あいちトリエンナーレ。 あいちトリエンナーレ2019 情の時代

大村知事リコール、あいちトリエンナーレ2019とメディア (1/2)

あいちトリエンナーレ

2019年8月1日、あいちトリエンナーレ2019が開幕した。 同年8月3日、その中の展示の一つ「表現の不自由展・その後」が、中止となった。 あいちトリエンナーレと「表現の不自由展・その後」 は2010年から3年ごとに開催されている国内有数規模の国際芸術祭で、2019年はジャーナリストの津田大介氏を芸術監督に迎え、「情の時代」をテーマに掲げた。 作家の選定にあたってその男女比を同等にすることを打ち出すなど芸術祭の枠を超えて話題となる要素も多く、。 その中の展示の一つであるは、「その後」という名称からもわかるように、今回のトリエンナーレでゼロから企画されたものではない。 オリジナルの展覧会である「表現の不自由展~消されたものたち」は、2015年の1月から2月にかけて、東京・江古田の小さなギャラリーで行われた。 今回のトリエンナーレでの展示は、2015年の展覧会で扱われた作品に、この4年間で新たに展示が不許可となった作品を加えて構成されたものだ。 筆者がこの企画を知ったのは、2019年4月1日に、芸術監督の津田氏がTwitterで出展作家の告知を行ったときだった。 、それは2015年にオリジナルの展覧会を訪れていた筆者にとっても、新鮮な驚きだった。 「表現の不自由展・その後」で何が起きたのか 8月1日 「表現の不自由展・その後」に対する政治的な圧力がはじめて明らかになったのは8月1日、あいちトリエンナーレ開幕の日だった。。 (ただし実際にはそれに先立って、開幕前日の7月31日午後にはすでに、らがこの問題にTwitterで言及し、事務局に対する抗議電話も始まっていた。 ) なお河村市長の発言の前には松井一郎・大阪市長がとツイートしているが、河村市長は翌2日の取材で「大阪市の松井市長に聞いて知った」と発言しており、松井市長から連絡があったのは確かなようだ。。 8月2日 河村市長は2日12時前、あいちトリエンナーレのメイン会場である愛知芸術文化センターに到着。 会場奥にある「表現の不自由展・その後」を担当者に案内されながら15分ほどかけて視察し、その後のぶら下がりの取材の中で、(なお筆者はこの日たまたま会場を訪れており、視察後の取材にも居合わせることになった)。 また並行して政府閣僚なども次々とこの問題に言及し、2日午前の記者会見では菅義偉官房長官がと発言。 また柴山昌彦・文部科学大臣も補助金の問題に言及したほか、自民党の保守系議員でつくる「日本の尊厳と国益を護る会」(代表幹事・青山繁晴参議院議員)も、少女像についてとの声明を出した。 こうしたことを受けて、2日夕方に津田氏が会見。。 8月3日 そして翌日、8月3日夕方。。 「ガソリン携行缶を持ってお邪魔する」とした脅迫FAXが来たことなどに触れ、おもに安全面の理由で中止を決めたと説明した。。 きわめて露骨な「表現の自由」の侵害 以上が、あいちトリエンナーレ「表現の不自由展・その後」をめぐって起きたことのうちの、事実関係にかかわる部分である。 では、内容的には、そこで起こっていたのはいったいどういうことだったのか。 まず確認しておくべきことは、今回の事件における河村市長の介入や菅官房長官の発言が、国や地方自治体による「表現の自由」に対するきわめて露骨な侵害だったということだ。 本来すべきではないことであってもあまりにもあからさまにやられると受け取る側の感覚が麻痺してつい受け入れてしまうということが起こるが、そうならないためにも、この点は最初にはっきりさせておく必要がある。 実際、最近は「表現の自由」という言葉がかなり広く用いられる傾向にあるが、「表現の自由」がもっとも必要とされるのは、まさに今回のように国や地方自治体が表現を抑圧することに対抗する際だ。 とくに河村市長の言動は、市長の立場で特定の作品についての撤去を直接責任者に申し入れただけでなく、撤去後も関係者の謝罪を要求するなどしており、「表現の自由」が本来守ろうとしていることをことごとく踏みにじるものだと言える。 なお関連する論点として、今回の河村市長の介入や菅官房長官の発言が「検閲」にあたるのかというものがある。 定義の問題として言えば、狭義の「検閲」が指すのは行政による事前抑制である。 その点では今回はこうした狭義の「検閲」は行われていないし、それはやでも強調されている。 