ちえ 遅れ 言い換え。 主要マスコミ「言い換え」用語集

「ご承知おきください」意味、使い方、類語「ご了承」との違い、英語

ちえ 遅れ 言い換え

遅れ、いわゆる、発達遅滞の同級生とので会った。 正確には内で騒ぐ声を聞いて彼だとわかった。 体育や図工のなど合同で授業するので、のみんなとは面識はあった。 彼はいついかなる場所もえへらえへらと笑い、をはっきりと喋ることができなかった。 のみんなは早い時期から達とは違うんだと気づいた。 小学五年生のときだったか、彼は遅れ 当時は発達遅滞というを教えてくれなかった というな障害だということを理解した。 しかし、は同じを続けていた。 中には彼をう女子もいたが、彼がいなくなると決まって陰口を叩いていた。 頭の中ではわかっていても、彼を同じとは認めていなかった。 で、というオレも同じようなもので触れるのも触るのも嫌だった。 顔からただれる涎がばい菌が移ると思ったこともあったし、の、彼と手を握るのもを覚えたぐらいだ。 そして何よりもオレをヨーゴと呼ぶヤツがいたから、余計、彼とは一緒にいたくなかった。 わけもわからず、なぐりたかった。 だが、小学五年生の時に、 小学のときとは別の が必死に遅れについて熱く語ってくれたのを最後に、オレは心を変えた。 彼を特別視するのをやめ、付き合っていけるようにのと戦いながら、残りの時代を過ごした。 からは彼は児童擁護専門の特別へ行ったので会っていない。 きっと立派なになって、自立したになるんだとを持っていた。 そして、年後、の内で甲高い笑い声が聞こえた。 オレは、ああ、またか、いるんだよな、と思いながら視線を向けると、年前に別れた彼だった。 と同じ障害を持った友達と一緒だった。 彼らがに乗ると友達に、「か」「か」と足らずに言い、友達は「か」「か」と応えた。 近くに居たおばさんは彼らを見て、ああ、運が悪かったな、と的な表情を浮かべていた。 なぜ彼だとわかったか? それは彼ののときから一つも変わっていない顔を見たからだ。 まさかと思いつつ、友達が彼の下のを呼んだことで、やっぱり、そうか、と確証を得たのだ。 彼を遠くから観察していると、同じを繰り返してはきゃきゃと笑っていた。 彼はいきなりをあけて「飲もう」と言って、500mlののを飲んだりして、まさに自由奔放だった。 一方、友達は通路口で隣の内に行き来して、彼にかまってもらいたいという合図を送っていた。 彼はの居た時と変わらないまま、大人になった。 的に大人になったわけもなく、ましてや世間というものについて学んではいない。 大きくなったこどものままだった。 いや、オレは何処かで期待していたのかもしれない。 どんなヒトもいつかは自立したになって、立派になれるんだと夢を持っていた。 しかし、それはない。 それはなかった。 オレもでを見つけられず、家に帰っていた。 時を重ねなれば的に立派になれるんだという式なはない。 何かが欠けているとずっとそのままなんだ、と面食らった気分だった。 到着駅に着き、俺はから出る前にまだ居残っていた彼を見た。 午後四時にのに乗っているオレを見て、笑っているかもしれない。 まるっきり成長していないと会った彼と重ね、オレはを後にした。 発達遅滞の方を悪くいうつもりで書いたわけではない。 に乗車した彼の一面を見ただけに過ぎない。 先日の事件で世間にご迷惑をかけ、発達遅滞の立場が弱くなった中、捨てたはずのをまだ持っていたに、それをなくすでに書いた。 を感じた方がおられましたら、ごめんなさい。 拙い文面失礼しました。

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放送禁止用語辞典(放送自粛用語の基礎知識)「た行」: ネッタイムス・ブログ

ちえ 遅れ 言い換え

