アーノルドクラシック。 アーノルドクラシックとは〜アーノルドクラシックの意味 筋肉大全

来年3月にアメリカ・コロンバスで開催される「アーノルド・クラシック・アマチュア」に、「チームNPCJジャパン」として参加することが認められました。

アーノルドクラシック

ざっくり言うと• アーノルドシュワルツネッガーが始めたスポーツのお祭り 実際は、正式名称は 「アーノルド・スポーツ・フェスティバル」といいます。 イベント中に開催される「アーノルドクラシック」というボディビル競技が有名なため、アーノルドクラシックと呼ばれるほうが一般的。 1989年、アーノルドシュワルツネッガーがボディビルコンテストをメインに始めた大会で、アメリカの他にもオーストラリア、南米アメリカ、アフリカ、アジア、ヨーロッパなど、全世界で開催されます。 ボディビルの他にも、格闘技・クロスフィット・オリンピックスポーツなどの様々な競技があり、まさに「スポーツのお祭り」といえるイベントです。 期間:毎年3月初旬の3〜4日間• 場所:アメリカ、オハイオ州コロンバス• 参考: ミスターオリンピアがボディビル寄りで、アーノルドクラシックはスポーツ寄りというイメージかな。 アーノルドクラシックで開催されるスポーツ、フィットネス展示会 アーノルドクラシックでは、幅広い種類のスポーツ競技が開催されます。 ボディビル競技(プロ、アマチュア) プロとアマチュアに分けられ、ボディビルコンテストが開催されます。 アーノルドクラシックの目玉イベントです。 (詳しくは後述) 他にはこんな競技も。 オリンピックスポーツ:柔道、アーチェリー、フェンシングなど• ストレングススポーツ:アームレスリングなど• ボクシング:プロ、アマチュア含むボクシング• マーシャルアーツ:空手、テコンドーなど• キッズイベント:10代向けイベント• 教育:運動についてのセミナー 参考: MEMO ほとんどのプロ選手は、サプリメントやフィットネスアパレルなどの会社とスポンサー契約を結び、収入を得ています。 アーノルドクラシックのメインはボディビル アーノルドクラシックの目玉イベントはなんといっても、 ボディビルやフィジーク競技です。 これを見るために多くのファンが集まっているといっても過言ではありません。 選手たちはここで勝てば、名実ともに世界の超トップクラスの仲間入りができます。 競技は大きく「プロ」と「アマチュア」に分けて開催されます。 競技の種類を細かく見ていきましょう。 プロクラス 「プロ」とは、いろいろな大会を勝ち上がって、IFBBというボディビル団体にプロとして認められた選手のことを指します。 非常に高いレベルで競い合うので、イベントで最も盛り上がるところ・・! ただ、もうひとつのボディビルイベントである「ミスターオリンピア」の上位選手は、アーノルドクラシックに出場しないことが多いです。 おそらくですが、ミスターオリンピアのほうが知名度、注目度などトータルで上のため、上位選手はそれに合わせて準備をするのかな、というのが私の意見です。