しかしより実効的な観点から考えた場合、「検閲」は必ずしもこうした事前抑制に限られるものではない。 日本で「検閲」といったときに真っ先に想起される戦前の新聞紙法や出版法による検閲でさえ、すべてを実際に見て潰していったわけではなく、目立つものを検閲することでメディアが「委縮」し、自主的に「忖度」してそうした規範を受け入れるようなやり方が取られた()。 こうした観点からすると、河村市長の介入はもちろん菅官房長官の発言も、アーティストや芸術祭主催者などの「萎縮」と「忖度」のメカニズムを発動させるには十分なものだ。 この点は、あいちトリエンナーレ単体ではなくより長期的な観点から考えても、きわめて重要な問題だと言える。 「金を出す以上口も出すのは当然」なのか とはいえ上の議論は、少し違った角度から補完しておく必要がある。 すでに言及したように、菅官房長官は今回の件に触れるにあたって「補助金交付」に言及した。 河村市長は記事になっている範囲ではお金に言及していないが、、一連の発言も当然そうしたことを前提にしたものだ。 さてこのとき、こういう疑問がありうる。 確かに国や地方自治体による表現の自由の侵害はよくないかもしれないが、それは民間が独自にやっていることに横から口を挟む場合であって、国や地方自治体が出資元である場合には、当然話は違ってくるのではないか、と。 端的に言えば、金を出している以上口も出すのは当然なのではないか、という疑問だ。 確かにこれは、一見もっともらしい話ではある。 しかし注意が必要なのは、そこで国や地方自治体が出している「金」は、当然ながら政府閣僚や地方自治体の首長個人のものではなく、あくまでも公的なものだということだ。 文化や芸術について国や地方自治体に求められる役割は、やや極端に言えば道路や水道の整備と同様基本的な「インフラ」の整備なのであって、政治家や担当者の好みに応じて個別の作家や作品に金を出すことではない。 実際、大村知事は3日の記者会見で、と強調した。 これは重要な発言だが、同時にこれがあたかも大村知事個人のポリシーのように報じられているのはやや問題だ。 国や地方自治体の役割がインフラの整備だという観点からすれば、むしろこれこそが「大原則」なのである。 ただしそうは言っても、実際に金を出すのは具体的なイベントであり、そこに出品する作家や作品は当然選択しなければならない。 そこで重要になるのが専門家への委託で、たとえば今回のあいちトリエンナーレであれば、その選択をするのは芸術監督である津田氏である。 行政が行うのは、その津田氏を芸術監督として選ぶということまでだ。 これを「間接的」な口出しだと考えることはもちろんできるだろうが、そのことと個々の作品についての展示や撤去について直接行政が介入することのあいだには、決定的な違いがある。 「表現の自由」に限界はある、しかし このように、この問題における大原則は「表現の自由」である。 しかしそれは、表現の自由にはいかなる例外もない、ということを意味するものではない。 実際、表現や言論であっても法的に許容されないものはいくつもある。 たとえば、ある団体に「ガソリン携行缶を持ってお邪魔する」というファックスを送ることは形式的には「表現」の範囲内だが、実際には刑法上の脅迫として当然立件されうるものだ。 同様のことは、名誉毀損や侮辱、あるいはプライバシー侵害についても言える。 これらはいずれも「表現」を用いてなされるものだが、実際には法的な制約を受ける。 つまり一言で言えば、「表現の自由」にも限界はある。 ではたとえば、今回もっとも焦点となった「平和の少女像」は、そうした「表現の自由」の限界にあたるものなのか。 たとえば河村市長は、2日の視察後の取材で、中止申し入れの理由をだとした。 河村市長は「ヘイトスピーチ」という言葉は使っていないが、今回の撤去は「ヘイトスピーチ」に対するものと同じ理由で正当化されるのではないか、と考える人は、おそらく一定数いるのではないかと思う。 しかし実際には、こうした考え方は正しくない。 まず強調しておかなければならないのは、ヘイトスピーチを規制するということは、誰かが不快になるような表現はいけないので禁止します、ということではないということだ。 では、今回の少女像がそうした「差別煽動」にあたるのかと言えば、相当可能性を高めに見積もっても、あたらないと言わざるをえない。 実際あの像を見て「日本人を追い出そう」「日本人を入店禁止にしよう」といったことが起きることを想定するのは、あまりに想像力を必要としすぎる話である。 