 今回書評するのは、江戸川乱歩作『パノラマ島奇譚』。 本作は、同氏きっての幻想小説として知られ、その独創的な世界観から数多くのクリエイターによって二次創作がなされてきた。 もはや言うに及ばず、詳細な内容に関しては周知のことかと存じるので、ここではとある僕の個人的な見解についての記述に徹したいと思う。 人見廣介との共鳴 尤も人見廣介自身が、何かの職について、世間並な生活を営もうなんて、神妙な考は持っていなかったのです。 実をいうと、彼はこの世を経験しない先から、この世に飽き果てていたのです。 一つは生来の病弱からでもありましょう。 それとも青年期以来の神経衰弱のせいであったかも知れません。 何をする気にもなれないのです。 人生の事が凡て、ただ頭の中で想像した丈けでもう十分なのです。 何もかも「大したことはない」のです。 そこで、彼は年中汚い下宿の一室に寝転んだまま、それで、どんな実際家も嘗て経験したことのない、彼自身の夢を見つづけて来ました。 つまり、一口に云えば、彼は極端な夢想家に外ならぬのでありました。 主人公・人見のこの心的傾向に、僕自身痛く心を打たれたのも無理もない話であると知覚する。 というのも、これから記述する見解というのは、人見自身が持ち合わせているこの虚無感と禁欲的な傾向が、すでに読者諸賢、ひいては世の中における遍在的な価値観として蔓延し、なんら特筆すべきものではないということ、そして、それに伴い、本作で語られるおぞましき物語も同様、人見の画策が如く、読み手である我々がふとしたきっかけさえあれば、主犯に成り代わる余地が往々にして存在するというものである。 人類みな夢想家 これは決して首謀者である人見が突出した猟奇性に侵されていたというわけではなく、誰しもが持ち合わせる思案の一端だという事実を突きつけていることに他ならない。 つまりはパノラマ島のあのディテールでさえ、普遍の趣向であるということなのだ。 人間の想像力とは元来自由奔放、無限の広がりを秘めているのが常であり、それが異質であるかどうかは、とどのつまりそれを実行するか否か、実行に足るだけの財力と機動力を手にしているか否かの違いに過ぎず、その実個々人の腹案に関して言えば、彼が決して異端者ではないと断じたとして何ら問題はないだろう。 狂人を狂人たらしめるのは、行動に現し、その狂気が表面化した時のみであり、通常誰しもが頭の片隅にそういった狂気の種子を育てているのであるからして、少なからず人見にシンパシーを感じるという事実をもってして、その論調の正統性を示す何よりの証拠となるであろう。 夢だからこそ美しい 人見の腹案が普遍的なものであるとするならば、物語における彼自身の辿った結末から、このような教訓を得ることが可能となるやもしれぬ。 それは時として何よりも悲しき事実となって僕らの心に刻まれるだろう。 彼の夢が若し実現出来るものとしたならば、それは実に、世に比類なき大事業、大芸術に相違ないのです。 それ故、一度この夢想境を彷徨った彼に取っては、世の中の如何なる事業も、如何なる娯楽も、さては如何なる芸術さえもが、まるで価値のない、取るに足らぬものに見えたのは、誠に無理もないことでした。 つまりは、夢は見ている内が一番楽しく、美しく、唯一その輝かしい姿を保持できると同時に、現実にそれ以上の夢物語を再現することは到底不可能であり、そもそもそれを成さんとする行為自体がほとほとナンセンスである、という事実である。 うつし世はゆめ よるの夢こそまこと 乱歩の残した有名な言葉にこのようなものがあるが、夢と現実の境を倒錯し、誤って見極めてしまうと、本作のように、それはまるでパノラマの如く非生命的な不気味さとなって、当事者に牙をむくことになりかねない。 現実の創造とは元来神のみぞなせる業。 夢は妄想として形なきものであるからして美しく、かろうじてバランスを保っているに過ぎないのであるからして、形にしようとすると途端に無理が生じてしまう。 想像の余地や都合の良い解釈の隙間なくしては、その先にはもはや破綻が免れない。 メタ構造の外から眺めてみると、本作を綴る文章という形態ですらも、本来その枠内に収まる程度のポテンシャルなのだ。 本当のところ人見自身がこの事実を一番理解していたはずなのだが、よしておけばよいものを、好機が巡ってくると知るや否や、それまでの慎重さはどこへやら、試してみずにはいられないというのが人間の性であるのだろう。 世の芸術家というものは、みなその苦しみと相対していると思しいが、その好機に魅せられた時からすでに、彼らの結末は決まっていたのかもしれない。 現実の世界なんて…… 夢の実現に泥臭く奮闘するのか、はたまた美しき夢に生きるのか、果たしてどちらの方が正しく、勝者の選択であると言えるのか、その答えは定かではない。 しかし、物の価値というものが今一度見直されつつある現代において、ガチガチの物質主義というものが加速度的に受け入れ難いものになってくる可能性は大いにある。 仮想現実やシェアリング・エコノミーなどが話題となっている事実からも、物の所有、ひいては現実の価値などというものはもはや無に等しく、裏を返せば、精神的な充足のみに努め、夢想に生きるという道の方が賢い選択であると言えるのかもしれない。 これを虚しいと捉えるかどうかは、それこそ個人によるだろう。 まとめ 以上で書評は終了となる。 今回はあえて解説を省き、個人の見解に終始した結果となったが、無論、パノラマ島の圧倒的な描写力や江戸川乱歩の持ち味である物語終盤の怒涛の展開をもってして、本作が文学作品として一級品であることは間違いないので、未読の方はぜひ一度ご覧になってみることをおすすめする。 そして、あなた自身の思い描くパノラマ島の設計図を空想してみると良いだろう。

