集団 ヒステリー。 なぜ人は大規模な集団ヒステリーを起こすのか

白鴎大学教授の岡田晴恵氏、米国の黒人死亡抗議デモに「集団ヒステリー」発言で批判|ニフティニュース

集団 ヒステリー

集団ヒステリーの恐怖 この数ヶ月、世界で泣きたくなるような事態に陥っている。 新型コロナウィルスのせいで、これまで見たことのないような規模で、人々が集団ヒステリーに陥るのを目の当たりにしているからだ。 マスクやトイレットペーパーを買いあさったり、同調圧力と相互監視である種の悪夢をみているかのようだ。 辛いとき、苦しいときは、みんなで協力しあい、肩を寄せ合って互いに励まし合うものなのに、この新たな脅威はそれもかなわない。 人と距離をおいて、あえて孤独を貫くソーシャルディスタンスを課さなくてはならないのだから、集団ヒステリーを引き起こすのに十分な状態だ。 ・集団ヒステリーとはなにか? ある出来事や人物に脅威を感じた人々の集団が、共通してもつ心理状態のことで集団パニックとも呼ばれている。 歴史を通して多くの例がある。 セイラム魔女裁判 1692年2月末、マサチューセッツ州セイラムの小さな村で、ふたりの少女が全身を痙攣させ、金切り声をあげて、発作を起こし始めた。 村や牧師はこれは魔術のせいだとして、少女たちに呪いをかけたとされる魔女たちを名指しした。 密告の数は徐々に増え始め、1693年には200人以上の女性たちが魔女だとして告発され、30人が有罪にはり、19人が死刑になった。 精神的に不安定なふたりの少女がいたずらで騒ぎ出しただけだったのに、結果的に数えきれないくらいほどの女性たちが捕まり、おぞましい魔女裁判を受けるはめになったのだ。 image by: ルイジアナの集団痙攣 1939年始め、ルイジアナ州の学校に通うひとりの少女の足が奇妙に痙攣し始め、それが悪化した。 足の痙攣はほかの子どもたちにも急速に広まり、いろいろ調べてもどこも悪いところは見つからない。 奇妙な足の痙攣を訴える少女たちの数は増える一方だったが、原因はわからなかった。 親たちは、原因がはっきりするまでは子どもたちを学校に通わせないようにした。 数週間たつと、痙攣騒ぎは落ち着いたかに思えたが、なにが原因だったのかは、やはりわからなかった。 調査の結果、最初に症状が出たヘレンという少女に焦点が絞られた。 ヘレンはダンスができないため、ダンスの授業が嫌いだった。 しかし、ボーイフレンドが自分よりダンスのうまい女の子に誘惑されるのではないかと常に心配していた。 ヘレンは、足の痙攣に苦しんでいるふりをして、ダンスの授業をさぼり、ボーイフレンドへの言い訳にしていたのだ。 Pixabay ビン・ラーディン・イッチ 2001年、911アメリカ同時多発テロ事件の悲劇の後、子どもたちの間で奇妙な発疹が流行った。 皮膚の痒みは数時間で終わることもあれば、数週間続くこともあり、医者も親も原因には心当たりはなかった。 一部の親たちが、これは生物テロ攻撃ではないかと言い出した。 2機の航空機がビルに突っ込んだときの恐怖がよみがえったのだ。 非常に多くの小学生に発疹が出たため、この不可解な現象は、ビン・ラーディン・イッチと呼ばれるようになった。 発症者が増えるにつれ、原因もわからないため、パニックやヒステリーが高まった。 疾病管理センターが調査に乗り出した結果、最初に生物テロではないかという恐怖を感じて、子どもや親たちが、普段よりも皮膚を注意深く観察したせいだということがわかった。 発疹の発症例がいつもより多く報告されたために、その数字の増加が集団ヒステリーを引き起こすきっかけになったのだ。 iStock ・コロナ禍における集団ヒステリーの問題 コロナ禍の場合はどうだろう? ことあるごとに、コロナ、コロナと話題にしていないだろうか? 知らず知らずのうちに集団ヒステリーに飲み込まれて、慌ててスーパーで物を買いしめていないだろうか? 常に更新される感染者数、死者数の情報が、わたしたちの不安を煽っていないだろうか? 政府の出す命令にどこか怯えていないだろうか? 人々がヒステリー状態になるのは無理もない。 さまざまに異なる多くのソースからの情報が嵐のように耳に入ってくると、大変だ!という事の重大さに圧倒されてしまう。 今、わたしたちがこの異常事態を生きているのは確かだが、集団ヒステリーに陥るのは、ほかに真の問題があるからなのだ。 ・集団ヒステリーに陥ると、人は真実ではないことまで簡単に信じてしまう。 ・まんまと騙されて、それが実際よりもはるかに悪い状況だと思い込んでしまう。 ・普段ならなんのことはない冷静な行動ができなくなり、愚かで自分中心なふるまいに出てしまう。 ・間違った情報が広まり、さらに不安を煽られてしまう。 Pixabay ・集団ヒステリーに対処するためには? コロナ禍が、2009年のインフルエンザの流行よりも遥かに悪い状況なのは確かだ。 だからといって、パニックになる必要はない。 この異常なご時世、家に籠って不安をつのらせるのは簡単だ。 不安やイライラを他人にぶつけるのもたやすい。 だが精神の健康はダイレクトに肉体的健康に影響をもたらす。 心の平穏を保つためには、不確かな情報に一喜一憂せず、心に栄養を送るための情報に積極的に触れていってはどうだろう。 誰もが初めて体験する未知のウイルスである。 研究結果は日々更新されていき、昨日までの常識が覆されることもある。 だが人類はこれまで、様々なウイルスを克服していったのだ。 紆余曲折を経て、必ず終わりはやってくる。 アフターコロナの世界へ向けて、今だからこそできることをやっておこう。 コロナは我々に大災難をもたらしたかもしれないが、それによりこれまで非効率だったものが改善されているのも事実である。 命には終わりがある。 そしてそれこそが我々人類に与えられた唯一の平等なのだから、例え世界がどうあろうとも、明日の為のりんごの木を植えていこう。