あえてこういう言い方をすれば、「ここは日本である」。 そのとき、そこで日本人に対する差別煽動が生じるということは、ごく一部の例外を除き、基本的に考え難い。 つまり今回河村市長が示した「理由」では、「平和の少女像」が表現の自由の例外になりうるということをまったく説明できない。 表現の自由には確かに限界があるが、それは一首長がぶら下がり取材の中で設定していいようなものではないのだ。 名誉毀損も、プライバシー侵害も、そしてヘイトスピーチも、表現の自由という大原則とのあいだの何十年にもわたる葛藤の中で生み出されてきた「例外」である。 そうした蓄積のないところに突然思いつきで例外をつくるのだとすれば、それは正しく「表現の自由の冒涜」ということになるだろう。 「政治的な理由による排除」を可視化するために さて、以上基本的に「表現の自由」ということを中心に書いてきた。 そもそも今回の展示のタイトルは「表現の不自由展・その後」であり、その中止が「表現の自由」をめぐる問題になるというのは、ごく当然のことであるかもしれない。 しかし今回の事件を考えるにあたって、「表現の自由」は確かに重要ではあるけれども、同時にもっとも的確な視点というわけではない。 実際展示された作品を見ればすぐにわかることだが、「表現の不自由展・その後」は、「表現の自由」全体を問題にしているわけではない。 「表現の不自由」なら何でもいいというのであれば、たとえば名誉毀損とかプライバシー侵害とかヘイトスピーチとか、そうした効果をもつ作品を並べてもそれは可能だ。 しかし実際に行われた「表現の不自由展・その後」は、そうしたものではない。 このことについては、あらためて強調が必要だと思う。 では、そこで示された「表現の不自由」は、どのような「不自由」だったのか。 それは一言で言えば、「政治的な理由による不自由」である。 「表現の不自由展・その後」で展示された作品は、いずれも過去に「政治的な理由」によって展示されなかったり、展示を中止されたりした作品だ。 そしてそうした作品の排除は、まさに今回の展示中止がそうであったように、法的に蓄積された表現の自由の正当な「例外」とは別に、その場その場でアドホックに恣意的につくられた理屈のもとで行われた。 「政治的な理由」は、そうしたアドホックな理屈に、たまたま付けられた総称にすぎない。 そしてこうした「政治的な理由」による作品の排除は、少なくとも今回展示された作品の数だけ、すでに過去に行われている。 その中には、それなりにこうした文脈を追ってきた筆者でさえ、詳細は把握していない排除もある。 恐ろしいのはこうした排除が社会から見えにくい状態に置かれることだが、今回の「表現の不自由展・その後」(そしてオリジナルの「表現の不自由展」)が行ったのは、まさにそうでなければ見えにくい状態に置かれていた政治的な排除を、可視化することだ。 その展示が、今回、中止となった。 中止になることも含めてアート、といった開き直りにとどまれるほど筆者は楽観的ではないし、3日間でも可視化に成功したから十分だと言ってしまえるほど控えめでもない。 今回の展示はもっと多くの人の目に触れるべきもので、3日間という期間はそのためにはあまりにも短すぎた。 だとすれば今後やるべきことは、この短すぎた期間を、あらゆる手段で取り戻していくことだろう。 そのためにはおそらく、この展示が予定通り75日間にわたって開催された場合に比べて、ずっと多くの人のかかわりが必要となると思う。 しかしそれは、今回のことを「これでまた状況が悪くなった」などと嘆いて終えることに比べれば、はるかに将来につながりうるプロジェクトである。

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「あいちトリエンナーレ」閉幕 昭和天皇の肖像を燃やし、足で踏み付ける映像作品…各メディアはどう表現した? 竹田恒泰氏「昭和天皇は私の親戚、深く傷ついた」 (1/2ページ)

あいちトリエンナーレ