「障害」という言葉を考える 「障害」という言葉を考える 懸案だった「障害」という言い方 さて、このホームページでは、「障害者」ではなく、「障がい者」または耳慣れない「知的ハンディキャップ」という言葉を使ってきましたが、このことをどんなふうに感じられたでしょうか。 障がい児(者)の人権を考えるとき、用語問題は避けて通れないと思います。 わが国では、たとえば知力にハンディキャップを受けている場合だけを見ても、「精神薄弱」「精神遅滞」「知恵遅れ」「知能障害児」「知的ハンディキャップ」「知的障害」などが使われてきました。 法律用語など公的な文書での言い方は、長い間「精神薄弱」が使われていましたが、現在は「知的障害」です。 呼称が「知的障害」となるまでには、長い経緯があります。 1950年代から mental retardationの翻訳 語として、医学では「精神遅滞」、法と教育では「精神薄弱」と、使い分けてきました。 その後、アメリカで intellectual disabilityと呼称されるようになり、その機運を受けて、1998年に法改正があり、「知的障害」となりました。 その時、「障害」という言葉自体に不適切語・不快語であるという指摘がありましたが、突っ込んだ吟味がなされず、結局「知的障害者福祉法」「身体障害者福祉法」と言い方が残り、さらに2006年「障害者自立支援法」、2012年「障害者総合福祉法」と引き継がれてきています。 『障がい者』への用語改訂が進む そういう中で、ハンディキャップを人の個性の一部として積極的にとらえ、「害」の文字のマイナスイメージを払拭したいとの思いから、「障害者」 を「障がい者」に改訂する動きが、自治体や団体等で広がりました。 志木市では、2001年から文書はすべて「障がい者」に統一しました。 天童市・板橋区・多摩市・町田市・美唄市・大分県等においても同じような動きがありました。 また、企業の花王・NTTドコモ・ヤマト・東芝・ソニーなどが「採用欄」に「障がい者」を使っています。 NHKのホームページでも、採用の質疑やイベント案内では、やはり「障がい」になっています。 この動きは、各地の社会福祉協議会や福祉関係の団体においても出てきています。 しかし、用語を変えても、人々の意識が変わらない限り、同じことの繰り返しになるという意見もあります。 しかし、日本人には、言霊と言われているように、言葉の持つ力について特別な思い入れがあります。 声に出した言葉が現実に対して何らかの影響を与えると信じられ、良い言葉を発すると良いことが起こり、不吉な言葉を発すると凶事が起こると考えてきました。 言葉によってものを考え、判断し、自分が発する言葉によって相手に思いや情報を伝え、影響を与えてきました。 言葉を変えることは意識を変えることになっているのです。 2002年、「看護婦」・「保健婦」・「助産婦」・「保母保父」が「看護師」・「保健師」・「助産師」・「保育士」に変わりましたが、これは男女平等雇用均等の思想によるものです。 同じ考えから、「婦人」・「父兄」・「キーマン」・「家内・主人」は、「女性」・「保護者」・「キーパーソン」・「妻・夫」に変わりました。 また、「精神分裂病」は「統合失調症」に、「痴呆」は「「認知症」に変わりました。 病者の人間的価値を貶め、高齢者への尊厳や労りを欠くと考えられたからです。 こうした動きに合わせ、この本では、とりあえず「障がい」あるいは「知的ハンディキャップ」と表記してみました。 (『誕生日ありがとう運動のしおり』に基づいてまとめました。 ) 次に、用語改正に早くから取り組んでいる、誕生日ありがとう運動本部の広報紙『誕生日ありがとう運動のしおり』に掲載された、伊藤隆二氏(現在東洋大学教授)の提言を二つ紹介したいと思います。 名は体を表す 「名は体を表す」といいます。 私たちが長い間、使ってきた「障害児」「障害者」から「よいイメージ」を思い浮かべる人はほとんどいません。 なぜならば「障害」は「妨害」とか、「邪魔」とか「あってはならないもの」を表しているからです。 近くの駐車場には「車の通行にとって障害となるものは撤去します」という表示が出ていて、私は毎朝、毎夕そこを通るたびにイヤな気持ちになります。 そのイヤな「障害」という二文字をなぜ人間の形容詞に使わねばならないのでしょうか。 ある小学校の教師が「害」は人びとにとってよくないものをいうときに使います。 