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アーノルドクラシック

こんにちは、パーソナルトレーナーのダイナマイト息子()です! アーノルド・シュワルツェネッガー。 おそらく、日本で「ハリウッド俳優といえば誰?」と聞くと、100人のうち20人くらいは「シュワちゃん」と言うでしょう。 俳優として数々のヒット作に出演し、日本でも大人気の彼。 ですが、彼は俳優として以上に、 ボディビルダーとしてヤバい男だったのです。 彼なくして、現代ボディビルは存在していません。 一言で言えば、 ボディビル界のマイケル・ジョーダンです。 今回は、そんな彼の、 ・ボディビルにおけるキャリア ・トレーニング法 ・食事内容 ・ステロイド使用について ・アーノルド畜生伝説 ・モチベ爆上げ至極の名言集 などボディビルダーとしての一面を解説していきます。 もくじ• アーノルド・シュワルツェネッガーのプロフィールとボディビルダーとしての経歴 ・身長 190. 5cm ・体重 102. 6kg ・上腕 55. 8cm ・胸囲 144. 8cm ・ウエスト 76. 2cm ・もも周り 71. 39cm ・ベンチプレス 240kg ・スクワット 247kg ・デッドリフト 320kg 生まれた瞬間からマッチョ…ではなかった アーノルドの両親は、ともに警官として働いていました。 1947年にアーノルド誕生。 今では想像できませんが、 ガリガリな子供だったそうです。 そんな彼には1個上の兄がいて、父親にとても可愛がられていました。 一方で、アーノルドは「お前は俺の子供じゃない」とまで言われる始末。 結局、彼と父親の溝は生涯埋まることはありませんでした。 母親とは仲が良かったようです。 筋トレとの出会い|15歳でステロイドの使用を開始 アーノルドは、サッカーを子供の頃から楽しんでいました。 ある日、所属するサッカーチームのコーチがアーノルドをジムに連れていきました。 ここで、彼は初めて筋トレと出会います。 その後、短期間で体が変わるのを実感したアーノルドは、すぐに筋トレにハマっていったそうです。 これが14歳の時。 ちなみに、15歳の頃にはアーノルドは ステロイドを使い始めています。 早すぎだろ。 当時は、まだステロイドの悪い側面についての情報があまりなかったので、気軽に使ったのだと思います。 兵役中もボディビルに熱中 当時のオーストリアには兵役があり、18歳になったアーノルドも軍に入ることに。 この頃からボディビル大会に出場し始め、少しずつヨーロッパで名の知られる存在になっていきました。 厳しい兵役をこなしながらコンテストに向けて仕上げるのは大変ですが、それでも結果を残したアーノルド。 やはり凄まじい才能の持ち主です。 無断で脱走してボディビル大会に出場し、懲罰を食らったこともあったそうですが。 ミスター・ユニバースへの道 1年間の兵役を終えると、アーノルドは当時世界最高峰のボディビル大会に挑戦することを決意しました。 それは、ミスター・ユニバース。 当時、ミスター・オリンピア(現代ボディビル最高峰)はまだ始まったばかりでした。 生まれて初めて飛行機に乗り、ロンドンへ。 19歳のアーノルドは、世界という壁にぶつかって人生初の挫折… はしませんでした。 なんと、世界最高峰の大会で いきなり2位に入賞したのです。 さらに運がいいことに、この大会を見ていたベテランのビルダーのチャールズさんが、アーノルドにコーチをすると申し出てくれました。 こうしてロンドンに住むことになったアーノルドは、リベンジのために筋トレに励みます。 翌年、ミスター・ユニバースであっさり優勝。 まだ20歳ですよ。 (1969年のユニバース。 めちゃくちゃ画質いい。 そしてアーノルドが既に超デカい) 体1つでアメリカへ移住|オリンピアへ この頃、アメリカではというおじさんがIFBB(現世界最高のボディビル団体)を設立し、 ミスター・オリンピアという大会を開催していました。 現在では、オリンピアは世界最高の大会ですが、当時はユニバースの方がレベルが上でした。 オリンピアを世界一の大会にしたいウィダーは、有望な若手選手を囲い込むことでオリンピアを成長させようと考えたのです。 そこで目をつけたのがアーノルド。 ウィダーは、彼に「俺が面倒見るからアメリカに来い。 一緒に世界を変えよう」と誘い、アーノルドは所持金20ドルでアメリカに移住。 建設のバイトをしながら、聖地ベニスのゴールドジムでトレーニングを始めました。 仕事中にプロテインをおもむろに取り出し、ガブ飲みしてたので変態だと思われていました。 当時は、英語もまともに話せず苦労したそうです。 オリンピア初出場は、1969年。 しかし、この時は当時オリンピアを2連覇していたに敗北。 アーノルドは「 マジで勝てるわけねえだろと思った。 人生で初めて壁にぶち当たった」と語っています。 翌年、アーノルドは驚きの戦法に打って出ました。 アーノルド畜生伝説その1:しょうもない嘘 翌1970年、アーノルドはリベンジを狙っていました。 オリンピア前の減量期、オリバと話していたアーノルドは彼にこう言いました。 去年のオリンピアでさ「オリバは絞りすぎてサイズダウンしてたよね」ってみんな言ってたよ。 もちろん、これは嘘。 オリバはアーノルドを破って3連覇してますからね。 しかし、これを聞いたオリバは、「ああそうか」と絞りが多少甘くなりました。 結果、1970年のオリンピアは アーノルドが初制覇するという結果に。 ただし、この大会は今でも疑惑の大会として語り継がれています。 アーノルドを団体のスターとして推していきたいIFBBが、アーノルドを「勝たせた」のではないか?と言われているからです。 また、オリバはIFBBとの確執で以降1984年までオリンピアの舞台から遠ざかっています。 この後、アーノルドは1975年まで オリンピア6連覇をするという無双モードに突入。 ボディビルでは、同じ筋肉量でも身長が小さい方が筋肉が太く見えやすい(圧縮されるから)ので、トップビルダーは背が小さい人が多いです。 しかし、アーノルドは身長190cm。 オリンピアの歴代優勝者で、最も背が高いビルダーです。 恐ろしい。 