前回、大村知事リコールについての所感を記載しましたが、 今回はこの件と日本のメディアについて気が付いたことを書きます。 私は今回の件で、日本の大手メディア、特にテレビ局と新聞の報道の中立性に改めて疑問を持ちました。 昨年の夏、あいちトリエンナーレ2019表現の不自由展がニュースで報道された時の内容を思い起こしてみましたが、民放およびNHKのニュースで報道されたのは、かいつまんでいえば、 「慰安婦像などを展示した表現の不自由展に対して、クレームが寄せられ、展示が中止に追い込まれた」 という内容でした。 特にこの展示会について知識のない人が見ると、 「右翼団体などのクレームによって展示会が中止に追い込まれ、表現の自由が侵されている」 と印象を持つ報道内容でした。 私自身も、これらのニュースを見た際にはそう思いました。 ニュースに出演しているコメンテーターなども揃って同様の発言をしていたことを覚えています。 展示内容についても各社が報じたのは「慰安婦像」のみでした。 昭和天皇に対するヘイトを示す作品群や、出征した特攻隊の若者を「間抜けな日本人」と称した作品などについては、全く触れられていなかったのです。 これらの作品が展示されていたことを私が知ったのは、今回ネットの記事で高須先生の大村知事リコールの件がたまたま目に留まったからです。 ここで、展示会の内容が適正だったかどうかという議論とはまた別に、日本のテレビ局の報道に大きな疑問を持ちました。 何故、どこの局も慰安婦像のことしか報道しなかったのか? 当然取材しているはずですから、昭和天皇へのヘイト作品などが含まれていることを彼らは知っていたはずです。 しかし、それらが地上波で流れることはなかった。 そのため、情報番組に求められるのは何よりも事実をあるがままに報道することのはずです。 しかし、今回の件が示す通り、どのテレビ局も展示会の中の「慰安婦像」のみを切り取り、「昭和天皇ヘイト作品群」については1秒も触れませんでした。 これは日本のテレビ局が揃いも揃って、自分たちの報道したい内容のみを恣意的に報道しているという一つの証拠です。 これは、事実を報道することが求められるはずの情報番組としては、おかしいと思いました。 それでは、何故テレビ局が慰安婦像についてのみ触れ、昭和天皇ヘイト作品群について触れなかったのかを考えました。 何か理由がなければおかしいからです。 本来であれば「国の象徴」と憲法にも明記されている天皇をヘイトするような作品群が公金で展示されているのであれば、そのことの方が話題性も強く、大きな問題にもなるはずだからです。 テレビ局で情報番組を作成している側に立って考えてみます。 表現の不自由展がクレームで中止に追い込まれたことを報道する上では、その理由を説明しなければなりません。 そこで彼らはどういう訳か、昭和天皇ヘイト作品は番組には出せない、と判断しました。 しかし一方で、慰安婦像の展示についてはクレームを集めた原因として番組に出せる、と判断した。

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あいちトリエンナーレ2019 情の時代

あいちトリエンナーレ

キュレーターを務めたが10月14日に閉幕した。 75日の会期のうち、65日という長期にわたり、トリエンナーレ内の一企画である「」(以下、「不自由展」)を中止したことをお詫びする。 まず、観客から作品を見る機会を奪った。 報道を通じて展示内容を知り不快感を抱いた人にも、実際の展示を見て確かめてもらう機会すら作れなかった。 次に、作家から作品を展示する機会を奪った。 そして、不自由展の企画者である表現の不自由展実行委員会が企画を発表する機会を失わせた。 合意なく中止を決定したことは表現の不自由展実行委員会の信頼を著しく損ねた。 さらに、トリエンナーレ実行委員会が不自由展を中止したことで、トリエンナーレのほかの出品作家に、自らの表現に対しても制限を加えられる危機感を直接的に感じさせた。 社会に対しても、美術機関としての信頼性を損ねた。 十分に想定できておらず、準備が不足していた。 そのため、中止後、安全確保の方法と抗議電話への対応方法について事務局で検討が重ねられた。 9月25日、あいちトリエンナーレのあり方検証委員会の中間報告を受け、あいちトリエンナーレ実行委員会は再開を目指す方針を示し、表現の不自由展実行委員会との交渉を経て、10月8日に再開した。 私は再開後、毎日、ほかのキュレーターとともに、あるいは交代で、監視員として不自由展の展示室に立った。 ほかの展示室の監視員は外部の会社に委託しているが、不自由展の展示室に限っては、スタッフの安全上の理由で受けてもらえなかったためである。 以下では、再開後の展示室内の状況について、自らの体験をもとに記したい。 