例えば害虫、害鳥がそうですほかに何かあるでしょうか。 、と子どもたちに質問したところ、多数の子どもたちが「障害児」と答えた、という話を聞きました。 みなさんも「害」のつく言葉を沢山あげることができるでしょう。 「水害」「公害」「災害」「危害」「冷害」「迫害」「毒害」「侵害」「殺害」「傷害」「損害」「弊害」「害悪」などなどです。 ものの本によりますと、この「害」は動詞では「そこなう」と読み、「傷つく」「切り裂く」「打ち割る」「破る」「妨ぐ」「憎む」「忌む」といった意味を含んでいる、とあります。 また名詞では「災難」「妨げ」「不利」「災禍」などと同じ意味だと説明されています。 いずれにせよ、「害」は破壊的で人びとの生活にとってマイナスになるということを表しているのです。 2.私は猛省する 「障害」という表記が、いつ、だれによってなされたかは知りませんが、古い書物を見ると「障礙」「障碍」という漢字が使われていたことがわかります。 「障」も「礙」も「さしつかえる」「さまたげる」という意味ですから、肉体上、あるいは精神的働きの面で、何か損傷を受けた人が、この社会での生活、学習、勤労などの面で「さしつかえている(妨げられている)」場合を「障礙」「障碍」というのは不都合ではないかもしれません。 しかし、「礙」「碍」が当用漢字にないからといって、いきなり「害」をあて、それ以来「障害児」「障害者」がひろがってしまったというのは、あまりに安易であったし、無神経のそしりはまぬがれないでしょう。 私自身、その無神経な一人であったのであり、弁解の余地がないわけですが、今この段に来て、猛省し、悔い改めようと決意しているので読者のみなさんのご賛同を得たいのです。 ときあたかも私どもの『誕生日ありがとう運動』をはじめて25年、この「運動のしおり」第101号になり、ここを一つの「節目」として、「障害児」「障害者」の改名をよびかけようと、思ったわけであります。 この運動に参加した私どもは、初めからこの子らについて誤解し、いわれのない差別感や偏見をもっている人たちに、一人でも多く正しい理解者になっていただきたいという願いを抱き続けていました。 にもかかわらず私ども自身、「障害児」「障害者」という言葉を使っていたのですから、真っ先に糾弾されなければならないのは私どもなのです。 とくに私は人の数倍も苦い薬を飲まねばならないと思っています。 3.言葉は意識を変える 先日、たまたまある出版社の編集室にいたとき、編集者の一人が電話で、だれかに「障害児」という漢字を教えているのを聞きました。 「障害」の障はジャマスルの障。 それ、故障という漢字があるでしょ。 その障。 こわれて使いものにならないということ。 害は有害の害。 そう、害毒の害。 害毒を流す、というでしょ。 人間にとって罪なものですよ。 」 その編集者が、今、せっせと『障害児の育成』というタイトルの本を作っているのですから、なんとも奇妙ではありませんか。 名や表記を変えるだけではダメだ、大事なのはこの子らへの蔑視を改め、その人権を守るという意識革命だよ、という人もいます。 私もその人の意見に賛成しないわけではありません。 かつてこの子らは「人類の廃棄物」「社会の妨害者」「廃人」「瘋癲白痴」「低能児」「問題児」「能なし」「知能欠陥児」などと呼ばれていました。 それらの言葉を使っていた当時の人びとは、この子らを、実際に、字義通りに見ていたのだろううし、かつ邪魔者として扱っていたのです。 しかし、人びとの意識が変わるとともに、この子らの表記も変わっていきました。 いえ、これはあべこべだったというべきでしょう。 この子らの表記を変えることで、人びとのこの子らへの目も意識も態度も変わっていったというのが正しいと私は思っています。 「低能児」に代わって「精神薄弱児」とか「精神遅滞児」が登場してきました。 しかし、薄弱からも遅滞からもよいイメージが浮かべられないということで、あたりのいい「ちえおくれ」が使われ出しました。 精神は全人格を表示する言葉であったとするならば、精神薄弱(精薄と略された)はどうしても全人格の欠陥がイメージされるされることが避けられませんでした。 