『パンピングアイアン』の大ヒットでボディビルの神に 1977年、伝説のボディビルドキュメンタリー『パンピングアイアン』が公開。 これは、1975年のミスター・オリンピアの舞台裏を記録した映画です。 YouTubeでレンタルできます。 で、この映画の中心人物がアーノルドでした。 パンピングアイアンが超大ヒットしたことで、アメリカでボディビルがブームになっただけでなく、IFBBは 世界最高のボディビル団体としての地位を確立したのです。 1975年のオリンピアを最後に、アーノルドは1度現役を引退しました。 (1975年のオリンピアでのアーノルド カッコよすぎる) ボディビル現役復帰し、オリンピアで7度目の優勝 1980年のミスター・オリンピア直前、アーノルドは突如現役復帰します。 そして、7度目のオリンピア優勝を飾りました。 アーノルド畜生伝説その2:そこまでして勝ちたいか ところが、この1980年大会は、1970年大会を超えるオリンピアの歴史上最強の「 疑惑の大会」なんです。 まず、アーノルドがオリンピアに出ることは大会直前まで誰も知らず、全員「は?」状態。 そして、アーノルドは 仕上がりが激甘だった(出場を決めたのが大会の7週間前)にもかかわらず、優勝しました。 さらに、アーノルドが大会前にIFBBに働きかけ、 審査員を自分の知り合いに変更していたことが分かったのです。 アーノルドの優勝がコールされた瞬間、会場は ブーイングの嵐。 テレビ中継が中止になるなど、えらいことになりました。 これは、アーノルドのおかげで世界一のボディビル団体となったIFBBが、アーノルドに忖度したという説が濃厚。 引退後 引退後も、ボディビル界に関わり続けています。 1989年には、自身の名を冠した大会、 アーノルドクラシックを初めて開催。 今では、ミスター・オリンピアに次ぐハイレベルで権威ある大会となりました。 俳優や政治家としての活動で多忙ながらも、アーノルドクラシックには極力顔を出し、優勝者にトロフィーを手渡しています。 アーノルド自身、70歳を過ぎた現在もベニスのゴールドジムで日々トレーニングを続けています。 畜生伝説で紹介したように、アーノルドは性格が悪いです。 ですが、面白いのは アーノルドを悪く言う人があまりいないということ。 性格が悪いのに、愛される。 これがボディビルだけでなくハリウッドの頂点に立った理由の1つかもしれません。 (アーノルドのモチベーション動画) アーノルド・シュワルツェネッガーのトレーニング ここからは、アーノルドのトレーニング法を紹介していきます。 具体的なメニュー紹介の前に、トレーニングの特徴を解説します。 1:ダブルスプリットが基本 アーノルドのメニューは、胸背中|肩腕|脚の3分割。 そして、毎日ダブルスプリットで鍛えていました。 1回目のトレーニングは、朝食前。 2回目のトレーニングは、夕食前。 ただし、胸と背中に関しては、1回にまとめてスーパーセットで鍛えることも多くありました。 2:前回のトレーニングよりも上を目指す アーノルドは、前回のトレーニングよりも成長することを心がけていました。 具体的には、最低限何か1種目で、レップ数・重量どちらかの記録を更新するようにしていたそうです。 メニューの例 3分割で、それぞれ週に2回のペースで回します。 1種目目に関しては、アップも含めてアセンディングセットで組んでいきます。 レストは、1分程度と短め。 胸・背中トレの例 ・ベンチプレス ・インクラインベンチプレス ・ダンベルフライ ・チンニング ・ベントオーバーロウ ・ラットプルダウン ・Tバーロウ 肩・腕トレの例 ・オーバーヘッドプレス ・フロントレイズ ・サイドレイズ ・アップライトロー ・ライイングリアレイズ ・バーベルカール ・インクラインダンベルカール ・コンセントレーションカール ・クローズグリップベンチプレス ・スカルクラッシャー ・フレンチプレス 脚トレの例 ・スクワット ・グッドモーニング ・ランジ ・レッグエクステンション ・レッグカール ・カーフレイズ ・スタンディングカーフレイズ アーノルドのゴールデンシックス 上記のメニューとは別に、アーノルドは初心者向けに「ゴールデンシックス」というメニューを提唱しています。 アーノルド自身、筋トレを始めたばかりの頃に行っていて 「俺が筋トレを始めるなら、絶対にこれらの種目から始める」と言うメニューです。 ・スクワット ・ベンチプレス ・チンニング ・バックプレス ・バーベルカール ・シットアップ アーノルド・シュワルツェネッガーの食事 元々ガリガリだったアーノルドは、どちらかと言えば少食でした。 300gのステーキで腹一杯になるほど。 そのため、充分なカロリーと栄養を摂取するために、1日に5回程度食事をしていました。 また「どれだけ工夫して食事しても、必要な栄養素を全て摂取するのは難しい」と考えていたので、マルチビタミンなどのサプリも使っていました。 他には、 ・アルギニン ・BCAA ・プロテイン ・デキストリン ・クレアチン を使用していました。 食事の例 総摂取カロリーは4,00kcalほど、タンパク質は意外と少なく250gほど。 アーノルド・シュワルツェネッガーの名言 アーノルドはこれまでに名言を連発してきました。 筋トレのモチベが爆上げするありがたいお言葉をどうぞ。 他の奴らと同じような人間になるなら、この世に生まれてきた意味がないだろ? 筋肉がNOと叫んだ時、俺はYESと叫ぶ! (人に「アーノルドみたいな体にはなりたくないな」と言われた時) 心配するな。 なれないから。 (基本の大切さについて) 50年前と同じトレーニングをしてるけど、まだ成長してる。 50年前と同じ食事をしてるけど、まだ成長してる。 君は将来、2つのうちどちらかを手にすることになる。 「言い訳」か「結果」だ。 あと「おしゃべりは後にしてくれ。 パンプが冷めちまう」というのもあるのですが、これは誰かの創作です。 アーノルドは俳優である以前にボディビルダーである 英語も話せずに渡米し、カリフォルニア州知事にまで上り詰めたアーノルド。 劇場のスクリーンやテレビに映る華やかな人生の裏では、半端ではない努力をしてきたはず。 そのベースとなっているのは、彼のジムでのトレーニングです。 今日も筋トレ頑張っていきましょう。