再開した「不自由展」の公開方法 再開後の公開方法は以下のとおりであった。 (1)中止前の展示内容と同一性を保つ。 ただし、入り口すぐの通路に設置したモニターで展示していた大浦信行の約20分の短編映像作品《遠近を抱えて Part II》の上映方法を変えた。 一部のシーンが切り取られSNS等を通じて拡散したことを受け、全編見てもらえるよう奥の広い展示空間に移動式のモニターを出し、床に座布団を用意して、各鑑賞時間の後半20分で上映した。 後述するディスカッション付きの回のみは、プロジェクターで壁面に投影し、より大きな画面で集中して鑑賞してもらえるようにした。 (2)入場は各回40分の入れ替え制とし抽選とした。 10月8日は各回30人とし、10月9日から11日は各回35人、以降は40人と安全性を確かめながら徐々に増やしていった。 10月8日のみ2回、10月9日以降は1日に6回公開した。 夜間開館を行なう金曜日は7回とした。 抽選は、当選券を他人に譲渡できないようにするため、リストバンドを用いた。 (3)10月8日のみ写真撮影を全面禁止とした。 10月9日より写真撮影は可能だが、会期中はSNSへの投稿を禁止とした。 また、ほかの観客やスタッフの顔を撮らないようにお願いした。 (4)大浦信行《遠近を抱えて Part II》のみ、作家の意向により撮影禁止とした。 (5)ラーニング・プログラムを追加した。 各回の入場前に、パネルを用いて表現の自由に関するガイダンスを行なった。 準備段階ではガイドツアーという案も一時あったが、前半20分は自由鑑賞とし、後半20分は大浦の映像作品の鑑賞とした。 また、毎日1回、20分の「ディスカッション」付きの回を設けた。 私もそのファシリテーターを務めた。 4人ずつのグループを作り、それぞれが、実際に展示を見てどのように感じたかを一言、1分程度で話してもらうようにした。 10分を目安にグループ替えをする想定だったが、進行の不手際で時間が足りず、グループ替えができなかった回もあった。 相手を説き伏せたり、グループで意見をまとめることはせず、ただ、ほかの人の感想を聞くことを目的にしてもらった。 (6)報道機関の展示室内への立ち入りを制限した。 展示室内への立ち入りは認めず、展示室の外の廊下から取材してもらった。 10月11日のディスカッション付きの会に県政記者クラブの代表カメラを動画1台、静止画1台を入れて取材してもらった。 また、閉場時間中に2回、カメラを持たずにプレス向けに鑑賞していただく時間を設けた。 会期が終了した10月14日の閉場後に初めて、カメラを入れての取材を認めた。 (7)展示室に作家が訪れたときは、作家の了承が得られた場合には紹介し、一言挨拶をしてもらった。 10月8日にパフォーマンスを行なったマネキンフラッシュモブをはじめ、大浦信行、大橋藍、キム・ソギョン、白川昌生、中垣克久、永幡幸司、藤江民などを紹介した。 再開後の「表現の不自由展・その後」でのディスカッションの様子[提供:あいちトリエンナーレ実行委員会事務局] 訪れた来場者の反応 台風の影響により、10月12日は終日トリエンナーレ全体を閉場したが、それ以外の日は最終日までこの方法で不自由展を開くことができた。 安全対策が一定の成果をあげたと評価できるだろう。 まず、入場に関しては抽選がうまく機能した。 抽選はひとりにひとつの番号が割り振られているため、グループでトリエンナーレを訪れた人も一緒に当選する可能性は低く、多くの人は、グループから離れてひとりで不自由展を鑑賞することになった。 通常、2人以上のグループで美術館を訪れ、作品を見ながら話をすることは、自分が気づかなかった視点に気づくこともあり、よい効果も多い。 しかし、今回の不自由展の場合、報道やSNSを通じて、あらかじめ展示についてなんらかの意見を持って見にくる人が多いと想定できた。 その場合、知り合いや仲間どうしで話しながら見ると、作品に向き合うよりも先に、その意見が増幅されてしまうことがある。 例えば、知り合いどうしで来場された方の会話を聞いていたところ、彼らは展示再開に賛成する意見だったが、「なぜこの程度のものが見せられなくなるのか」という意見が会話を通じて、より強められているように感じられた。 また、展示を妨害しようとする人が当選した場合も、ひとりでは行動を起こしにくいように見受けられた。 けっして通常の展示室内と同様ではなく、緊張感のある展示室内ではあったが、大きな声を上げる人や暴れる人はなく、それぞれが作品と向き合っていた。 