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集団ヒステリーやパニックに陥らない。災害時の正しい脱出方法

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新型コロナウイルス感染拡大に伴う緊急事態宣言から1カ月近くが経過し、社会の機能不全は長期化の様相を呈している。 歴史を振り返れば明治以降にまん延したコレラで健康を侵されることを恐れた人々が、患者に危害を加え、差別や暴動に至った経緯がある。 大手前大学総合文化学部の尾崎耕司教授(公衆衛生史)は「不安による集団ヒステリーが社会規模で広がると、普段であれば理性的に対応できる人も、どんどん追い詰められていく」と警鐘を鳴らす。 (井原尚基) 明治期の日本ではコレラがしばしば流行し、1879(明治12)年と86(明治19)年には国内での死者が10万人を超えた。 「コレラで亡くなる人が多いのは、生きている患者が殺されているからだ」。 79年の流行時、新潟ではこんなデマが広がった。 一部の住人が毒をまいたと疑われ、私刑にしようとする民衆と保護しようとする警官が衝突、暴動が発生したという。 愛知でも同年、警察官が井戸の周囲を消毒しようとした際、住人から「毒を入れている」と疑われ、暴動が起きた。 尾崎教授によると、コレラ患者に対する危害は、デマだけでなく、実際に行われたという。 85年、長崎市の高島炭鉱でもコレラが流行し、苦しんでいる患者が、亡くなった患者とともに海岸へ送られ、鉄板の上で生きたまま焼き殺されたとの記述が、当時の新聞にある。 また、1925(大正14)年に発行されたルポルタージュ「女工哀史」は、大阪の工場でコレラ患者が増えた際の様子を記録。 工場側が患者の存在を隠そうとしたためコレラが広がり、工場主が医師を買収して感染者に毒を飲ませ、数百人の女性が殺されたとある。 「予防法も治療法も分からない状況で人々の恐怖心や不安が大きくなったため、いたましい出来事が起きた」と尾崎教授。 一般の住宅でも、患者は行政によって有無を言わさず家族と引き離されたといい、残された家族らが、悲しみと怒りから病院を襲撃する事件が各地で起きた。 集落ぐるみで患者を隠し、結果として感染を拡大させた事例も見られたという。 患者と家族との面会が制限されるといった明治期の悲劇は現代の日本と通じるものがある。 過去の教訓を踏まえ、尾崎教授は「行政機関は、患者や家族の怒りや悲しみに寄り添う必要があり、予防法などの情報提供をより充実させることが求められている」と訴える。 【おざき・こうじ】1963年、大阪府岸和田市出身。 96年、神戸大大学院文化学研究科博士課程単位取得退学。 日本近代史を専門とし、特に医療や公衆衛生を研究している。 論文に「万国衛生会議と近代日本」など。 【記事特集リンク】.