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【感想・ネタバレ】パノラマ島綺譚~江戸川乱歩全集第2巻~のレビュー

パノラマ 島 奇 譚 あらすじ

概要 [ ] 本作は『新青年』1926年10月号から1927年4月号に5回にわたって連載された(26年12月号と27年3月号は休載)。 連載時の編集者はである。 初出時のタイトルは『 パノラマ島奇譚』で、単行本収録時に『パノラマ島奇談』と改題された。 しかし、収録時等の表記は「奇譚」、「奇談」、「綺譚」等必ずしも一定していない。 乱歩の念頭にはの「アルンハイムの領地」や「ランダーの屋敷」があったようだが、連載時はパノラマ島の描写が退屈がられたのか、あまり好評ではなかったという。 しかし、後にの賞賛を受ける等、評価されるようになったと乱歩は語っていた。 登場人物 [ ] 人見廣介(ひとみ ひろすけ) 売れない物書き。 現実に諦観を抱き、独特の理想郷を夢想する日々を送っている。 菰田源三郎(こもだ げんざぶろう) 廣介の大学の同窓生の大富豪。 「双生児」と揶揄された程に、廣介と瓜二つの容姿をしている。 持病のの発作で命を落とす。 千代子(ちよこ) 菰田の若妻。 生還後、急に素っ気なくなった夫に不審と思慕の入り混じった感情を抱く。 北見小五郎(きたみ こごろう) 文学者。 菰田の妹の依頼でパノラマ島に侵入する。 あらすじ [ ] 売れない物書きの人見廣介は、定職にも就かない極貧生活の中で、自分の理想郷を作ることを夢想していた。 そんなある日、容姿が自分と瓜二つの大富豪・菰田源三郎が病死したという話を、知り合いの新聞記者から聞く。 人見と菰田はかつて同じ大学に通っており、友人たちからは双生児の兄弟と揶揄されていた。 菰田がてんかん持ちであり、てんかん持ちは死亡と診断された後に息を吹き返すこともあるという話、さらに菰田家の墓のある地域は土葬の風習が残っているということを知った人見の中に、ある壮大な計画が芽生える。 それは菰田が蘇生したかのように装って菰田家に入り込み、その莫大な財産を使って、理想通りの地上の楽園を創造することであった。 人見は自身の自殺を偽装して、菰田家のあるM県に向かうと、墓を暴いて菰田の死体を掘り起こし、隣の墓の下に埋めなおした。 そしてさも菰田が息を吹き返したように装って、まんまと菰田家に入り込むことに成功する。 人見は菰田家の財産を処分して、M県S郡の南端にある小島・沖の島に、長い間、夢見ていた理想郷を建設していく。 一方、蘇生後は自分を遠ざけ、それまで興味関心を示さなかった事業に熱中する夫を、菰田の妻・千代子は当惑して見つめていた。 千代子に、自分が菰田でないことを感付かれたと考えた人見は、千代子を自らが建設した理想郷・パノラマ島に誘う。 人見が建設した理想郷とはどのようなものだったのか。 そして千代子の運命は? 収録 [ ]• 『パノラマ島綺譚 江戸川乱歩ベストセレクション6』()2009年5月 テレビドラマ [ ]• 1982年、『』()にて「天国と地獄の美女」として放送された。 登場人物と舞台のモデル [ ] 作中ではM県S郡と書かれているが、舞台は( Mie県)の鳥羽(鳥羽は旧= Shima郡)の離島であるとされる。 乱歩は1917年(大正6年)に鳥羽にある鳥羽造船所電機部(現)に就職。 庶務課に配属されたが、毎日のように窓から離島を眺めていたという。 また鳥羽湾にある、島全体がレジャー施設であるも、小説の舞台の要素として取り入れているとされる。 作家のらは、作中の路程などから三重県の旧(現・)が舞台設定に反映されているほか、椋本出身で農業用を開発した駒田五良八と、輸出を手掛けた駒田作五郎が、菰田源三郎のモデルであると推測している。 また、「アルンハイムの地所」と「金色の死」の影響を指摘している。 脚注 [ ].