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「アーノルドクラシック」とは何か?ミスターオリンピアに並ぶボディビルの祭典を紹介

アーノルドクラシック

NPCJは、来年3月にアメリカ・コロンバスで開催される「」に、「チームNPCJジャパン」として参加が決定いたしました。 今回、NPCJは、 事務局とアーノルド・クラシック・アマチュアのプロモーターとの三者協議により、「チームNPCJジャパン」として、優先的にアーノルド・クラシック・アマチュアに参加することが認められました。 年々拡大しているアーノルド・クラシック・アマチュアですが、その一方で選手の申し込みが多数あり、今後参加で出来なくなることも予想されています。 しかし、「チームNPCJジャパン」は、過年度の海外遠征や成績などが考慮され、今回の決定に至りました。 なお、「チームNPCJジャパン」については、2017年11月19日 日 に開催される、WORLD LEGENDS CLASSICの「ボディビル」、「クラシックフィジーク」、「メンズフィジーク」、「ビキニ」、「フィギュア」カテゴリーの上位三名、およびNPCJが想定している今後海外で活躍できる選手候補者リストにより、 NPCJ選手派遣委員会での選考を経て、選出されることが決定いたしました。 External links This website uses cookies to improve your experience while you navigate through the website. Out of these cookies, the cookies that are categorized as necessary are stored on your browser as they are essential for the working of basic functionalities of the website. We also use third-party cookies that help us analyze and understand how you use this website. These cookies will be stored in your browser only with your consent. You also have the option to opt-out of these cookies. But opting out of some of these cookies may have an effect on your browsing experience. Any cookies that may not be particularly necessary for the website to function and is used specifically to collect user personal data via analytics, ads, other embedded contents are termed as non-necessary cookies. It is mandatory to procure user consent prior to running these cookies on your website.

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