4.「ちえおくれ」も問題 その点「ちえおくれ」はちてきハンディキャップを強調するというので受け入れられやすかったともいえます。 しかし、今ここに来て、私は「ちえおくれ」も変えなければならないと、真剣に思っているところです。 「知恵」はキリスト教でも仏教でもきわめて重要な概念であり、それを知らずに、いとも簡単に「ちえおくれ」といってしまうのは大問題だからです。 もちろん「おくれ」も差別語です。 この子ら一人ひとりはそれぞれに独自的な存在であり、それぞれの違いは個性をあらわしているのであって、それを無視し、一括して「おくれ」というのは蔑ご以外の何ものでもないからです。 ともあれ、名や表記を変えるだけではダメだというのは確かですが、だからといって悪いイメージしか与えない言葉を使い続けていいとはいえません。 これからは「イメージ時代と言われているだけに「障害児」「障害者」という言葉はいっそう気になります。 「障害」は英語ではハンディキャップという言葉に相当するようですから、「知力の障害」は、「知力のハンディキャップ」と和洋語にしてしまう手もあります。 「障害」を社会にとって「さしつかえ、有害である」のではなく、社会の側からそれを背負わされている、というように逆転すれば、この子らは「ハンディキャップを負わされている子どもたち」というのが正しいでしょう。 日本語でいえば「障害をもつ子」ではなく、障害を受けている子」ということです。 それにしても「障害」という二文字はどうしてもいただけません。 「ハンディキャップ」とカタカナにするのも妙案ですが、長すぎますし、すでに「ハンディキャップ」イコール「障害」という公式が人びとの頭に定着してしまっていますので、今後は使用にたえないでしょう。 5.この子らは「啓発児」なり そこで私は「この子らは世の光なり」という思想に立脚し、かつこの子らが人びとを啓発し、新しい社会を創る主人公である、という信念から、この子らを「啓発児」と呼ぶことを提唱したいのです。 したがって、この子らの教育をこれまでは「特殊教育」とか「障害児教育」といっていましたが、今後は「啓発教育」と呼ばれることになります。 この子らの養護学校は今後は「啓発学校」になります。 さらにこまかく見ていくならば、盲教育は啓視教育、盲学校は啓視学校、聾教育は啓聴教育、聾学校は啓聴学校と呼びかえられることになります。 知力ハンディキャップの子どもの教育(かつては精薄教育といわれていた)は啓知教育、この子らの学校は啓知学校と呼びかえられることになります。 盲児は啓視児、聾児は啓聴児、「ちえおくれの子」は啓知児と呼ばれるようになれば、人びとのイメージも明るくなるでしょうし、未来に向かって希望を抱くことにもなるでしょう。 「啓発」は、もともと無知蒙昧な状態をひらいていく、という意味であり、それは「先見の明」の人のすることと思われていました。 そういう人は見識のある、いわゆる偉い人というイメージがありましたが、私は今、この世は知力のつよい者、貪欲な者、要領のよい者によってほとんど完全に支配され、破滅の道をまっしぐらに突き進んでいるように思えてならないのです。 明日の社会をひらくのは偉い人ではなく、知力は弱いが、悪事には無縁で、ただ純粋に、清らかに生き、人びとに生きる希望や喜びを与え続けているこの子ら以外にはいない、と私は確信しています。 私のこの確信の根拠については『この子らは世の光なり』(樹心社)でも述べましたが、まもなく樹心社から上梓される『なぜ「この子らは世の光なり」か』(仮タイトル)という拙著でくわしく述べています。 「障害児」ではなく「啓発児」に、「障害教育」ではなく「啓発教育」に、「障害福祉」ではなく「啓発福祉」にかえることに賛同してくださる方が一人でも多くなることを心から願っています。 しかし、そのいずれもこの子らの実相を正しく伝えていないばかりか、それらの言葉がこの子らへの偏見や蔑視を助長し、この子らの(その両親の)心を深く傷つけていることを私たちはよくよく知らねばなりません。 