撮影を禁止した10月8日は、20分の自由鑑賞時間は適切だったが、撮影を解禁した10月9日以降、ほとんどの人がすべての作品を写真に収めており、「鑑賞時間が短すぎる」というご意見を多くいただいた。 しかし、少しでも多くの方に見ていただくために、1回の鑑賞時間は変えなかった。 大浦の映像作品は、ほとんどの方が、途中で離脱してほかの作品を見たりすることなく、最後まで見ていた。 そのため、最初は展示室を明るくしたまま上映していたが、暗いシーンも多いため、途中から部屋を暗くして上映するようにした。 再開後の「表現の不自由展・その後」での大浦信行《遠近を抱えて Part II》上映の様子[提供:あいちトリエンナーレ実行委員会事務局] 「ディスカッション」の時間も落ち着いて話ができていたように感じた。 私は全体の進行をしていたため、個別のグループにあまり入れなかったが、私の聞けた範囲だと近くに住む人、遠くから来た人、美術の好きな人、報道で見たので来た人などさまざまで、それぞれの感想を述べていた。 韓国からの留学生が入っていた回もあったが、冷静に話せていた。 報道機関の展示室への立ち入りを禁じたことも、鑑賞者が落ち着いて作品と向き合うことに貢献した。 カメラがあるとどうしても気になってしまうし、過剰になってしまう。 なかには、40分の鑑賞時間のうち、5分ほどで「なぜこんなものが芸術なのか」と吐き捨てるように言いながら展示室を出て行く人もいたが、展示室の外で待ち構えている報道陣へのアピールの意味合いもあるようだった。 報道の自由を重視する表現の不自由展実行委員会からは、報道機関による撮影を認めないことについて厳しく追及されたが、私は、鑑賞者が作品と向き合う環境を整えることが最優先だと考えた。 作家の挨拶は、特に話してほしい内容は言わず、自由に話してもらった。 人によって内容はさまざまだったが、展示できないことが不当であることを訴える作家も多かった。 これを止めはしなかったものの、私は、なぜその作品を作ったのかについての発言がもっと欲しかった。 そのことを話せるのは作家だけであり、また、せっかく作品を前にしていたからである。 この点については、作家の発言を規制することを過度に怖れ、遠慮しすぎたかもしれない。 鑑賞時間終了後、直接作家に質問する来場者などもいた。 ディスカッションのファシリテーターを務める筆者[提供:あいちトリエンナーレ実行委員会事務局] 展示再開対策の課題 もちろん、このような安全性を重視した特殊な公開方法に課題がなかったわけではない。 まず、多くの見たい人に対して、人数が非常に限定された。 抽選の倍率は回によって異なるが、平均10倍以上であった。 また、抽選に当たって入場した人も、誓約書へのサインや金属探知機によるチェックがあった。 そのことによって、安心して作品を見ることができた面もあるが、ボディチェックを受けるのは信頼されていないようで、気持ちのよいものではない。 さらに、SNSの投稿禁止は、鑑賞者が自由に発信することを制限するものである。 これらの点については、表現の不自由展実行委員会や、一部の出品作家から厳しく批判を受けた。 また、運営には大きな人的コストがかかっている。 展示室内には、各回、数人の表現の不自由展実行委員会側のスタッフと、監視員や上映スタッフとしてトリエンナーレ実行委員会のスタッフが2、3人ついた。 抽選から誘導、荷物預かりにも20人以上のスタッフを要した。 警備対応のため、県庁から各会場にのべ約260人が派遣された。 うち170人が不自由展の会場である愛知芸術文化センターに配属された。 県警の協力も受けた。 要注意人物の場合、展示室内にも私服警官が同行した。 再開にあたり、私が担ったのは全体のごく一部である。 ほかにも、抗議電話対応、警備対応、メディア対応なども重要な要素である。 それぞれの部署で取った実務的な対応と反省点が共有され、今後、公立の美術館等で、政治的テーマを扱う作品の展示にあたり、今回の経験を各館の学芸員が活かしてくれることを願う。 多様な表現が当たり前に展示され、作品を実際に見て受け止め、それに対して自由に意見を交換できるような場に美術館がなっていけるよう、つねに努力を続けてゆきたい。 会期:2019年8月1日(木)~10月14日(月・祝) 会場: 公式サイト:.

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