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【コロナ寄稿】スウェーデンを憂い、日本集団ヒステリーの団体責任を問う(ケゾえもん)

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火事や地震などの非常事態により パニックになった大群衆が非常口に殺到する光景を思い浮かべると、リアルに恐怖を感じます。 最近、ニューヨークの地下鉄の駅の狭いプラットフォームに人が溢れ過ぎて、通過する列車と接触しそうになった光景を撮影したビデオがTwitterで拡散されました。 WOWS.... — 🅙🅤🅐🅝🇩🇴 🅑🅐🅖🅞 JuanBago 万が一、火事や列車の脱線などの緊急事態が発生したら、地下鉄の乗客がその駅を無事に脱出できる可能性は、かなり低かったと思われます。 コンサート会場やスタジアムのように、大勢の人がいる閉鎖された空間のことを考えてみましょう。 非常事態に混乱して無秩序になっている大群衆が出口に殺到する場面に居合わせてしまったら、どのような行動を取れば安全に避難できるのか専門家に聞いてみました。 同氏によれば、 パニックに陥った人々は必ず出口に殺到してしまうものなので、絶対にパニックになってはいけないそうです。 イベント会場は来場者の安全に責任があるので、最初に非常時の脱出の仕方を明確にして、人々が混乱しないようにすべきです。 ガイダンスや情報や安全な避難所への誘導が無いと、混乱を招き、人々は生命の安全を損なう行動を選択をしてしまうかもしれません。 生命保存本能で自己防御とパニックになり、他人と争って、出口に殺到することになるでしょう。 大群衆が一斉に逃げ惑う場面を映画で見ると、転んで群衆に踏みつけられることが一番怖い感じがしますが、 実際に怖いのは酸欠です(圧縮性窒息と呼ばれます)。 常に平常心を保ち、意識を集中して、周囲の状況を把握しましょう。 叫んだり怒鳴ったりしたいのはやまやまですが、酸素が無駄になるのでやめましょう。 群衆の力には勝てないので、ケガをするかもしれません。 ですから、全体のペースにあわせて動きましょう。 間違っても、 ひざをついたり、立ち止まったり、他人を押したり、落としたものを拾ったりしようとしてはいけません(リスクに見合うだけの価値が無い行動です)。 は、大群衆の中にいるときは、 手を胸元に置き、足元をしっかり保つ「ボクサーのような」姿勢をとることを勧めています。 一般的には一番近くの出口を見つけることが勧められますが、全員が同時に殺到すると、潰されてしまいます。 Wertheimer氏は言います。 多少遠くても、別の出口を使うことも視野にいれましょう。 人をよけながらジグザグに進み(まっすぐ進むと、前の人を押しのけるだけで終わってしまいます)、 人混みの端っこに行くようにしてください。 それができないときは、 柱などの堅固な建造物を見つけてください。 群衆は、そこにぶつからないように動くので、安全を保ちながら身を隠すことができます。 出口に通じる通路も身を置くのに安全な場所だとは思わないでください。 によると、 出口に通じる通路にいると「さまざまな方向に押されます」。 人々は一方向に向かうわけではないので、群衆の中にいると多方向から圧力を受けて全然動けなくなることがあります。 それができないときは、 身体を横向きにして丸まり、頭を両腕で覆ってダメージを最小限に抑えてください。 そして、立ち上がれるようになり次第、すぐに立ち上がり、全力で人の群れの外側に向かって移動するようにしましょう。 そうすれば、無事に会場を脱出して、愛する人に電話することができるでしょう。 あわせて読みたい.

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