不快語を一掃せよ この世には、使っては困る言葉がいくつもあります。 「障害児」のほかにも、例えば「痴呆」「分裂病者」「異常者」「特殊児童」「問題児」「植物人間」「欠陥人間」などがそうでしょう。 そうした言葉を使う人は「言葉があるから使うのだ。 使って何がわるいか」というのですが、そのような言葉で言われた人がどんなに心に深い傷を負うか、ということには鈍感なのです。 端的に言って、この世から人の心を傷つける言葉を一掃するのがホモサピエンスといわれる人の役割であり、義務なのです。 ナッツと呼ばれた子ら 外国にも言葉の問題がありました。 パール・バックさんの名著『母よ嘆くなかれ』(法政大学出版局)の中には、この子らを人びとが「ナッツ( nuts)」と呼んでいた、と書かれています。 この「ナッツ」は、アメリカの俗語で、「くるくるパー」を意味します。 またパール・バックさんご自身、この子らを「メンタリーデフィクティブ・チャイルド( mentally defective child)と呼んでいました。 (1950年)直訳すれば「精神的欠陥児」となるでしょう。 しかし、この子らは純真であること、また正直で、誠実で、無言のまま、その存在によって周囲の人たちに正しい生き方を教えている恩師であると、とらえ直されたのは、さすがパール・バックさんです。 「障害児」は誤訳である この子らを「精神的欠陥児」という言い方は今は完全にすたれましたが、それに代わって「インテリクチャリー・デイスエイブルド・チャイルド( intellectually disabled chaild)が広く使われるようになっています。 この言語を直訳すれば「知力の面で、未だに十分に発揮できない状態にある子ども」となりますが、意訳すれば、「知力が条件さえよければいずれはそれなりに発揮される子ども」ということになりましょう。 ところがこの言語を日本の誰かが「知的障害児」と訳して、広めてしまったのです。 デイスエイブルド・チャイルド( disabled chaild)を「障害児」としたのは完全な誤訳です。 中国では「残疾人」と呼ぶ 漢字の母国である中国ではどうでしょうか。 中国に留学したことのある友人の話によると、「障害者」の三文字は「邪魔者」と同じになるということです。 つまり、それは「障害物」と同じ意味なのです。 その中国では「残疾人」が広く使われているようですが、「残疾」は私たちが使っている「後遺症」と同じだといえましょう。 ちなみに養護学校を「培智学校」と呼んでいるところもあります。 ユネスコの用語集では 1983年にユネスコが『特殊教育用語集』( Terminology of Special Education)の第二版を出し、邦訳書も出していますが、それには英語、フランス語、スペイン語、ロシア語の関係語が収録されています。 (邦訳書にはドイツ語とスウェーデン語もつけ加えられています。 ただ、大変残念なことですが、ディスアビリティ( disability)のみならず、「インペアメント( impairment)」「ハンディキャップ( handicap)」「ディスオーダー( disorder)」「デフィシェンシー( dificiency)」「ディフィカルティ( difficulty)」など(同類の諸外国語)がすべて「障害」と訳されていて、言語のニュアンスが掻き消されています。 否定から肯定へ いま、多くの国で人の心を傷つける不快な言葉を捨てて、新しい快いものを創ろうという、いわゆる用語改正に取り組んでいるのはこの子らを正しく理解し直そうという動機によるものと推察できます。 言葉を変えれば意識は変わる 外国のこうした動きは否定的な見方から肯定的な見方への転換を巻き起こしているといえましょう。 しかし、わが国には「障害物」を連想させる「障害者」を使い、この子らの心を傷つけている人が多く、「言葉を変えても人びとの意識は変わりませんよ」などと、用語改正運動に冷たい水を差しています。 じつに困ったことです。 『誕生日ありがとう運動のしおり』増刊127号(1996年11月発行)から転載.