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江戸川乱歩「パノラマ島奇談」

パノラマ 島 奇 譚 あらすじ

江戸川乱歩「パノラマ島奇談」 こんな小説がもう90年以上も前に書かれていたということに驚く。 優れた作品は時代を超える。 全く色褪せていないし、今読んでもちゃんと怖く、ちゃんと面白い。 タイトルを、ずうっと「パノラマ島奇譚」だと思っていたので、本書のタイトル見たときにびっくりした。 によると 初出時のタイトルは『パノラマ島奇譚』で、単行本収録時に『パノラマ島奇談』と改題された。 しかし、収録時等の表記は「奇譚」、「奇談」、「綺譚」等必ずしも一定していない。 だそうで、そんな適当な。 ちなみに「奇談」でも「きたん」と読むようです。 あらすじ 小説家人見広介は、自分と瓜二つの旧友、菰田源三郎の急死を知らされる。 広介は大富豪の源三郎になりすまし、菰田家の莫大な財産を手に入れるという、荒唐無稽な計画を実行する。 そして広介は、無人の孤島に自分が空想した終生の夢のパノラマ島を創り上げた!パノラマ島で展開される妖美な幻覚ともいえるあやしの怪奇譚は、読者を夢幻の世界へと誘い込んでゆく・・・・・・。 表題作のほか、「白昼夢」「鬼」「火縄銃」「接吻」4編を収録。 引用:楽天ブックス ネタバレありの感想 太宰治の最高傑作は「人間失格」か「葉桜と魔笛」で悩むところ。 宮沢賢治だったら断トツで「黄いろのトマト」。 三島由紀夫だったらなんだかんだ言って「金閣寺」になるだろう。 と言ったところで江戸川乱歩の最高傑作は何になるだろう。 「押絵と旅する男」も「柘榴」もいいし、もちろん本書に収録されている「パノラマ島奇談」なんかも最高。 導入部分やラスト間際はテンポよく進むのに、なぜか途中のパノラマ島の幻想的な様子の描写のあたりは少々間延びしている印象はある。 ここが一番の見せ場と言えるんだけど、さすがに退屈に感じる人も多かったらしく、連載当時にもそういう意見は多かったみたい。 しかし、圧倒的な描写力や幻想的で官能的な雰囲気、カタルシスを感じる結末など、さすがの江戸川乱歩。 なんとなくだけど、現代だったら人見広介は漫画家って設定になりそう。 その他の短編 その他の短編についても少しだけ。 白昼夢 本当に見事な短編。 短いながらも、美しさとその美に執着する人間の怖さ。 白昼夢を見ていたのが誰だったのか。 現代まで通じるサイコパスなキャラクターがこんな昔にすでに完成されている。 それが、江戸川乱歩が作り上げたものなのか、人間とはずうっとこんな感情を持っているものなのか。 そして、僕の大好きな「アップクチキリキアッパッパァ」も。 鬼 探偵小説。 大胆なトリックだけど、これ某ドラマでも使われてた。 この短編集にこれを入れたのは正直編集のミスだと思う。 作品はいい作品なんですけどね。 火縄銃 初めて読んだ気がするな。 これ大好き。 現場の様子の描写とタイトルから「まさか……」と思いつつ。 2019年 年間ベスト• 江戸川乱歩「パノラマ島奇談」•

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