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索引「ちえ」

ちえ 遅れ 言い換え

遅れ、いわゆる、発達遅滞の同級生とので会った。 正確には内で騒ぐ声を聞いて彼だとわかった。 体育や図工のなど合同で授業するので、のみんなとは面識はあった。 彼はいついかなる場所もえへらえへらと笑い、をはっきりと喋ることができなかった。 のみんなは早い時期から達とは違うんだと気づいた。 小学五年生のときだったか、彼は遅れ 当時は発達遅滞というを教えてくれなかった というな障害だということを理解した。 しかし、は同じを続けていた。 中には彼をう女子もいたが、彼がいなくなると決まって陰口を叩いていた。 頭の中ではわかっていても、彼を同じとは認めていなかった。 で、というオレも同じようなもので触れるのも触るのも嫌だった。 顔からただれる涎がばい菌が移ると思ったこともあったし、の、彼と手を握るのもを覚えたぐらいだ。 そして何よりもオレをヨーゴと呼ぶヤツがいたから、余計、彼とは一緒にいたくなかった。 わけもわからず、なぐりたかった。 だが、小学五年生の時に、 小学のときとは別の が必死に遅れについて熱く語ってくれたのを最後に、オレは心を変えた。 彼を特別視するのをやめ、付き合っていけるようにのと戦いながら、残りの時代を過ごした。 からは彼は児童擁護専門の特別へ行ったので会っていない。 きっと立派なになって、自立したになるんだとを持っていた。 そして、年後、の内で甲高い笑い声が聞こえた。 オレは、ああ、またか、いるんだよな、と思いながら視線を向けると、年前に別れた彼だった。 と同じ障害を持った友達と一緒だった。 彼らがに乗ると友達に、「か」「か」と足らずに言い、友達は「か」「か」と応えた。 近くに居たおばさんは彼らを見て、ああ、運が悪かったな、と的な表情を浮かべていた。 なぜ彼だとわかったか? それは彼ののときから一つも変わっていない顔を見たからだ。 まさかと思いつつ、友達が彼の下のを呼んだことで、やっぱり、そうか、と確証を得たのだ。 彼を遠くから観察していると、同じを繰り返してはきゃきゃと笑っていた。 彼はいきなりをあけて「飲もう」と言って、500mlののを飲んだりして、まさに自由奔放だった。 一方、友達は通路口で隣の内に行き来して、彼にかまってもらいたいという合図を送っていた。 彼はの居た時と変わらないまま、大人になった。 的に大人になったわけもなく、ましてや世間というものについて学んではいない。 大きくなったこどものままだった。 いや、オレは何処かで期待していたのかもしれない。 どんなヒトもいつかは自立したになって、立派になれるんだと夢を持っていた。 しかし、それはない。 それはなかった。 オレもでを見つけられず、家に帰っていた。 時を重ねなれば的に立派になれるんだという式なはない。 何かが欠けているとずっとそのままなんだ、と面食らった気分だった。 到着駅に着き、俺はから出る前にまだ居残っていた彼を見た。 午後四時にのに乗っているオレを見て、笑っているかもしれない。 まるっきり成長していないと会った彼と重ね、オレはを後にした。 発達遅滞の方を悪くいうつもりで書いたわけではない。 に乗車した彼の一面を見ただけに過ぎない。 先日の事件で世間にご迷惑をかけ、発達遅滞の立場が弱くなった中、捨てたはずのをまだ持っていたに、それをなくすでに書いた。 を感じた方がおられましたら、ごめんなさい。 拙い文面失礼しました。

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